表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅星伝  作者: 島津恭介
51/199

第四章 蛇の侵攻 -11-

「これは、たまりませんな!」


 シアヴァシュは愉快そうに言ったが、三方から伸びる槍に防戦一方になっている。シャタハートもその意見には、全く同意であった。必死に剣を振るって二、三人の兵を斬り倒すが、次々と繰り出される槍に、完全に馬が止められてる。


 第八騎兵大隊のハシュヤールの千騎が、かなり無理をして斬り込んできた。途中、櫛削るように兵を失いながら、何とかシャタハートの百騎の身動きする余地を作り出す。


「向こうだ!」


 シャタハートは左翼の方角を指し示した。直属の百騎は、機動力を取り戻して駆け始める。ハシュヤールの旗も後ろに続こうとするが、槍の波の中に(ヤシュト)の旗が呑み込まれる。


「将軍、ハシュヤールが!」


 シアヴァシュが切羽詰まった叫びをあげる。シャタハートは必死に立ち塞がる敵を斬り伏せながら、ちらりと後ろを見た。


「大丈夫だ」


 旗は飲み込まれたが、ハシュヤールは健在であった。かぶとも飛んで、髪を振り乱しながら馬を走らせている。一騎、また一騎と後続が討たれていく中、後続の騎士たちはただ必死に馬を駆っている。


「それに、予定通り合流できたぞ」


 対面から、黒衣の騎士が暴風のように突入してきていた。蛇人の前段を突き抜けたヒシャームは、そのまま左に流れて大回りし、敵左翼からまた中央に突き行ってきたのである。


「こっちは力を封じられた。黒槍(メシキ・フムル)は大丈夫そうだな」

「任せとけ」


 ヒシャームは、黒槍(メシキ・フムル)を振るうと、橙色(ナラング)の力を得た兵士たちを吹き飛ばした。


「ダヤラムを討ちに行く。おまえたちの開けた道を使わせてもらうぞ!」


 すれ違うようにヒシャームが中央に割って入っていく。黒衣の颶風が吹き荒れた後を、三千の騎馬隊が一糸乱れぬ歩調で続いていった。シャタハートは大隊長をうまく使って騎馬隊を操るが、ヒシャームは強烈な力で部下をおのれの色に染め上げているようである。


 ヒシャームを追って先頭が突出し、シャタハートに突っ切られて中央が分断され、ダヤラムの部隊は陣形が乱れていた。個々の力で付近の敵は寄せ付けないが、ヒシャームの突撃を防ぐだけの組織力はすでにない。ナイフで布を切り裂くように、黒衣の騎士は疾駆した。


破邪の神眼(メム・アフレ)を物ともしないとは、何という強力な魔術がかけられているのだ、あの槍は」


 ババールは呆れて呟いた。


黄金の円月輪スヴァルナ・スダルシャ・チャクラ並みの神器だとでも言うのか」


 二つの大魔術を行使中であったが、ババールはヒシャームへの対抗措置を取ることを余儀なくされる。彼は虚空(アーカーシャ)に接続すると、空中に巨大な黒き門(カーラ・トーラナ)を出現させた。大量の水蒸気とともに、漆黒の偉容が破邪の神眼(メム・アフレ)の隣に現出する。


「出でよ、狂暴の化身(アエーシュマ)!」


 大量の蒸気が排出される音がしたかと思うと、黒き門(カーラ・トーラナ)の門扉がゆっくりと開いた。中から現れたのは、黄金の瞳を狂暴に輝かせた牡牛の頭を持つ巨人である。六本の蛮刀が巨人の周囲を旋回しており、巨人自身は長大な戟を携えていた。


 狂暴の化身(アエーシュマ)は唸り声をあげると、地響きを立てて大地に降り立った。泡を吹いて唸る牡牛を見て、牛を神聖視するミタンの兵も若干引き気味であった。


「その黒い奴を殺せ!」


 ババールの叫びに、アエーシュマは咆哮で応える。六本の蛮刀が旋風のように回転し、目の前の兵を十数人肉塊に変えた。絶叫が響き渡る。


 アエーシュマは、大地を揺らしながら前進した。長大な戟の一撃は、その衝撃波だけで数人の兵を吹き飛ばし、そのまま回転する蛮刀に抉られて絶命する。巨人の侵攻とともに血風が生じ、血の旋風はアフシャール部族の生き残りの兵を一掃していく。


 マフヤールの息子パヤムと、バクティアリの族長ビザンは、マフヤールの死後崩れるアフシャールの騎兵を立て直そうと悪戦苦闘していた。二人は五隊に分かれたアフシャールの騎馬隊のそれぞれ一隊を任されていたが、もはや半壊して数百ずつの兵しか後ろには従っていない。それでも、戦場の一角に集結した彼らは、散らばった部下や他の隊を纏めようと旗を掲げていた。


 アエーシュマが降り立ったのは、まさにそのど真ん中であった。人も馬も構わず鮮血の竜巻に巻き込まれた。若いパヤムは近付いてくる死の恐怖に失禁し、ビザンに叱咤される。


「しっかりせんか! おまえは大部族の跡取りであろうが!」


 ビザンは荒れ狂うアエーシュマに内心すくむ思いであったが、パヤムの狼狽を見て内心を隠した。


「わしはあれを相手する。おぬしは、隊を率いて一旦離脱せよ」


 そう伝えると、ビザンはおのれの隊に巨人を止めよと命令を下した。


 アエーシュマは、立ち塞がるアフシャールの騎士をまさに薙ぎ倒した。鮮血で全身を紅に染めながら、咆哮で大気を震わす。更に戟を振り回すと、巨大な凶器が簡単に人を挽き肉に変えた。


 ビザンは、怯える兵を叱咤すると、槍を構えて繰り出した。槍はアエーシュマの腹に刺さったが、巨人は構わず前進してくる。腹筋に締め上げられ、槍の柄がたわむと耐えられずに真ん中から砕けた。


「化け物め!」


 剣に持ち替えた瞬間、六本の蛮刀がビザンの五体を斬り裂いた。首を飛ばされ、バクティアリの族長はラーイェンの戦場に屍を晒した。


 そこに、隊伍を整えたアルリムの蛇人軍団が襲い掛かってくる。パヤムの隊は退路を絶たれ、包囲を受けて次々と討たれた。


 そのとき、大空に鳥の鳴き声が響き渡った。


 北の空から巨大な火の鳥(シムルグ)が飛翔し、蛇人の軍団に舞い降りる。大地に降り立った火の鳥(シムルグ)は、巨大な炎の竜巻を発して蛇人たちを焼き尽くした。アルリムもまた、その竜巻に飲み込まれ、絶叫をあげて倒れた。


 パヤムが唖然としていると、炎の竜巻の中から火の鳥(シムルグ)が消え、一人の老人が現れる。


 大賢者(モウバド)ファルザームであった。


 黒き門(カーラ・トーラナ)によって虚空(アーカーシャ)の彼方に送られ、暫くラーイェン付近から追い払われていたファルザームであったが、ようやく帰還がかなったのである。皮肉なことに、ババールが狂暴の化身(アエーシュマ)を呼び出すために黒き門(カーラ・トーラナ)を開いたので、帰ってこれたのであった。


「ほれ、小僧もしゃんとせい。あの牛ならば、相応しい相手に任せい。小僧は小僧の仕事をするのだ」


 ファルザームは、アエーシュマが向かう先に黒衣の騎士が回り込んでいるのを示した。パヤムは思わず大きく息を吐き、萎えた足を叩いて立ち上がった。


「アフシャールの生き残りをまとめよ。左翼の(マール)が消えたから、自由になったやつが時間を稼いでくれるわ」


 大賢者(モウバド)の指し示した先には、蛇人の生き残りを殲滅し、左翼での行動の自由を手に入れたシャタハートの騎馬隊があった。パヤムは自らの馬に跨がると、部下に整列を命じる。シャタハートと連携すれば、まだ生き残ることはできるかもしれない。


「さて、こっちはあの御大層な目を何とかせにゃな」


 宙空に浮かぶ破邪の神眼(メム・アフレ)を見上げる。紫色の忌々しい輝きに、ファルザームは舌打ちした。あれは、神の門(バーブ・イル)の魔術だ。牛を信奉するような連中に、神秘学の権威として負けるわけにはいかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ