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紅星伝  作者: 島津恭介
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第四章 蛇の侵攻 -12-

選ぶべき主の(ヤサー・アフワルヤ)正義の裁きをアサ・ラトゥシュ・アシャ


 大賢者(モウバド)は、空に紫に輝く第三の目に向けて、光明神(ズィーダ)真言(マンスラ)を唱えた。ファルザームの右腕に力が集まる。大賢者(モウバド)は、白い聖なる紐(クスティー)を掲げた。


聖なる真言(アフナ・ワルヤ)!」 


 白き聖光が、空中の目に向けて走った。魔術を封じる神の門(バーブ・イル)の大魔術、破邪の神眼(メム・アフレ)も、光明神(ズィーダ)最大の退魔呪、アフナ・ワルヤの聖句には通じなかった。


 聖光に貫かれ、異教の魔術が鏡を割ったような音とともに破壊された。ババールは悲鳴をあげ、憎悪と憤怒を込めて大賢者(モウバド)を睨んだ。


「くっ、この孔雀(マユラ)の使徒め、余計な真似をしおって!」

「相変わらず、(マール)(ガーヴ)は仲がいいのう!」


 ファルザームは、聖なる紐(クスティー)をババールに向ける。咄嗟に、ババールは降魔印を組んで真言(マントラ)を唱えた。


大地よ(ブール)大気よ(ブヴァ)天空よ(スヴァハ)!」

選ぶべき主の(ヤサー・アフワルヤ)正義の裁きをアサ・ラトゥシュ・アシャ


 第六の円輪(アージュニヤー)の力で、意力(マナス)がババールの右手に集まる。同時に、ファルザームの聖なる紐(クスティー)の白い光が膨らんでいく。


聖音(オーム)!」

聖なる真言(アフナ・ワルヤ)!」 


 互いに発した聖句により、邪悪を滅する破邪の聖光が放たれる。両者の中間で激突した光は、激しく衝突し拮抗した。


「まさか、破邪の真言(ガヤトリー)に対抗しよるとは」

「ふん、このわしの退魔呪(アフナ・ワルヤ)にいつまで抵抗できるかな」


 両者とも拮抗したまま、真言(マンスラ)を放ち続ける。二人の額に次第に汗が流れ出した。





 シャタハートは、目の前の若者を見て、暫し目を細めた。五千を数えたアフシャール部族の騎兵の生き残りは、千三百ほどに減っている。それでも、ばらばらになった各部隊をよく寄せ集めたと言えるだろう。パヤムはよくやったと言うべきなのだろうか。


「あれを見ろ」


 シャタハートは、バムシャード将軍とジュシュルの蛇人軍団がぶつかっている前線を指し示した。


「バムシャード将軍の援護が欲しいので、まずあの蛇人の部隊を崩す。さっきヒシャームが中央を駆け抜けたが、大分立て直してしまった。まずは、ハシュヤールに左翼と中央の間の隙間を突かせるから、おまえは左翼から回り込んで、外を回りながら矢を射込め」


 右翼は、オルドヴァイとシーフテハに突かせる。瞬間的にミタン第一陣のジャカドと蛇人軍のラバシュムがフリーになるが、機動力がない部隊だからあえて放置する。


 ハシュヤールの騎馬隊が動き始める。八百ほどに減っているが、頭に布で血止めをしながらもハシュヤールは元気であった。ジュシュルの前段左翼と中央の隙間を突くように前進すると、その両者に乱れが生じてくる。パヤムの千三百騎か、そこで動き出した。


 左翼の外側から矢を射掛けると、釣られて少し外側の歩兵がパヤムを追ってきた。パヤムは軽く恐怖に囚われたが、ここまで生き延びた千三百騎は、アフシャールでも精鋭である。その速度を信じる。


 ふと気付くと、敵の圧力が軽くなっていた。どうなったかと見ると、シャタハートの百騎が、パヤムが引き付けたために空いた隙間に突っ込んでいた。恐ろしい速度であった。ハシュヤールの八百騎もよく訓練されているように思えたが、あの百騎は練度の桁が違った。


 百騎が駆け抜けた。


 すでに、左翼を指揮していた部隊長の姿は見えなかった。バムシャードの歩兵が押し出してきて、左翼を崩している。パヤムは半包囲の形で外から矢を射るのに専念した。


 左翼の組織的な抵抗が崩壊するのに、時間はかからなかった。気付くと、右翼もオルドヴァイとシーフテハによって、同様に崩されている。前進してきたバムシャードの歩兵の両翼が、ジュシュルの前段中央を包囲にかかった。ジュシュルは激しく抵抗したが、三方向から騎馬三大隊に同時に突撃され、その抵抗は脆くも崩れた。


 オルドヴァイの槍がジュシュルの槍と交錯し、オルドヴァイが生き残った。騎馬の勢いがついた槍を胸に受け、ジュシュルは背中まで貫かれて絶命していた。オルドヴァイは咆哮し、逞しい腕を振り上げた。


「時間がかかってすみませんね」


 副官とともに前進してきた老将軍を見て、シャタハートが謝罪した。


「アフシャールはパヤムが引き継いだのか? うまく使っているではないか」

「のんびりもできません。すぐに、放置してきた右翼中段の部隊が前進してくるでしょう。オルドヴァイとシーフテハが先刻まで相手をしていましたが、大して削っていないはずです」

「少しは老人を労らんか。ヒシャームは大丈夫なのか?」


 すでに、ヒシャームと狂暴の化身(アエーシュマ)が激突してから、大分時間が経過している。バムシャードが心配するのも道理であった。ヒシャームはずっと激しく動き回り続けている。体力的にも限界は近いはずだ。


「あいつは心配いりません。ヒシャームは、勝利するために戦場にいる男です」





 六本の蛮刀が、常に旋回しつつヒシャームに襲い掛かってくる。黒槍(メシキ・フムル)で全て弾き返すが、その合間に繰り出される戟のあまりの重さに、さしものヒシャームも後退を余儀なくされる。


 円を描くように黒槍(メシキ・フムル)の結界を張る。その中には、決して敵の刃は入らせない。だが、このままでは、護る一方なのも確かであった。


黒槍(メシキ・フムル)の力を正しく解放しろ、か」


 ヒシャームは、激しく蛮刀を打ち払いながら、戟の動きを見つめる。そろそろ来る。次か、その次…。


「行くぞ、黄金の猪(タラ・ゴラーズ)解放(アーザーデ)!」


 アエーシュマの戟に合わせて、黒槍(メシキ・フムル)を振るう。アエーシュマは、ヒシャームの力を軽く見て、咆哮を発しながら斬り掛かってくる。激しく戟と槍が衝突し、今度は槍は打ち負けなかった。狂暴の化身(アエーシュマ)の目に驚愕の色が浮かんだとき、黒槍(メシキ・フムル)の槍身から黄金の猪(タラ・ゴラーズ)の形をした光が生じ、戟を弾き返すとアエーシュマに襲い掛かった。


「ぐも…」


 アエーシュマは、鈍い呻き声を上げた。重い一撃を返したが、それだけでは不十分のようであった。暴牛は更に荒れ狂うと、蛮刀を次々とヒシャームに叩き付ける。


「くそ、黄金の剣(タラ・シャムシール)解放(アーザーデ)!」


 ヒシャームは再度叫ぶと、黒槍(メシキ・フムル)を大きく振り抜いた。槍の軌跡から、浮かび上がるように黄金の刀身が現れる。六本の黄金の剣(タラ・シャムシール)がそれぞれ蛮刀に刃を合わせ、ようやくヒシャームは息をついた。


「手こずらせてくれたが、雄牛に負けるわけにはいかないんだよ、こっちとしてもな!」


 ぶん、とヒシャームが黒槍(メシキ・フムル)を振るう。アエーシュマは戟で受け止めるが、それを突き抜けて黄金の猪(タラ・ゴラーズ)の衝撃がアエーシュマに突き刺さる。三撃、四撃と受けると、さしものアエーシュマの動きも鈍ってきた。


「そろそろ、決めさせてもらうぞ、大いなる砂塵嵐シャマール・エ・ザンド!」


 黒槍(メシキ・フムル)が黄金の輝きを発すると、アエーシュマの足下から旋風が沸き起こった。旋風は次第に大きくなり、アエーシュマの肌に無数の傷を作りながら、その巨体を空に放り投げていく。


 ヒシャームは、更に天空と風の王(シャフレワル)の力を黒槍(メシキ・フムル)に帯びると、落下してくるアエーシュマの頭蓋に叩き付ける。黄金の猪(タラ・ゴラーズ)の衝撃が突き抜け、アエーシュマの頭蓋が砕けた。重苦しい絶叫とともに、暴虐の雄牛の化身は絶命した。

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