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紅星伝  作者: 島津恭介
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第四章 蛇の侵攻 -3-

 呻き声が聞こえる。


 周囲に落馬した騎兵が累々と倒れていた。呻き声は、その騎士たちが発している。何かにやられたのか、煙を上げ、黒く焼け焦げて呻いている。何にやられたのか。


 一瞬記憶が飛んでいたシャタハートであったが、首を振って立ち上がろうとし、そしてまだ体が痺れていることに気付いた。


 先ほど食らった雷撃の魔術のせいだ。さすがに光の速さで飛んでくる魔術は迎撃できず、シャタハートもまともに食らってしまった。白い套衣が黒焦げになり、体が麻痺して動かない。だが、まだ生きてはいるようだ。


 味方の騎馬隊の突進は止められているようだ。雷撃を連発され、騎馬の先頭が止められてしまった。勢いを殺されたらさすがに突破は難しい。シャタハートはかろうじて両腕を上げると、掌を外側に向け、さっさっと外に向けて振った。


 後ろで止められていた騎馬の列が、左右に散開を始めていた。


 目の前の敵は千に満たない。三千いるシャタハートの騎馬隊なら、一点突破できなくとも包囲して殲滅できる。


 前線では馬から落ちた騎士たちが懸命に敵の攻撃を食い止めていた。シャタハートが死ななかったのは、彼らの奮戦のおかげでもあった。そうでなければ、体が動かないうちに首が取られていてもおかしくなかった。


(完全に討ち取れる機だと思ったのに、敵の将はなかなかやる)


 シャタハートはようやく立ち上がった。愛用の白馬は、幸い無事であった。馬もまた、雷撃で毛並みが焦げてしまっていたが、まだ走れる、とその目は語っていた。


「騎乗せよ!」


 周囲の騎士たちも動き始めたのを見て、シャタハートは命令した。


「押し包み、絞り上げて、あの将の首を取るぞ!」


 火傷や裂傷を負い、黒ずんだ顔に闘志を再び漲らせると、騎士たちはシャタハートの声に応えた。




 前線の苦境にも眉一つ動かさず、バムシャードは本陣を微動だにしなかった。すでに周りの親衛隊すら引き連れて、副官が前線の立て直しに向かっている。副官に全幅の信頼を置くバムシャードは、その件についてはもう処理済みの案件に回している。


 ヒシャームの騎馬隊が敵の魔術師を潰してくれている。こちらの盾は何とか持ったようだ。敵の槍隊は、攻勢限界点に達しているだろう。


「馬引け」


 バムシャードは近習に愛馬を用意させると、年齢を感じさせない動きで騎乗の人となった。


「一列目は後退、二列目は前進」


 馬上で槍を掲げると、矢継ぎ早に指示を出す。


「弓隊、斉射三回。しかるのち、槍隊は敵の背後を突け」


 バムシャードの視界は、すでにヒシャームの騎馬隊が敵の抜剣隊を突破し、槍隊に食い込んでいるのを見てとっていた。ならば、敵の前線は崩れるはずである。反撃の機会はいましかない。


 矢の斉射を受け、敵の槍隊が浮足立っている。バムシャードの槍隊は整然とそこに突きいった。




「爺さんめ、あの用兵手腕はさすがだな」


 槍隊を強引に突っ切ると、ヒシャームは背後を振り返った。崩れたつ敵の歩兵に向けて、バムシャードの槍兵が穂先をそろえて前進していっている。勝敗は決したのを見て、ヒシャームは回り込んできた二挺斧の戦士と遊んでもいいかと、黒槍(メシキ・フムル)をしごいた。


「こ、この臆病者が! 逃げ回ることしかできんのか!」


 虚仮にされ続けたイルクウが、血管が切れそうな表情で叫んだ。ヒシャームは面白そうに笑うと、黒槍(メシキ・フムル)を構えた。


「遊んでやるからかかってこい」


 しゅー! と割れた赤い舌を口から出すと、イルクウが躍りかかった。二挺の斧が、分裂して十にも二十にも見えるくらい高速に動き、ヒシャームに迫る。黒衣の騎士は、黒槍(メシキ・フムル)をニ閃すると、その激しい連撃を跳ね返す。三合、四合と撃ち合うと、ヒシャームは感心したように言った。


「ほう、おれとこれだけ撃ち合えるやつが蛇にいるとはな。素の力は六将以上だな」


 そこに、血濡れた大剣を引っ提げ、抜剣隊の隊長ラバシュムが駆け付けてきた。ラバシュムは、鋭い牙を剥くと、笑ったように見えた。


「よく止めた、イルクウ! ここで、こいつを片付けるぞ」


 甲冑くらいなら砕きかねない重い斬撃が、ヒシャームに向けて振り下ろされる。黒槍(メシキ・フムル)は自在に動き、ヒシャームの制空権の中に刃を入れなかった。


 ラバシュムもなかなかの使い手であることはすぐにわかった。大剣はヒシャームの部下の血を吸ってここまで辿り着いている。それだけの騎兵を突破してくる力はある。


「それでも、おまえら、橙色(ナラング)ってところだろ!」


 ヒシャームには、まだ余裕がある。細かい捌きでイルクウとラバシュムの連続攻撃を弾き続け、一定の空間より内には立ち入らせない。


「くそ、化け物か、こいつ」


 ラバシュムが大剣を振り回しながら叫ぶ。イルクウは、ふと手を止めて彼方を見た。


「どうした、手を止めるな!」

「…撤退だ、ラバシュム。こいつは負け戦だ」


 イルクウは苛立たしげに牙を剥くと、崩れ行くジュシュルの槍隊を斧で示した。


「あっちの槍隊が来る。包囲されたら抜けきれねえ。先に行け、ラバシュム! 時間はおれが稼ぐ」


 ラバシュムはバムシャードの槍隊が足並みを揃えて突き進んで来るのを見ると、イルクウの言葉が正しいことを認めざるを得なかった。


「くそ、引くぞ!」


 抜剣隊は、突破してきた道を逆に辿りながら、後方へと向かう。ジュシュルが傷だらけになりながら、ラバシュムを援護していた。槍隊は随分やられたようだ。


「やられた! 何が何だかわからないうちに、戦況がひっくり返って、それからはもう流されるだけだ!」

「騎馬の突撃と、弓の斉射が同時に来たんだ。挟撃を受けて混乱したところに、相手の槍隊が押し出してきた。後ろから見てたから、よくわかったよ」

「こっちからは、何もわからん! 気づいたときは陣形をずたずたにされ、敵の槍隊に押されまくっていた。同じ槍隊にやられるとは、屈辱だ!」


 それにしても、あの連携は並みではなかった。人間の軍の恐ろしさを思い知らされた気がする。


「おい、本陣が騎馬隊に半包囲食らっているぞ!」

「ばか言え、騎馬隊は後方にまだ…」


 ジュシュルとラバシュムは顔を見合わせた。だが、確かに本陣は騎馬に包囲され、壊滅寸前に見えた。時折稲妻が煌めくところを見ると、まだク・パウは生存しているらしい。


「おい、行くぞ! ク・パウはやられたらいけない奴だ」


 ジュシュルが傷を物ともせずに駆け出した。ラバシュムも慌てて後を追った。この騎馬隊が何処から出てきたかは知らないが、ク・パウを失うわけにはいかないのは確かであった。




 イルクウは、黒衣の騎士がまだ余力を残していることを悟っていた。自分では、こいつに勝てないかも知れない、と。だが、ここでこの騎馬隊を食い止めないと、ジュシュルやラバシュムもろとも全滅である。自分の部下には悪いが、誰かが壁にならなければならなかった。


 槍隊と騎馬隊に挟まれ、イルクウの部隊はもう完全に孤立している。それでも、この足止めには価値がある、とイルクウは信じた。


「おまえの変幻自在な二挺斧も楽しかったが、目が慣れた。そろそろ、終わりにするぞ」


 山のような圧力が黒衣の騎士から伝わってくる。イルクウは咄嗟に大地を蹴ると、頭上から騎士の頭蓋を割りにかかった。


 美しい軌跡を描いて黒槍(メシキ・フムル)が振るわれると、イルクウは自分の両腕が斬り飛ばされていることに気付いた。半身のごとき斧と一緒に落ちていく両腕。


 待て! と叫ぼうとしたとき、イルクウは頭蓋に激しい衝撃を感じた。


 そして、世界が暗くなった。

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