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紅星伝  作者: 島津恭介
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第七章 竜族の王 -3-

 メスヘデと対峙したサルヴェナーズは、蛇人の大剣の重い一撃を相手に苦労していた。サルヴェナーズの刃は何度かメスヘデを斬っているのだが、硬い鱗がその刃を弾くのである。手数を生かせず、サルヴェナーズは追い詰められていた。


 間の悪いことに、指揮官を討たれたティズカルの敗兵の一部が、無秩序にサルヴェナーズ軍の後背から雪崩込んできた。いつものサルヴェナーズなら、落ち着いて兵を動かし、取り込んで殲滅したであろうが、メスヘデとの一騎討ちに集中していた彼女は対応が遅れた。


 気がつくと、後ろから隊列を崩され、左翼の歩兵はメスヘデ軍の反撃を許してしまっていた。


「こんなことって!」


 サルヴェナーズは失敗を悟った。だが、まだ負けたわけではない。彼女はメスヘデとの対決を諦めると、後退して陣形の再編に集中した。幸運なことに、再びシャタハートと白の騎士団セフィード・アスワールが突入し、蛇人の前衛を薙ぎ倒していく。サルヴェナーズは息をつく余裕を与えられ、再び整然とメスヘデ軍を押し始めた。


 三回目の突入で、シャタハートの星の閃光ターラー・ラフシャーンが、メスヘデの頭蓋を吹き飛ばした。蛇人の右翼の抵抗はそこで止み、サルヴェナーズは残敵の掃討に取り掛かる。だが、彼女は戦後に大将軍ブズルク・フラマンタールから呼び出されることを覚悟した。この説教は、三時間や四時間では終わらない。理詰めで追い詰めてくるバナフシェフの説教を予想して、サルヴェナーズは頭を抱えるのであった。


 前衛の三軍を全て失ったクルラシナは、逃走を選択した。敵の数は膨大であるし、クルラシナ麾下の四千だけで戦えるほど甘くはない。敵は五千の部隊が三軍はいるし、予備軍が一万は控えている。尚且つ、恐るべき騎馬隊が何部隊も駆け回り、味方を翻弄しているのだ。


 だが、撤退戦こそ難しいことを、クルラシナは認識していなかった。


 背後から敵の全騎馬部隊が追撃を掛けてきた。中央に黒衣の騎士セヤ・レバース・アスワールが率いる二千余騎。それだけでも、十分クルラシナ軍を掃討できる力を持つ。だが、更に右からはオルドヴァイの千騎が、左からもハシュヤールの千騎が絞り上げてくる。見る見るうちに兵を削り取られ、クルラシナは恐慌状態に陥った。


詰み(シャーマート)だよ、(マール)の諸君」


 スグド騎兵が回り込んできた。騎上から一斉に矢が放たれ、クルラシナの周囲の兵がばたばたと倒れる。蛇の魔術師は、咆哮を上げると杖を翳した。旋風が生じ、スグド騎兵の矢があちこちに逸れ始める。


「往生際が悪いですね!」


 剣を抜き放った騎士が一騎、クルラシナに突進した。クルラシナは杖から業火を発し、騎士に放った。騎士の馬は恐慌し、前足を振り上げる。だが、若い騎士は甘そうな顔に獰猛な笑みを浮かべると、鞍を蹴ってクルラシナに斬り込んだ。


 騎士の斬撃は、見事クルラシナの鱗を斬り裂き、頭蓋から両断した。騎士は回転しながら大地に着地すると、格好をつけながら刃についた血を拭った。


「余り無茶はするな、ディンヤール」


 ミルザが苦笑を浮かべながら、副官に近づいた。ディンヤールは転がってついた擦り傷を拭いながら、主君に向けて口を尖らせた。


「わたしには手柄が必要なんですよ、若君。真紅の星(アル・アスタール)の横に立っても違和感がない程度にはね」

「そんな理由で命を賭けて、本当に手柄を取ってくるんだから、お前は大した奴だよ」


 スグド騎兵は巻き狩りの要領で、囲みながら残った蛇人の兵を射殺していた。ミルザは一息つくと、スグディアナの力を見せることが出来たことに満足した。何しろ、ヒシャームとシャタハートが相手だ。功績を上げようと思ってもそうそう回ってこない。出し抜くには、それなりの駆け引きも必要であった。


 彼らが残敵を掃討している間に、バナフシェフはタバスに入った。城舘までの安全を確保し、ナーヒードを迎え入れるためであったが、タバスのあまりの惨状にナーヒードの入城は翌日に回すことにした。彼女は独断で兵糧を一部解放し、治安の回復とともに炊き出しを行った。同時に可能な限り市街の清掃を行わせ、惨劇の痕跡を消したのである。


「食糧の輸送の計画を見直さねばなりません」


 翌日、バナフシェフは新たに作成した計画書をナーヒードに提出した。ナーヒードはそれを見て、何人かの長官が頭を抱えるのを想像した。


「これだけの食糧が必要になるのか?」

「タバスだけなら今までの計画で十分です。ですが、ヤズドは人口が違います。あの人口がタバス以上に飢えていたら、軍の兵糧など消し飛びます」


 ナーヒードは小さく息を吐いた。彼女は、バナフシェフがしたことを知っていた。エルギーザやヒルカがいるのである。タバスの惨状はヒルカの妖精(ペリ)で見て知っていたし、バナフシェフが女王を気遣って見せなかったこともわかっていた。彼女は必要なことをしてのけたし、それはナーヒードの方針とも一致している。


 だが、それでもヤズド解放にこれだけの食糧の運搬計画がいると言うのは容易に受け入れ難かった。いや、そうしなければヤズドで詰むのはわかっている。ただ、その現実から少し逃れたかっただけなのだ。ナーヒードがこの命令を出せば、財務長官(アーマールガル)は間違いなく卒倒するであろう。


「わかった。卿の進言は正しい。運搬の計画を見直し、ヤズドで決着をつける」


 これだけの物資を積み上げても、ヤズドまでしか進軍できないとバナフシェフは暗に言っていた。ケルマーンまでは兵糧がもたない。だから、ヤズドでエジュダハーを討つ。


「世話を掛けるな、バナフシェフ」


 バナフシェフはナーヒードが見出だし、軍の全てを預けたのだ。ナーヒードは彼女に絶対の信頼を置いていた。それは、ナーヒードがバムシャード老将軍を信じていたからに他ならない。バナフシェフは老将軍の副官であり、老将軍を喪ったナーヒードはバナフシェフを代わりにするしか残されていないのだ。


 ナーヒードは王都の軍事長官(スパーフバッド)に、兵糧の輸送計画の見直しを命じた。予想通りルーダーベフは青い顔をしたが、ぶつぶつと自分の世界に入り込むだけで何とかなった。女王は後一人、行政長官(ハザールバッド)のクーロシュにも回廊(クーチェ)を繋がせ、同じことを伝えた。クーロシュが神を呪う声が聞こえたが、寛大にもナーヒードはそれを不問に処した。後は二人に任せれば、何とかしてくれるであろう。


 女王は暫くタバスに駐留することにした。タバスを復興させるにしても、生き残ったタバスの住民だけでは何もできなかったからである。


「オーランと言ったか?」


 タバスの太守(ナワーブ)の一族で、唯一生き残った若者をナーヒードは呼び出した。


「そなたにタバスの行政官(ハマールカール)を命じる。サナーバードの行政長官(ハザールバッド)の指示に従うようにせよ。タバスは女王の直轄地となる。今年の税は減免するゆえ、復興に全力を挙げるのだ。支援はするゆえな」

「ははっ」


 オーランは純朴な若者であったので、美しい女王に声を掛けられ、何も言えなくなってしまった。女王の右に控えていた赤い套衣を纏った女騎士が、くすりと笑って咳払いをした。オーランは慌てて女王にお礼を述べた。


 行政官(ハマールカール)に任命されたオーランのところには、バナフシェフから膨大な量の業務が舞い込んできた。唖然とするオーランに、女王から親衛隊の騎士が応援に付けられる。正式に人を雇うまで、それで対応せよと言うことらしかった。


「それで、まず何からやるのよ」


 先程女王の左右に控えていた女騎士が二人、オーランの目の前にいた。ふわりと漂う甘い香りに、一瞬オーランはくらりとよろめいた。

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