表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅星伝  作者: 島津恭介
81/199

第七章 竜族の王 -8-

 新しい敵将は、堅固な陣を組んでどっしりと構えていた。騎馬隊だけで崩すのは、甚大な被害を覚悟しなければならず、ヒシャームとシャタハートは一端引き上げる。歩兵は半分ほど進んできており、補給はそこで受けた。


 オルドヴァイが敵将を討ったことをナーヒードは喜んだが、敵の兵力はさほど減っていない。緒戦の戦果としては上々だが、無理は禁物である。


 補給を済ませ、再び騎馬隊は駆け去った。ヒルカの妖精(ペリ)がついているので、ナーヒードやバナフシェフが騎馬の位置を失うことはない。シャタハートは、星の魔術とヒルカの妖精(ペリ)の力を融合させて新しい魔術を開発したらしく、恐ろしい精度で敵味方の位置を把握しているようだ。天性の勘で戦いの急所に躍り込んでくるヒシャームも凄いが、シャタハートの計算の方が安定感はあった。


 ヤズドまで一日の地点に迫ったとき、敵に動きがあったとシャタハートから報告がくる。エジュダハーの力が大きいので、妖精(ペリ)では敵の近くまでは行けない。


 ヤズドから敵の主力が出陣して来た。一万五千の軍団が三隊、重厚な鱗の陣形で布陣している。その軍団の中央には、飛竜に騎乗した蛇人の騎士が五百ほどおり、その周囲に五千ほどの蛇人の騎馬隊が控えていた。


 五千の騎馬隊も厄介であったが、飛竜騎士団は脅威であった。空からの襲撃に対応するのは難しく、兵の士気も落ちる。


 しかし、機動力のある部隊を中央に入れているのは不可解であった。両翼に配置して機動力を生かすのが定石ではないだろうか。それだけ、ヒシャームとシャタハートの騎馬隊が警戒され、ナーヒードが来るまでは虎の子の機動部隊を温存しておくつもりなのだとは、さすがにシャタハートにも読めなかった。


 ミナーを中央に、右翼にアーファリーン、左翼にサルヴェナーズを配置する。バナフシェフは後方に控えるが、戦力差から見て投入は早いだろう。


 ゆっくりと進み、翌日ようやく蛇の軍団を視認する位置まで辿り着く。蛇人の軍の上空には、蝙蝠の翼を持つ女悪魔(パリカー)と、飛竜騎士団が旋回していた。


 敵の先陣は重装備をつけた巨漢の蛇人の戦士たちである。メラム将軍麾下の突撃部隊、無敵のカリブム率いる血風隊だ。


 上空を旋回するクナンサティーが、両掌を突き出すように前に出した。膨大な魔力がクナンサティーの掌に集まる。戦闘開始の挨拶に、女悪魔(パリカー)は号砲を一発ぶちかますつもりであった。


「喰らえ、竜の咆哮(アジダハー)!」


 閃光が聖王国軍に向けて走った。先の戦いで、国王メフルダードや老将軍バムシャードの命を瞬時に奪った脅威のエネルギーの放射。先の戦いを生き延びた兵士たちの表情が恐怖に強張る。


「あたしの出番、みたいな!」


 突然、竜の咆哮(アジダハー)の前に少女が一人飛び出した。少女が手を翳すと、竜の咆哮(アジダハー)のエネルギーが全て少女の掌に吸い込まれていく。


「お返し、みたいな!」


 そのまま方向を変えて放たれた竜の咆哮(アジダハー)は、蛇人の軍団の先陣中央を抉り、多くの蛇人を灼き尽くした。カリブム率いる血風隊も、そのエネルギーに巻き込まれてぼろ雑巾のようになっている。


「お前は…バカで無能のザリチュ!」

「あたしら見下していた高慢女の顔色が変わったし!」


 ぎりぎりとクナンサティーが歯軋りをする。視線で人を殺せるのなら、ザリチュはとっくに死んでいたかもしれない。そんな憎悪のこもった視線がザリチュに注がれる。


「お得意の大技は通用しないみたいな! 大技しかできない高慢女は役立たずだし!」

「おのれ、言わせておけば!」


 クナンサティーが手を振ると、飛竜騎士団から五十騎ばかりがザリチュに殺到していく。ザリチュを舐めていたクナンサティーは、その程度の人数で十分だと思ったのであろう。だが、飛竜騎士がザリチュに到達する前に、聖王国軍の本陣から飛び出した黒い閃光が、立て続けに飛竜騎士の眉間に吸い込まれた。


 騎士も飛竜も正確に眉間を射抜かれ、次々と落下した。驚くクナンサティーは、本陣で弓を構える若い男を認める。しかし、とても矢が届く距離ではないはずだ。それに、その男は矢を一本しか持っていなかった。


「今日は、黒き矢(メシキ・ディグラ)を使わせてもらうよ」


 若き射手の手から、旋風とともに黒き矢が放たれる。矢は一直線に千ザル《約千メートル》は離れている飛竜騎士まで進み、直前で十本ほどに分裂して散開すると、正確に五騎の騎士と飛竜の眉間を射抜く。突き刺さった矢は消滅し、またエルギーザの手もとに戻ってきた。


神の射手カマーンギーレ・ホダーだ…」


 聖王国軍の兵士からどよめきが走る。天空と風の王(シャフレワル)の加護を持つエルギーザゆえ、神の射手カマーンギーレ・ホダーと言う異名もあながち誇大ではない。


 クナンサティーは、慌てて飛竜騎士を高空に退避させる。予想外の対空兵器に、クナンサティーも動揺を隠せない。


「おのれ、踏み潰せ!」


 女悪魔(パリカー)はザムグ将軍とメラム将軍の軍団に進撃の命令を下した。血風隊を含む二千ほどの兵を失ったメラム将軍に替わり、ザムグ将軍の一万五千が先頭に出てくる。


 ザムグ軍の先頭は、地竜に騎乗した蛇人の騎士であった。飛竜と違って機動力はないが、何しろ巨大である。百騎の地竜騎士が先頭に出てくると、それだけで威圧感があった。


 怒濤の如く地竜騎士団が突進してきた。小山のような巨体の突進である。さすがのミナー軍の兵士たちも、腰が引けて浮き足立った。


「下がるな、貴様ら!」


 ミナーは麾下の兵に叱咤をすると、自ら大盾を持って前線に飛び出た。


「また突破を許した部隊として女王陛下の前に出るつもりか! 最前線を任されたのは何のためだ!」


 指揮官自ら前線に出たことで、ミナー軍の兵士たちの後退が止まった。彼らは自らの指揮官を死なせまいと、進んでミナーの前に立った。


 地鳴りを発しながら地竜騎士が迫ってきた。正直、ミナーも怖かった。あの巨体の突進を見て恐怖を感じない人間はいない。感じないとしたら、ただのバカだ。だが、恐怖を感じても、それでもなお立ち向かわなければならないときがある。バナフシェフは、ミナーならば出来ると思って一番重要な役を任せてきたのだ。


「図体がでかいだけの鈍重な獣に、やらせはせぬわ」


 ミナーの隣に、老魔術師が進み出た。彼はミナーの肩に手を置くと、右手に持った黄金の聖印を掲げた。聖印は金色の輝きを発すると、ファルザームの意力(マナス)を増大させる。


大地に穴を(ヴェルブ・ブーミス)


 聖王国軍の眼前に迫った地竜の背丈が、突然低くなった。


 轟音が発し、地竜たちが大地に開いた穴に足を取られて横転する。騎士たちは地面に投げ出され、あちこち体を打って呻き声を上げた。


「い、今だ! 止めを刺せ!」


 ミナーは率先して剣を抜くと、横転した地竜の心臓に突き刺した。兵士たちも武器を取り、ミナーに続く。ミナーは咆哮を上げると、突進してくるザムグ軍の兵士に剣を向けた。


「次の波が来るぞ! 支えよ!」


 再び盾を掲げると、前線の兵士がザムグ軍の突進を受け止めた。右翼ではアーファリーンが、左翼ではサルヴェナーズが、それぞれザムグ軍と激突し始めている。しかし、右翼のアーファリーンの更に右手に、メラム将軍の兵が回り込もうとしていた。バナフシェフは自らの兵を繰り出すと、メラムの進軍を食い止める。


 戦況はやや聖王国軍有利に推移していたが、まだまだ蛇人の軍は余力があり、予断は許さなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ