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紅星伝  作者: 島津恭介
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第七章 竜族の王 -2-

 竜族の王エジュダハーは、ザーヘダーンからケルマーン周辺の都市を領し、スィースターン地方とカルマニア地方の王を僣称している。その尖兵はパールサ地方のヤズドからホラーサーン地方のタバスにまで進出し、ホラーサーン地方を領するアーラーン聖王国の女王ナーヒードとの対決を間近としていた。


 アーラーン聖王国は、女王ナーヒード自らの親征による三万の兵を出陣させていた。これに、スグディアナの援軍の千騎が随伴し、女王を助ける立場を明確にしている。


 アーラーン南西の都市バルデスキャンに集結した聖王国軍は、南進し、四日後にフェルドゥースの街に入った。フェルドゥースの太守(ナワーブ)は蛇人の侵攻に怯えていたこともあり、簡単に降伏した。太守(ナワーブ)からタバスの状況を聞いたナーヒードは、形のよい眉をひそめて不機嫌を露にした。


「タバスの住民は奴隷よりもひどい状況か」


 掠奪暴行は当然として、蛇人は殺害した人間を食べると聞く。人々は食べられるのを怖れ、蛇人の言われるがままに何でも差し出していた。街は活気がなく、瞼のない蛇人の兵士が徘徊していると言う。人間は蛇人の兵士に見つからぬよう、家の中に隠れてひっそりとしている。だが、掠奪されて食糧も尽きたら、いつまでも隠れているわけにもいかない。


「人が人を殺し、食す者も出始めているようでございます」


 ナーヒードは、ケルマーンを逐われ、ラフサンジャーンの北で蛇人に敗北を喫し、かろうじてヤズド郊外まで逃げ延びたときのことを思い出した。あのとき、エルギーザの手配した食糧がなかったら、自分たちもそんな修羅のようになっていたのであろうか。


 戦時下ゆえ、ナーヒードはフェルドゥースを直轄にせず太守(ナワーブ)の自治を許した。一定の税だけ納めるよう指示すると、監察官だけ派遣することとする。軍役はあるが、今回の参陣は無用とした。三万の常備軍に、二百程度の兵が加わっても戦力的には大差ないし、むしろ動きの悪い兵に足を引っ張られる結果になりかねない。大将軍ブズルク・フラマンタールの基準で鍛え上げられた兵は、それだけ他の兵と動きが違った。


 翌朝フェルドゥースを出立した聖王国軍は、六日の行程を経てタバスへと到着した。タバスはショトリー山脈を東に臨み、美しい自然を有する都市である。郊外にあるゴルシャーン庭園は、ナツメヤシ(ホルマー)ザクロ(アナール)ビスタチオ(ぺステ)アーモンド(バタン)アカシア(アカキヤ)りんご(スィーブ)西洋梨(アンバルード)など様々な木々が植えられ、綺麗な水路や池が清涼さを醸し出していた。


 だが、ゴルシャーン庭園は蛇人の兵に占領され、果実などは食い荒らされてしまっている。水辺で戯れていたペリカンはとっくに食われ、清浄な水も汚されてしまっていた。


 このタバスを占領する蛇人軍の指揮官は、蛇人の魔術師クルラシナであった。彼は斥候から聖王国軍接近の報告を聞くと、城外に蛇人軍一万を鋒矢の陣形に展開し、先陣に勇将ティズカルを置いた。ティズカルに続く三角の底辺にはカランマとメスヘデを配置し、自身は最後尾に陣取った。抵抗らしい抵抗を受けたことのないクルラシナは、人間の軍を舐めきっており、ティズカルの前進で片がつくと考えていた。


 大将軍ブズルク・フラマンタールのバナフシェフは、正面の前衛に守勢に強いミナーを配置すると、右翼にアーファリーン、左翼にサルヴェナーズを置いた。自身はナーヒードの親衛隊とともに、後方に位置する。


「歩兵だけでも勝てますが」


 バナフシェフは自信を覗かせるように宣言した。


「それでは騎馬の両将軍が納得されますまい」


 蛇人の先鋒ティズカルが動き出した。大きな戦斧を振り回し、前線に掲げられた盾を叩き割りながら前進してくる。しかし、三段に並べられた盾を突破するのは難しく、穴はすぐ塞がれてしまう。ミナーは、かつて騎馬の突破を許し、悔し涙にくれたことを忘れたことはなかった。バムシャード老将軍の堅い守りを最も体現したのがミナーであり、だからこそバナフシェフは信頼を込めて彼女に前衛の正面を任せたのだ。


 ティズカルが止められたので、その部隊の足も止まった。その横腹に、食い付くように黒い旋風が飛び込んでくる。巨大な猪に跳ねられたかのように、十数人の蛇人が吹き飛んだ。漆黒の槍が煌めくように踊り、布を鋏で切り裂くように易々とヒシャームの騎馬隊二千余騎がティズカルの部隊を突破した。


「ニンゲンが!」


 ティズカルは黒衣の騎士セヤ・レバース・アスワールを発見すると、豪腕をふるいながら接近した。膂力では人間を凌駕するティズカルは、自信を持って無造作に戦斧を振り下ろした。ヒシャームの黒槍(メシキ・フムル)か旋回し、鈍い音とともに戦斧を弾き返した。


「な、なに!?」

狂暴の化身(アエーシュマ)よりは、軽いな!」


 唸りを上げて黒槍(メシキ・フムル)が振り下ろされた。防ごうとした戦斧ごと兜が砕かれ、ティズカルは脳漿を飛び散らせて絶命した。


 ティズカルの先陣が敗走すると、二陣のカランマとメスヘデの部隊が前進してきた。カランマには右翼のアーファリーンが、メスヘデには左翼のサルヴェナーズが当たる。お互いが押し合っている間に、カランマの部隊にオルドヴァイの千騎が突入してくる。分断され、隊列が崩れるカランマ隊に、更にハシュヤールの千騎が突入してくる。カランマの部隊は完全に浮き足立ち、アーファリーンに押し込まれ始めた。


 カランマに対峙したのは、ハシュヤールであった。短槍に長剣で立ち向かったハシュヤールは、意外と素早いカランマの突きに苦戦をする。見切りを付けたハシュヤールは、そのまま駆け抜け、長居はしなかった。


 次にカランマの前に現れたのは、スグド騎兵を率いるミルザの千騎であった。スグド騎兵は騎射をしながら突き進み、分断された小集団を包囲して殲滅している。カランマは短槍をしごいてミルザに突きかかった。ミルザは矛を回してそれを払うと、閃光のような突きを放った。


 腹を突かれ、カランマの動きが鈍った。ミルザはカランマを放置すると、次の獲物を求めて駆け去った。


 カランマの部隊はもう原形をとどめていなかった。隊列は四分五裂し、押し寄せるアーファリーン軍の波に飲み込まれている。カランマは咆哮し、怒りに任せて敵を求めた。その視界に、弓を構えた女の姿が入ってくる。カランマは短槍を振り翳したが、女は矢を放ち、その矢がカランマの左目に突き立った。


「討ち取れ!」


 アーファリーンの指示で、一斉に兵士が槍を突き出した。カランマは全身を槍で貫かれ、最期を遂げた。アーファリーンはそのまま掃討戦に移り、生き残りの蛇人の兵を殲滅していった。


 メスヘデの部隊に向かってきた騎馬隊は、僅か二百五十騎であった。全員白い套衣を身に纏い、一糸乱れぬ動きで先頭の騎士の後ろに続いてくる。


 白の死神セフィード・アストー・ウィーザートシャタハート率いる白の騎士団セフィード・アスワールであった。連続して爆音が轟くと、数百発の弾丸か飛びかい、シャタハートの前にいる蛇人の兵士がばたばたと倒れる。白い騎馬隊は空いた穴を制圧し、鮮やかに駆け抜けた。


 中央に風穴を開けられたメスヘデ軍は、サルヴェナーズの攻勢を支えられなくなった。かつてクルダ部族の族長であったサーラールの妻であり、最強の女剣士として名高かったサルヴェナーズの名を継ぐ者として、彼女はこの戦いに期するものがあった。双剣の使い手は、サルヴェナーズでなければならない。彼女は、アナスに強いライバル心を抱いていたのだ。


 大剣を肩に担いだメスヘデの前に、サルヴェナーズが双剣を構えて現れた。これは攻守にバランスがいいと言われる彼女の本来の戦い方ではなかった。それが、思わぬ方向に戦いを導くことになるとは、このときサルヴェナーズは夢にも思ってなかったのである。

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