表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅星伝  作者: 島津恭介
66/199

第六章 河を越えて -3-

 ラザヴィー三都市連合。


 アーラーン北東部のこのあたりを、ラザヴィー地方と呼ぶ。ラザヴィー地方を東西に横断する街道には、三つの大きな都市が栄えていた。すなわち、サナーバード、ニシャプール、サブゼバールの三都市である。


 アーラーン王国ではなくなってしまったこの歴史下では、ラザヴィーの三都市はそれぞれ自治都市として同盟を結び、手を組んでいた。


 宗教都市、学術・芸術の都としての貌を持つサナーバード、肥沃な平野に面し、穀物・綿花の生産地として名高いニシャプール、城塞都市として軍事力を誇るサブゼバールと、三都市のバランスは悪くなく、均衡は取れていた。


 だが、いま北上するナーヒード軍と言う問題に直面し、三都市の領主たちは、どう立ち向かうかの協議に時間を浪費させられていた。


 サナーバードの領主クーロシュは、三千の警備隊を抱えており、都市の防衛そのものには不安は持っていなかった。だが、サナーバードの周辺に点在する多くの村を荒らされるのも面白くなかった。これらの村は、サナーバードの軍事力が保障する代わりに租税を納めている。見捨てるとこの先の徴税に支障をきたしてしまう。


 なので、籠城すると言う方策は使えない。ニシャプールの領主カスラーは、対話による融和を主張したが、現に軍を率いて北上する相手にどう話し合えと言うのであろうか。カスラーは甘いと、サブゼバールの領主ザーミヤードは激昂していた。


 サブゼバールは騎兵千、歩兵二千を有する軍事都市である。騎兵の構成はクルダ部族が中心となっており、質は極めて高い。ザーミヤード自身も兵の指揮に自信を持っており、野戦でもって撃滅すべしと主張していた。


 ニシャプールも警備隊二千を抱えているが、サナーバードとニシャプールの兵の質はあまり高くない。接近戦になれば逃げかねないような連中だ。軍事行動はザーミヤードに任せてしまいたいところである。


「連中がサナーバードを目指してきているなら、このビーナールード山脈の南麓で迎え撃つのが一番であろう。サナーバードとニシャプールからの距離も近く、兵站に不安はない」


 三都市で五千も出せば勝てる、とザーミヤードは主張する。確かに、勝算はあるだろう。ナーヒード軍は三千に満たない。だが、全て騎兵である。機動力に差があるのがクーロシュには不安であった。


「トルバテ・ヘイダリーエ、カーシュマル、バルデスキャンの三都市は何か言ってきているのかな」


 ラザヴィー三都市連合は、北の街道を牛耳る三都市の連合である。それに対して、南の街道を牛耳るホラーサーン三都市同盟と言うのも存在する。それが、トルバテ・ヘイダリーエ、カーシュマル、バルデスキャンの三都市である。南の街道は、北の街道よりも規模が小さく、その分都市も小規模である。それゆえ、ホラーサーン三都市同盟に何かできると思っているわけではなかった。


「駄目だな。金さえ払うなら、街道の通行を認める腹のようだ」

「連中にとって、南の街道は旨味が少ない。まずは放置してこちらに来るだろうからな。同盟も狙われてないとわかっていやがる」


 北の街道が潰されれば、南の三都市同盟が潤うとでも思っているのかも知れない。甘い考えだが、南部からきた商人を中心に三都市同盟の間にそんな噂がばら撒かれている。


「連中と話し合いなんてできるはずがない、カスラー。連中が我らの軍事権と徴税権を認めるはずがない」

「しかし、連中には拝火教団の大祭司がいるのだろう? ミーディール王国には邪教認定されているが、クーロシュ、おまえのところは連中のお膝元じゃないか。スグド人との取引にも、拝火教団の後ろ楯は必要だ。無視できる相手じゃない」

「確かに拝火教団と敵対するのは都合が悪い。ミーディールの女神は東に興味が薄いようだし、このあたりは光明神(ズィーダ)信仰の人間が多い。だが、サナーバードの神官長はこちらの味方だ。である以上、必要以上に畏れる必要はない」


 結局、迎撃に反対しているのは、カスラーだけなのだ。クーロシュとザーミヤードは、ナーヒード軍と戦うことでは合意している。だが、三都市連合の兵站を担うぺきニシャプールに反対されると、出兵もし辛いのは事実だ。


 結局会議は進展せぬまま、持ち越しになった。ザーミヤードはカスラーに対する怒りを隠せぬまま退室していく。クーロシュも、カスラーの煮えきらぬ態度には違和感を感じていた。カスラーとて、連中が領主の支配権を認めるなどとは思っていまい。何故あんなに話し合いに固執するのだろうか。何か弱みでも握られているのか。


 自室に戻ったクーロシュに、驚くべき報告が届く。拝火教団の神官長マージアールが死亡し、祭司のハーテレフが後任を引き継いだとの報告だ。マージアールは病死だと言うが、病気だと言う話は聞いてもいない。クーロシュの方針を理解し、その支配に神の後押しを授けてくれていたマージアールの急死は、クーロシュには頭の痛い事態であった。後任のハーテレフとは、そこまでの関係ではない。


 慌てて調べたが、どうもハーテレフは大祭司派、つまり進軍してくる連中に近い立場のようであった。内部に敵を抱え込んだようなものである。迂闊に身動きが取れなくなったクーロシュは、どうしたらいいかわからなくなった。


 ヤズドの商人が入り込んでいるらしい。だが、商人の行き来を制限するわけにもいかない。気がつくと、サナーバードの中にも降伏すべしなどと言う意見があったりする。カスラーは、これにやられていたのであろうか。


「真綿で首を絞められるように味方が減っていくのだ、ザーミヤード」


 極秘にサブゼバールの領主と会談を持ったが、ザーミヤードの顔色も冴えなかった。


「ここだけの話だが、騎馬の指揮官に出兵を反対されたのだ。彼奴らの騎馬隊は、十倍の軍の中から指揮官を討てる。五千ではなく、五万でないと勝ち目はない、と」

「それほどか? しかし、(マール)王国には敗れてきたんだろう?」

「五千の軍を一撃で吹き飛ばすような大規模魔術を使えるなら別だそうだ」


 クーロシュは目を見張ったが、ザーミヤードは嘘や冗談を言う男ではない。つまり、連中は五千の兵を一撃で吹き飛ばすような魔術の使い手から生き延びてきた恐るべき精鋭だと言うことだ。


「戦って勝てるとは言い難い」

「そ、それでも軍は精強さだけが全てではなかろう。地形や采配も勝敗を分ける要因になるはずだ。迎撃地点を見直し、作戦を検討すれぱ」

「…そうだな、クーロシュよ。戦いに必ずはないものな」


 ザーミヤードは幾分気を取り直して帰っていった。しかし、クーロシュは余計に惑う結果になった。


 ニシャプールの領主カスラーと、拝火教団の新神官長ハーテレフが訪ねてきたのは、もう陽が沈んだ後であった。この二人が連れ立ってくると言う事態に、クーロシュはやはりと言う思いとともに、警戒を新たにする。三都市のうちの一つがすでに敵に取り込まれたかもしれないのだ。尋常な事態ではなかった。


 新神官長のハーテレフは、神官にしとくのが惜しい肉感的な女であった。年も若くはないが、それだけに青くはない色香を感じさせる。


「久しぶりです、クーロシュ殿。此度はサナーバードの神殿を預かることになりましたので、挨拶に参りましたわ」

「司祭は何人かいらっしゃったと記憶しているが、ハーテレフ殿。かように美しい司祭だと知っていれば、もう少し親しくしておくべきでしたかな」


 本来ならば、ハーテレフは神官長になる女ではなかった。こちらに向かっている大祭司ファルザームの意志が働いているのだ。意に沿わぬ人間の首を簡単にすげ替えたファルザームの手の長さに、クーロシュは慄然とする。マージアールが殺されたなら、自分とていつ殺されるかわからない。


「単刀直入にお伺いするわ、クーロシュ殿。新たなる王がサナーバードで即位するとき、貴方はそれを支持するのか、しないのか、と言うことですわ。カスラー殿、そしてザーミヤード殿には賛同を戴いてきました。後は、貴方だけですわ、クーロシュ殿」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ