第五章 守護者の一族 -6-
ケーシャヴァの目を引き付けるために、ザリチュにはわざとケーシャヴァを挑発しろと言ってある。ザリチュは、ケーシャヴァの神性には天敵みたいなものだ。どんなに強烈なエネルギーの奔流でも、全て吸収し、返してくる。実のところ、ザリチュには大した攻撃の手段がないので、攻撃を仕掛けなければそれほど脅威ではない。だが、そんなことを今のケーシャヴァに言っても無意味であろう。
神雷が飛び交い、また全部吸収されている。それでもケーシャヴァは稲妻の放射をやめなかった。
ザリチュは得意げに金貨を掲げた。どうも、自分は貰った金貨分の働きをしているだろう、とアピールしたかったようだ。実際、他の者ではケーシャヴァの相手はきつい。
「ザリチュがケーシャヴァを止めている間に、双子神を抑えるぞ」
ファルザームたちは、ケーシャヴァとザリチュを放置して双子神の方に向かう。三十人ほどいた神官たちは、いつの間にか殲滅されていた。ケーシャヴァが抑えられているのを見たエルギーザが、連射で始末したのである。
「あ~何かこれはぼくたちに~」
「~来るつもりかな」
双子神は顔を見合わせると、片方が肩をすくめた。
「ラウムに任せるよ。ぼくは儀式の続きをしよう」
ラハムは珍しく一人で喋ると、玉座に向かった。ラウムは軽く手を振ると、駆け寄ってくるファルザームたちに向けて右掌を広げる。
「とりあえずは、遅くなってもらおう」
ファルザームたちの周囲だけ、時間の流れが遅くなったかのように彼らの動きがゆっくりになる。別の場所から見ていたエルギーザは驚愕し、念話で外からどう見えるか伝えた。
(時間系か。厄介じゃのう)
ファルザームは、朝…昼…夜と唱える。
「解放!」
鏡が割れるような音がして、ファルザームたちの時間が戻った。ラウムの眉間に皺が寄り、厄介そうに大賢者を見た。
「人間のくせに魔術に長けているようだね。意力を言霊に乗せてうまく使ってくる。けれども、逆ならどうかな!」
今度は、ラウムは自分の時間を早くする。およそ人間の限界の倍ほどの速さでラウムは迫り、そのまま大賢者を殴りつけた。ファルザームは吹き飛ぶが、自分に張っていた結界で傷は負っていない。次にラウムはアナスに狙いをつけ、加速する拳を顔面に叩きこむ。だが、アナスはそれを左手を回して受けると、逆に右拳を叩きこんだ。
「なんかできそうだからやってみたけれど、あたしこういうの得意なのかな?」
「おまえさんの本質は運動エネルギーの加速じゃからのう。そりゃ得意なのかもしれん」
ファルザームはアナスに関しては驚かない、と決めているようであった。むくりと起き上がると、服についた砂を払う。
「じゃが、ラウムばかり相手にしとるわけにもいかぬ。アナスにラウムを任せたぞ。わしらはラハムを止める」
「死なない程度に頑張るわ」
相手は太古の神である。正直なにをしてくるかわからないし、一人では心細い。だが、何の関係もないザリチュがあのケーシャヴァを相手に頑張っているのだ。金貨へのこだわりは凄いが、それだけに自分も負けてはいられなかった。
ラウムは自分が何で殴られたのかわからない、というようにきょとんとしていた。そして、アナスが自分の速度についてきたことにようやく気が付いた。少年のような瞳に怒りが灯り、ラウムは口の中の血を吐き捨てた。
「そうか…おまえが最善なる天則の加護持ちだね。あの悪魔どもが亜神に昇格したのも、おまえの選択の結果か。危険な娘だ。恐ろしく危険だ」
ラウムは両手に光剣を取り出すと、油断なく構えた。
「ここできっちり始末しなければ。神々の天敵になり得る。大人しく、殺されておくれな!」
ラウムの光剣が、先ほどを遥かに超える速度で迫る。だか、アナスは、速度だけなら付いていけた。光剣を両手の剣に炎を纏わせた火炎剣で受けると、反撃でラウムの左手を斬り飛ばす。
「剣術ではあたしのが上みたいね!」
怒濤の連撃で攻め込むと、ラウムはいつの間にか戻した左腕も使ってアナスの剣を捌いた。
「時間を戻したから傷が消えたとか言わないわよね?」
「小娘の癖に察しがいい…。こう言うこともできるのだ」
ラウムが血塗れで倒れる神官たちを指差すと、もぞもぞと神官たちが動き出した。神官たちは何が起きたのか理解できぬ様子で顔を見合わせている。
「ラハムの手伝いでもしておれ、神官ども!」
ラウムが一喝すると、儀式の妨害をしようとするファルザームたちに向かってわらわらと神官たちが走っていく。その隙を突いて、アナスはラウムの頭上に剣を振り下ろした。
次の瞬間、アナスは踏み込む前の位置でラウムの剣の攻撃にさらされていた。咄嗟に斬撃を斬り払えたのは、常に自分より強い剣士と戦ってきたアナスならではである。しかし、いまの一撃には納得がいかなかった。
「まさか、あたしの時間だけ戻したってこと?」
「勘だけは鋭いではないか」
少年の外見で、老成した口調を使われると結構違和感がある。あのウザい二人で一人みたいな口調のがマシなのかも、とアナスは思った。
しかし、これは参った。攻め込んでも時を戻されては攻撃が当たる見込みがない。思った以上に厄介な神性を持っている相手だ。さすがに太古の神だけのことはある。
「なら、こいつはどうかなっと」
とんとんっとアナスは後退した。調子に乗って、ラウムが踏み込んでくる。その足が地面に接地した瞬間、轟音とともに爆炎が爆裂し、ラウムの下半身が吹き飛んだ。
一瞬でラウムは元の姿に戻っていたが、流石に顔から余裕は消えていた。今のはラウムにしても危なかった。こんな地雷のような魔術の使い方は初めて見たのだ。
「なかなかえぐい手を使うではないか」
「あなたがそれ言うかなー」
時戻しよりは反則ではない、とアナスはむくれる。しかし、今ので仕留められなかったのは痛かった。できれば今のでいなくなって欲しかったのだが。
「こうなったら、力尽くしかないわよね!」
アナスは、自分の足下から火柱の火炎を噴き上げる。炎熱耐性のあるアナスが自ら灼かれることはないが、紅蓮の炎の中で剣を構える少女の姿は、ラウムをしても不気味に感じさせた。
「神に対して不遜なやつめ」
炎を撒き散らしながら飛び込んでくるアナスに、ラウムは時戻しの魔術を使い、またその隙に攻撃しようとした。だが、時戻しの魔術は効果を発揮せず、アナスの右手の剣がラウムの首を撥ね飛ばす。間髪を入れず、左の掌がラウムの心臓に当てられ、中に爆炎の魔術が徹る。心臓を吹き飛ばした瞬間、ラウムの全身を火柱の魔術が灼き尽くした。
「悪いわね、あたしの炎は一切の魔を灼き払うのよ。あなたの魔術が通じなかったのはそのせいだけれど…もう聞こえてないかしら」
青い炎の中で灰と化していくラウムを見ながら、アナスは呟いた。炎の中に、返事はなかった。