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紅星伝  作者: 島津恭介
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第四章 蛇の侵攻 -9-

ユニーク700超えてました。有難うございます。

 三人の大隊長が戻ってきた。先頭の巨漢は、第三騎兵大隊長のオルドヴァイである。長大な槍を携え、歯を噛みながら馬を進めている。


「そう残念がるな、オルドヴァイ」


 シャタハートは巨躯の大隊長を慰めた。敵の騎馬隊を捕捉したため、三人の大隊長に命じて押し包もうとしたが、見事に躱されたのである。悔しがる気持ちもわかるが、引きずられても困る。


黄金の円月輪スヴァルナ・スダルシャ・チャクラの旗でしたな。ケーシャヴァ麾下の騎馬隊、隊長はアジットでしょう」


 第十騎兵大隊長のシアヴァシュは、シャタハートの副官的に傍らに待機していた。シャタハートの麾下には、現在四人の騎兵大隊長がいる。第一が負傷、第二が戦死したので残りの四人ずつをヒシャームと分け合っているような状況だ。理知的で局面を動かすようなシャタハートの指揮を、彼らは学ぶように受け入れていた。


「まだ体が本調子でないんでね。暫くはみなに頑張ってもらうことになるが、頼むぞ」

「お任せを!」


 第七騎兵大隊のシーフテハは、尻尾があれば振りそうな感じでシャタハートに随伴した。彼女はシアヴァシュにさりげなく副官を代われと目配せしたが、シアヴァシュは無視した。シーフテハがシャタハートに一目惚れしたことはもうみんな知っている。だが、私情で軍の編成を決めることはできない。この編成はシャタハートが彼の裁量で決めたのだ。


「あの騎馬隊はこっちで受けよう。それと、あれが出てきた以上、残りのケーシャヴァ軍も出てくるな。バムシャードとマフヤールに連絡を。油断できない事態になりそうだよ」


 シャタハートは、シアヴァシュにケーシャヴァ軍の位置の捕捉を命じると、移動を開始した。騎馬は常に位置を掴まれないように居場所を変えるようにしている。バムシャードの歩兵が動かず、常に位置を固定してくれているから可能な芸当であった。


 ケーシャヴァ軍の位置はすぐにわかった。重装歩兵を中核に、八千がラーイェンから出撃してきている。だが、まずこれは後回しでいい。どのみち、広範囲に軍が展開できるような平地ではないのた。前線から撃破すればいい。それよりは騎馬隊である。あれを放置はできなかった。


「東に距離八百」


 シアヴァシュから、敵騎馬隊の位置が入る。前方の砂塵がそうか。三人の大隊長が動き始める。シャタハートは、副官とともに百騎のみ率いて追随した。


「四隊に分散」


 その展開はさっき見た。三人の大隊長が分裂した三隊に向かい、シャタハートは百騎のみで敵将らしき旗が掲げられる一隊に向かった。


 相手は五百騎ほどの一隊である。だが、シャタハートは数はそんなに危険視していなかった。


 轟音とともに星の閃光ターラー・ラフシャーンの飛礫が飛んだ。横にいた二、三十騎か戦闘不能になる。轟音で、相手の馬が硬直するのがわかる。その隙に、蹂躙を開始した。


「戦おうとしてませんな」


 シアヴァシュの言葉に、シャタハートは頷いた。敵の騎馬隊は散開して逃亡を図っている。百騎ほどは討ったが、残りは逃げられた。


 ハシュヤールとシーフテハも戻ってきて、敵が逃走した旨を報告した。オルドヴァイも粘っていたようだが、結局取り逃がしたようだ。


「旗にいたのは、アジットではありませんな」


 豪華な甲冑を着た騎士が、星の閃光ターラー・ラフシャーンに撃ち抜かれて死んでいたが、確認した副官は別人だと認めた。替え玉であろうか。


「散開した他の部隊に潜んでいたか」

「一筋縄ではいかなさそうですな」


 全体で二百騎くらいは削っただろうか。とにかく戦おうとしないので、損害は少ない。これは、明らかに陽動である。次で仕留められなければ、一度戻るしかない。


「次で決める」


 シャタハートは断言した。シアヴァシュは、指揮官の自信に満ちた口調を疑わなかった。それだけの信頼を、この新しい指揮官は得ていたのだ。




 副官が死んだと報告が来た。アジットは、思わず恐怖を感じ、身震いした。副官を身代わりに旗の下に付けていなかったら、死んでいたのは自分だった。恐ろしい百騎であった。あの百騎は、他の三千と比べても危険度が段違いに高かった。特に先頭の白い套衣の騎士が桁違いであった。奴の魔術で、何十人もの騎士が一瞬で絶命している。ババールが戦うなと言うはずだ。


 振り切れていない。何騎かが追尾してくる。始末するのは容易いが、反転するその時間でやられる危険がある。いまは、おのれの感覚を信じてひたすら逃げることであった。


「前方に大いなる蛇(マハ・ナーガ)の旗!」


 五十騎ばかりの騎兵が、二百騎ばかりの敵に追われている。あれは、ナユール将軍の旗である。六将ナユールは、別動隊として行動しており、消息は不明であった。この付近に来ているなら、さすがに情報を手に入れねばならない。


「救出しろ」


 一隊を差し向けると、不利を悟ったか、敵は離脱していった。大いなる蛇(マハ・ナーガ)の騎兵はぼろぼろの甲冑を着ており、激戦を潜り抜けてきた様子であった。


「指揮官は誰か。ナユール将軍はおられるのか」


 アジットは騎兵の集団に近付いた。包帯を巻いた意外に若い黒髪の男が、アジットに馬を寄せてきた。


 アジットに嫌な予感が走ったときには、遅かった。黒髪の男の周囲に数十の黒い飛礫が沸き出ると、轟音とともにアジットに襲い掛かった。ほとんど瞬間的にアジットは絶命した。指揮官が全身に穴を開けて死亡したことで、部下たちは硬直して動けなかった。その間に、周囲には三つの騎馬隊が現れていた。


「殲滅せよ」


 シャタハートは片手を振り下ろした。押し包まれ、アジットの騎馬隊は次々と斃れた。シャタハートはもうそれには興味なく、副官が差し出した白い套衣を羽織った。


(マール)とバムシャード将軍、マフヤール族長が激突しています。互角の押し合いかと」


 副官の報告に、シャタハートは暫し瞑目した。ヒシャームは、僅かな隙間を見つければ突撃して敵将の首を取るであろう。だが、マフヤールがその隙間を空けられるかは、わからない。先にヒシャームの支援に行くか、それとも先にケーシャヴァの歩兵を牽制しておくか。


「ヒシャームの支援に向かう。(マール)を先に撃滅するぞ」


 殲滅を完了し、シャタハートのもとに戻ってきた大隊長に、短く命令する。三人は、了解の旨を伝えると部隊を動かし始める。少し、時間を取られたかもしれない、とシャタハートは思った。だが、シャタハートが奪われた時間は、ババールが想定したより、それでも大分短かった。




 バムシャードは、騎馬との連携が巧く機能していないことを感じていた。マフヤールは五隊に分かれて飛び回っているが、いいタイミングで飛び込めていない。羽虫のようにうろついているだけだ。蛇人の槍隊は、うまく槍を立てて騎馬の侵入を防いでいる。そして、こちらに飛んでくる雷撃が騎馬への援護を寸断する。あれは、前回取り逃がした敵将の雷撃だ。さすがに要所で使ってきていた。


 副官バナフシェフの目が血走っている。右翼を崩されそうになった手当てに奔走しているのだ。まだ若い、とバムシャードは目を細めた。七千の攻勢を支えるのは至難ではあるが、横に展開しにくいこの地形なら不可能ではない。それに、ヒシャームが機を図っているはずだ。


 伝令を受けたバナフシェフが苦虫を噛み潰した。凶報である。副官は、敬愛する上官に近付くと、蛇人の軍団の後方の砂塵を示した。


 蛇人の軍団の殲滅より先に、黄金の円月輪スヴァルナ・スダルシャ・チャクラの旗が戦場に到着したのだ。

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