表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅星伝  作者: 島津恭介
65/199

第六章 河を越えて -2-

 結局、最後のヒシャームが帰還してきたのは夜が明けてからであった。


 騎馬が二千、歩兵が五百と戦力的には一応の数は揃いつつある。拝火神殿(アーテシュ・ガーフ)にあった財宝を、深夜にこっそりヒルカの妖精(ペリ)に持ち出させ、軍資金にも余裕はできた。ルーダーベフとバナフシェフに事務官を何人かつけ、物資の調達を急がせる。その際、歩兵の足に合わせると移動速度が落ちるため、馬を調達して全て騎馬で賄うこととした。幸い、空いている馬や替え馬もいたので、新たに調達する馬は百頭ほどで済む。


 新たな騎馬隊五百はナーヒードの直属とし、副官にバナフシェフを置いた。老将軍を補佐した彼女以上の副官はおらず、これは適任であろう。ファルザームは、ナーヒードの相談役である。


 騎馬第一軍は、ヒシャームの百騎を中核に、旧第六大隊のセペフル四百騎と旧第五大隊のファリード四百騎が付けられた。旧第九大隊のマーナーは、ヒシャームの副官である。


 騎馬第二軍は、シャタハートの百騎を中核に、旧第三大隊のオルドヴァイ五百騎と、旧第八大隊のハシュヤール五百騎で編成される。旧第十大隊のシアヴァシュと旧第七大隊のシーフテハが副官である。副官が二名もいるのは、シーフテハが強引に割り込んだからだという噂である。


 再編成と物資の調達、怪我の治療などで十日ほどはあっという間に過ぎた。


 ヤズド領主のビザンは相変わらず非協力的であるが、ヤズドの有力な商人とは何人か渉りをつけられたので、物資の調達に苦労はなくなった。その気になれば、ヤズドを制圧することは容易いであろうが、こんな蛇人がいつ襲ってくるかわからない土地では落ち着いて力は蓄えられない。ビザンに守ってくれと言われたら、逆に困るところであった。


 準備が整って、出立する日がやってきた。イーラジという商人が、蛇人にいつ襲われるかわからないヤズドに見切りを付けて、ナーヒードについてくるそうだ。その分、物資の確保については骨を折ってもらっている。


 ルーダーベフに聞いたところによると、何日か飲み歩いている間にイーラジはすっかりエルギーザの才覚に惚れ込んだそうだ。彼がついていくなら、ナーヒードに間違いはないだろう、と賭けているらしい。


「すごい勢いでヤズドの商業界に食い込んでましたよ、エルギーザさんは…。一ヶ月あったら、ヤズド経済乗っ取れたんじゃないでしょうか。軍資金もあったことですし…」


 怖いものを見たかのように軍務官は語っていた。エルギーザが何のためにそうしているか、それはよくわからない。だが、もともと彼は闇に近い属性の男である。綺麗事で片付かない案件は、率先して処理してくれる。いまのナーヒードの幕僚に、エルギーザのようなタイプはおらず、貴重なのは間違いない。


 騎馬第一軍が出立を開始する。先頭を行くは黒衣の将軍ヒシャーム。その槍に貫けぬものなしと名高い黒槍(メシキ・フムル)を引っ提げて進む。麾下の百騎は揃いの漆黒の套衣をまとい、誇らしげに後に続く。この漆黒の套衣は、最精鋭の証である。彼らは黒の騎士と呼ばれ、尊敬を集めている。副官のマーナーは、地味な見た目の女性である。常にヒシャームの後ろに黙って付き従う。目端が利くタイプではない、背中を預けても間違いないと言う女であった。


 ヒシャームの両翼は、セペフルとファリードである。体は小さいが、火の玉のような闘志で敵陣に突っ込むセペフル。酒好きの遊び人だが規格外の攻めをするファリード。癖が強い二人の隊長も、ヒシャームの前では大人しい。


 アナスとエルギーザは、フーリとともにナーヒード付きの騎士を臨時に勤める。真紅の套衣をまとって王女の隣に立つアナスは、見た目以上に存在感があった。


「ア、アナスさんは、馬に乗るの上手いです、ね」


 フーリも騎士である以上、騎乗の練習は積んでいるはずだが、まだまだ熟達しているとは言いがたいようである。


「そりゃ、あたしは子供の頃から乗っているし、フーリも慣れりゃ上手くなるわよ」

「わ、わたしはどうもこう言うのは不得手で…」


 フーリに得意な分野があるかは疑問であったが、これでも最近はバナフシェフに付いて副官の勉強をしているようだ。アナスも、友達にはできるだけ生き延びてもらいたかったし、頑張って欲しかった。


 親衛隊の騎士は、実際は急造であるため、練度は低い。騎乗技術も素人が多いため、バナフシェフはアナスやエルギーザを教官に仕立て、即席で騎乗技術を叩き込んでいる。アナスの騎乗姿勢は綺麗で、教え方も巧かったので、教官としての人気が沸騰するのは当然でもあった。


 親衛隊の後に続くのは、ルーダーベフの輜重隊である。二十台も列ねた馬車を取り仕切り、ルーダーベフもやる気に満ち溢れている。物資がなくて憔悴していたときよりは、元気そうだ。相変わらず忙しそうではあるが。


 輜重隊の人員は、ほとんどはイーラジの家人と奴隷である。だが、ルーダーベフはすでに彼らを自由に動かしていた。あまりそう言うときには遠慮をしないのが彼女のいいところである。


 最後に進発する騎馬第二軍の先頭は、瀟洒な白の套衣をまとった魔弾の射手、騎兵将軍シャタハートである。左右に男女の副官が控えているが、麾下の百騎とともにみな白の套衣をまとっている。このシャタハート麾下の百騎は、過酷な今回の退却行でもほとんど損害を出しておらず、それが彼らの自慢でもある。


 副官のシーフテハは、ほとんど恋する乙女の目になってシャタハートを見ているので、実質的な副官の業務はシアヴァシュがこなしている。両翼の隊長オルドヴァイとハシュヤールも、騎馬の連携の技倆は高く、シャタハートの指示を高水準でこなすことができる。全体的なまとまりで言えば、第二軍の方が第一軍よりも高い。だが、一点での突破力ならば第一軍の方があるだろう。


 街道を進むナーヒードの軍に攻撃を仕掛けてくる盗賊などいるはずもなく、行軍は順調に進んだ。自治都市の多くは大した武力を持たないので、争いになることもなかった。抜け目ない商人の中には、行軍中や都市に滞在中にナーヒードに面会を願い出てくる者もいたが、まずエルギーザを通すようにすると、それを突破してナーヒードに会いに来れるような大物はいなかった。


 エルギーザは十数人の部下を使い出した。ナーヒードが軍から付けた人間ではないので、自分で雇い入れたのであろう。様々な階層の人間に、あれこれ指示を出しては送り出している。時にはヒルカと組んで何やらやっている。ナーヒードへの報告は上がっているようであったが、アナスには何をやっているかはさっぱりであった。


「エルギーザは、サナーバードに手の者を入れてるのだ。ヒルカの精霊(ペリ)も派遣している」


 シャタハートに聞くと、ちゃんと知っていた。エルギーザは何も言わないのに、どうやって把握したのだろう。


「サナーバードに到着するときには、かの街は我らの手に落ちている。そう言う状況を作っているのだ。いつも本気にならなかった男が、勤勉になったものだ」


 エルギーザがそちらの仕事に勤しんでいるので、親衛隊を鍛えるのは、アナスの仕事になっていた。フーリも含めて、素人同然の騎馬隊の調練を、鬼の教官と化したアナスが勤め上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ