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紅星伝  作者: 島津恭介
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第七章 竜族の王 -7-

 ヤズドへ近付くにつれ、蛇人の哨戒部隊が増えてきた。数人から数十人単位で徘徊し、ヤズドへの接近を警戒しているようだ。


 シャタハートは、哨戒部隊を捕捉すると瞬時に撃滅していった。機動力のない蛇人の歩兵を逃がすことはない。鏖殺である。


「ハシュヤールが三十人ほどの小部隊を発見しました」


 副官のシアヴァシュが報告してくる。


「ハシュヤールに任せろ」


 シャタハートは短く返した。それにしても、敵の哨戒網はかなり広く張り巡らされている。シャタハートが遭遇しただけで、すでに十部隊以上、数百規模の蛇人を殲滅していた。哨戒部隊の未帰還と敵の接近はそろそろ結び付けられる頃だろう。あまりこのあたりに長居はできない。


「騎馬隊の位置を捕捉するための哨戒だとしたら厄介だな」


 思った以上に敵がこちらの騎馬隊を警戒している。そのためのこの哨戒網である可能性は高かった。あらゆる方向に部隊を展開し、帰ってこない方向に敵がいる。そんな犠牲を顧みない索敵の方法を使用している可能性があった。


 オルドヴァイとハシュヤールに指示を出し、移動の速度を上げる。敵の指揮官は、意外と遣り手かもしれない。そんな予感がある。二千を超える部隊が前方に展開しているのを見たとき、その予感が確信に変わった。


 シャタハートはその部隊には突っ込まなかった。右に逸れると、そのまま機動力を生かして引き離す。予想通り、後方に万を超える規模の軍が集結してくる報告が入る。あのまま突撃していたら、取り囲まれていた可能性があった。


 張り巡らされた哨戒部隊の密度が薄くなっている。先ほどの襲撃で部隊を集結させたせいであろう。シャタハートは後を追ってくる敵がいないことを確認すると、初めて小休止をとった。人間は耐えられても、馬は休ませねばならない。


「あれは、危なかったのでしょうか」


 副官のシーフテハが、気を利かせて紅茶(チャイ)を用意し、シャタハートに手渡してきた。シャタハートは軽く頷くと、紅茶(チャイ)を口に含んだ。


「二千の敵に突入していたら、こちらも半分はやられていたかもしれない」


 敵の指揮官は、確実にあそこでシャタハートを仕留めるつもりだったはずだ。だが、シャタハートがすり抜けたせいで、敵の指揮官の思惑は外した。しかし、あの軍の動かし方は、並みの指揮官の采配ではない。いま思い出しても、膚に粟が生じる。


「オルドヴァイとハシュヤールを呼んできてくれ」


 シャタハートが二人を呼ぶのは珍しかった。いつもは二人の指揮を信頼し、大まかな指示だけで細かいことは言わないのである。その二人を呼ぶと言うことは、細かいことのすり合わせをするつもりだと言うことだ。


 シーフテハは伝令をすぐに出すと、この先の戦いに警戒心を一段階高めた。あの地獄のようなラフサンジャーンからの撤退戦。あれを思えば、どんな戦いでも耐えられる。


 二人の大隊長との打ち合わせも終わると、シャタハートは軽く食事を摂り、そして目を瞑った。敵の索敵網から外れているうちに、休息を取るべきだと判断したのである。迂闊に動いた方が索敵網に引っ掛かるのだ。


 夜になるとシャタハートは身を起こし、天空から天の中心の釘メーヘ・マヤーネ・アスマーン、すなわち北極星の力を降ろした。己の位置を把握し、迷わず進むための魔術である。いまのシャタハートには、自分が何処にいるか、またある程度の距離なら自分の周囲にいる味方と敵の位置まで掴むことが出来た。


 哨戒部隊の穴を縫うようにシャタハートは進んだ。目指すは、五百ほどで固まっている部隊である。配置から考えて、この哨戒網の指揮をしている指揮官はそこにいるはずだ。


 一撃で決めなければならなかった。止まることは許されない。時間を掛ければ、万を超える敵が集結してくる。


 速足から疾駆に移る。敵の集団を肉眼で視認した。左右にオルドヴァイとハシュヤールが展開する。ミルザはそのままシャタハートに付いてくる。シャタハートの全速に付いてくるのだから、このマラカンドの騎馬隊も侮れない。さすがに北の遊牧民は騎乗技術が高い。


 敵も騎馬隊の接近に気がつき、流れるように陣形を変えた。あれは防御の形だ。味方が集結するまで耐えるつもりなのだ。


 だが、それを許すつもりはなかった。星の閃光ターラー・ラフシャーンが掃射され、血飛沫を上げて前衛の蛇人が十数人吹き飛んだ。そのまま連射を続けながら、陣形の奥に突進する。敵将は右に逃れようとしたが、オルドヴァイの部隊が回り込んでいた。交差し、オルドヴァイの槍が敵将を貫いていた。


 即座にシャタハートは離脱を指示した。すでに周囲の敵が大規模に動き始めている。シャタハートは、その動きによって空いた穴を抜けて離脱を果たした。


「味方の死者はゼロ、負傷が十二名です」


 シーフテハか報告に来る。負傷者の状態を確認させたが、みな軽傷で軽い手当てで問題なさそうであった。


「オルドヴァイによくやったと伝えてくれ」


 オルドヴァイは、ヒシャームによく似た剛将である。槍の腕前も膂力も遜色はない。硬い蛇人の将の鱗を一撃で貫いて仕留めるなど、常人ではなかなか出来ない。事実、歩兵を指揮するサルヴェナーズは蛇人の将と激戦となり、指揮を疎かにしてバナフシェフに叱責されている。サルヴェナーズも人間相手なら侮れない武勇の持ち主であるから、相性が悪かったと言うべきであろう。


 安全な場所で暫く様子を窺う。敵は哨戒部隊を引き上げ、一万五千ほどの軍に纏まると、後退していった。シャタハートは小さく息を吐くと、満足そうに笑った。恐らく、戦術的には最も厄介であろう敵将を、序盤に仕留めることが出来たのだ。前哨戦にしては、大きな戦果であった。




「エタナが討たれただと」


 竜族の王(エジュダハー)は報告を聞き、玻璃の杯を握り潰した。砕けた水晶の欠片と葡萄酒(バダフ)が飛び散るが、エジュダハーは気にも止めない。傍らに控えるクナンサティーが静かに葡萄酒(バダフ)を拭き取り、破片を片付けた。


「一万五千の兵を付けていたはずだ。敵はまだ精々五、六千と言う報告ではなかったか。あのエタナが、その程度の人数に討たれるはずがない」

「は、それが、敵の騎馬隊は魔術のように哨戒の網をすり抜け、エタナ将軍の本隊だけを襲撃し、将軍を討つと即座に撤退したのです。まるで、将軍かそこにいるのがわかっていたかのような手並みでした」


 エジュダハーの表情が険しいものになる。エタナの胡蝶陣は、騎馬の機動力を封じる陣形であったはずだ。変幻自在の兵の運用で、展開した小部隊に食い付いている騎馬隊を包囲し、殲滅するのが目的である。それが、為す術もなく騎馬の突撃に敗れたと言うのか。


「どう思う、クナンサティー」

「人間にしてはやるようです」


 女悪魔(クナンサティー)の表情は変わらなかった。泰然としたまま、冷たい視線を伝令に向ける。


「メラム将軍の軍を展開させよ。エタナ将軍の兵は再編の指示を待て」


 いずれにせよ、城外の騎兵を自由にさせてもおけない。指揮官を交代させると、クナンサティーは逸るエジュダハーを押し留めた。


「まだですよ。陛下の出番は、敵の女王が着陣してからです。カウィの光輪(フヴァルナー)を奪い、アーラーンでの竜の王の王権を確立するのです」

「わかっておる、まさか、カウィの光輪(フヴァルナー)を持っているのが、王ではなく王女だとは思わなかったのでな。前回は逃がしたが、此度は逃さぬ」


 エジュダハーの黄金の瞳が、狂暴に瞬いた。クナンサティーは満足そうに頷くと、再びエジュダハーの傍らに控えるのであった。

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