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紅星伝  作者: 島津恭介
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第五章 守護者の一族 -4-

 翌朝、ジャハンギールを伴ってアナス一行はマルヴダシュトに向かった。馬で行けば、のんびり行っても小一時間である。女衆や子供が羊を連れて放牧に向かうのを眺めながら、山を下りていく。


 山を下りると、めっきり緑が減って、北に行くほど岩と砂だけの光景になる。アーラーンでは珍しくもない景色だ。もっとも、山を下りたと言っても、アーラーン高原自体が海抜千五百ザル(約千五百メートル)くらいの高さにあるので、夏が終わりつつあるいま、気温は昼間でも二十五度くらいであった。


「相変わらずの田舎の村ね」


 マルヴダシュトは変わってなかった。少々の畑と数百戸ばかりの民家、隊商宿と幾つかの商店があるだけの退屈な村だ。


 ジャビードの屋敷は、村では一番立派な建物であった。屋敷の前まで行くと、トゥルヤ人の奴隷(ラキーク)が水を汲んでいた。トゥルヤ人は、アーラーンの北東のアンナフ川の彼方に住む遊牧民である。アーラーンは奴隷を兵にすることはないので、作業に従事する奴隷か性奴隷が常であった。イルシュでは奴隷(ラキーク)を持つ者はいないが、唯一の例外が族長のジャビードであった。


 ジャハンギールの姿を認めると、奴隷(ラキーク)の男は一礼した。ジャハンギールが、自分とアナスが来たことを伝えろと命令すると、また一礼して中に入っていく。


 暫くすると、若い頃は頑健であったであろうな、と思われる骨太の太った男が姿を現した。汚れのない贅沢な刺繍(スザンニ)を施した絹の服を着ており、趣味の悪い宝石できらびやかに身を飾り立てていた。


「何をしに来たのだ、アナス」


 叔父の第一声は優しさの欠片もないものであった。アナスは変わらぬ叔父にある意味感心すると、とりあえず手土産の綿織物や琥珀を渡した。無論、金を払ったのは、ヒルカである。


「彼はあのファルザームさまのお弟子の神官(マグ)さまでね」


 アナスは、大賢者(モウバド)をだしに使うことにした。


「叔父上に話があるそうなのよ」


 ヒルカの白い神官服(スドラ)聖なる紐(クスティー)を見たジャビードは、仕方なく屋敷に入るようアナスに言った。


 高価な毛足の長い絨毯の上に座ると、奴隷(ラキーク)紅茶(チャイ)水煙管(ガリヤーン)を持ってくる。アナスは紅茶(チャイ)をすすったが、ラーメシュの域には到達していなかった。


「それで、話とは何だ」


 ジャビードが急かしたので、アナスは事情を説明した。ヒルカにところどころ振ったが、それなりにまとめられたと思う。ジャビードは、ジャハンギールほど明敏ではないが、損得の計算は早い男である。話の内容は理解出来ているはずだ。


「信じられるか、そんな話」


 だが、ジャビードはその一言で一蹴した。まるで取り付く島もない。流石にジャハンギールが、ヒルカに気を使って取りなした、


「いや、父上、それでは大賢者(モウバド)神官(マグ)どのを信じないことになってしまうぞ」

「本当に大賢者(モウバド)がそう言ったのか怪しいものだ」


 アナスやヒルカも説得するが、ジャビードは頑なである。もとより上手くいく可能性は低いと思っていたが、それにしても意固地であった。しかし、これでもジャビードは小人なので、今までならファルザームやヒルカの存在があれば、ほんの僅かだけ対応してお茶を濁すというくらいはしてもいいはずであった。軍役ではそうやってルジューワに五百騎つけて出している。だが、今日は妙に頑なであった。ここまで権力に対して強気で出れる性格でもないのである。


 交渉が煮詰まったころ、奴隷(ラキーク)が入ってきて更なる来客を告げた。ジャビードは中座をする旨を伝えると、そちらに向かっていった。


「だめね。やっぱり見込みがなさそうだわ」


 アナスは両手を肩の上に上げて伸びをした。


「パールサプラの結界が気になりますし、そちらに行きますか?」


 ニルーファルの身を案じるヒルカが諦めて先を進もうと提案する。アナスも半ばそうしたほうがいい気がしていた。このままでは、無駄に時間を潰すだけである。協力が得られないなら自分たちで行った方がいい。


「父に客というのが気になるな。そんなに社交的な父ではないのだが」


 ジャハンギールは父親をよく知る者としてなにか違和感を感じたようであった。確かに、アナスも誰が訪ねてきたのかちょっと気になった。ヒルカに目配せすると、妖精(ペリ)を放って偵察に行かせる。


 暫くして妖精(ペリ)が映し出した映像を見たヒルカは、驚愕に目を見開いた。


(王都ハグマターナの神殿の神官(マグ)じゃないですか。何をしにきたのやら)


 話している内容は、それほど変な内容ではなかった思ったより滞在が長引いて食料が足りなくなったため、シラージシュに食糧の買い出しに行くので、荷車と驢馬を借り受けたい、ということである。不思議な点を上げるとすると、わざわざシラージシュまで行くことと荷車を手配するということだ。つまり、それなりの人数分の食糧を手配するということになる。この付近にそれだけの人数の旅人がいただろうか。


(まさか、パールサプラにいるのですか?)


 妖精(ペリ)でも見かけていないということは、結界の中にいるということである。すると、あれは神官(マグ)が張ったものということになる。ファルザームが調査のために派遣したのであろうか。


 念のため、ヒルカはファルザームに確認を取った。


(すみません、お伺いしたいことがあるのですが)


 ハグマターナの神官(マグ)セペフルを見かけた旨を伝える。それを聞いたファルザームは、自分が派遣したものではない、と首を振った。


(ハグマターナはアーラーンでも古い都市じゃ。かつてはミーディール王国の王都があり、いまもアーラーン王国の王都が置かれておる。王都の神殿は、神官長のハーミが差配しておる。ハーミはマゴイ部族の長じゃからな。事実上、あのあたりの神殿は、ほとんどマゴイ部族出身の神官(マグ)の手の内にあるのじゃ)

(だとすると、ハーミ神官長が独自にケーシャヴァを阻止に来たか、あるいは)

(我らを裏切ったか、じゃな)


 ミーディール王国時代、太陽神(ミフル)の信仰は隆盛を誇っていた。光明神(ズィーダ)が数多の神々の権能を統一したため帰依することになったが、機会があればまたそちらに転んでも不思議はない。ミーディールの神官(マグ)たちがいれば、封印についての知識も容易く得られるだろう。

(…もし、マゴイ部族が向こうについていたとしてもじゃな、アスパダナには、ファルロフ将軍が入るしの。南下して彼らを抑えることも可能じゃ)

(気がかりなのは、ファルロフ将軍はブザ部族の出身でして、その指揮下の軍はだいたいミーディール六部族の兵なんですよ)


 ヒルカの懸念に、ファルザームは唸った。もし、ファルロフ将軍の兵一万が彼らに同調したら、下手をしたら王都が落ちる。王都が落ちれば、アーラーン北西部の旧ミーディール王国領は一気に独立へと走るかもしれない。なにせ、国王と軍の主力は東のケルマーン州ラーイェンに釘付けになっているのだ。


 キリス将軍の軍はそろそろシールジャーンで竜族の王(エジュダハー)と接敵するはずである。ファルロフが裏切れば止めるべき兵がいない。ミーディール派の神官(マグ)たちと、ファルロフらミーディール六部族の軍の動きを早急に掴む必要があった。


 ヒルカはため息を吐くと、アスパダナに派遣する妖精(ペリ)の準備を始めるのであった。

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