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紅星伝  作者: 島津恭介
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第四章 蛇の侵攻 -1-

 六将ナユールは、自身の大いなる蛇(マハ・ナーガ)の旗が翻るのを見ながら、撤退の潮時を感じていた。


 もともと、彼はババールと同様に、この戦いが時間稼ぎであることを知っていた。だが、ババールと違ってその時間稼ぎに命を賭けようとは思っていなかった。カシュガイ部族の軍ニ千とのらりくらりと戦っていたのは、そのためである。しかし、いま敵の増援が近付きつつあった。


「間違いなくケルマーンから出撃したアフシャールの兵です。五千はいるかと」


 副官のイハが報告してくる。ナユールの眉がひそめられた。


「ケルマーンを空にしたのか? 街道を北上する本軍を無視してかね。マハンの防衛線に自信があるのか」

「スミトラ将軍のの先遣隊が敗走したとの報告は受けております。そのせいかもしれません」


 いずれにせよ、これで敵の兵力は七千を数え、こちらを上回る。戦うメリットはなくなったと言っていい。


「撤退の準備をさせろ。ナービッドまでとりあえず退くぞ」


 カシュガイの追撃はあるかもしれないが、あちらもそれほど本気の攻めはしてきていない。いまならまだ撤退できる可能性は高かった。




 ヒルカを中継した念話で、ナユール軍撤退の報告をマフヤールから受けたナーヒードは、クッションに身を横たえながら目を閉じた。


(バムシャード将軍は何処まで進んでいたか)

(アルバーバードでコーシャの歩兵とハプラマータの騎兵を殲滅した後、一日南下した地点で蛇人の集団千余を捕捉、半分ほど討ち取った後はその周辺の掃討をしているようです)

(ラーイェンとの分岐のあたりだな。ナービッドまで南下させろ。半日もあれば着くだろう)

(ナユール軍を挟撃するように伝えておきます。マフヤールとバームダードにも追撃を急がせますか?)

(追撃はさせるが、つかず離れずでよい。バムシャードと遭遇する地点で呼応させよ)


 ヒルカは了承すると念話を切った。ナーヒードは疲労の色を滲ませると、指で目のあたりを押さえた。


「それにしても、悪魔(デーヴ)精霊(ジン)に戻してしまうとはな。アナスには驚かされる」


 ヤズドでの顛末はヒルカから報告を受けた。ザリチュを精霊(ジン)に戻したことで、ヤズドの聖なる木を含めた植物の枯死問題は未然に防げたと言える。だが、まだタルウィが野放しになっており、水の枯渇問題は解決していない。


 ニルーファルが(シャヒーン)に変化して先行するらしいが、これもかなりもめたらしい。ザリチュに生気をかなり吸われたニルーファルは、割りと危険な状態だったと言うのだ。ヒルカは反対したらしいが、ニルーファルは強引に出立したようだ。真面目な性格が、裏目に出なければよいのだが。ザリチュは一行に帯同するらしい。タルウィを放置できないとのことだ。


 ヤズドに着いたということで、兵を再編成していたファルロフ将軍の状況も確認させた。ニ千の兵を中核に、一万ほどの歩兵を編成し、三日後にはヤズドを発つ予定だと言う。西に向かった竜の王の情報はまだ入ってきておらず、対応が間に合うかも心配だった。


 こんな状況だと言うのに、動けない身体が恨めしかった。陣頭に立っていないと落ち着かない。ヒルカの念話があってこれだから、なかったら焦燥感で気が狂っていたかもしれない。


(王女殿下)


 と、ヒルカから再び念話が入る。


(バムシャード将軍の軍が、再び蛇人の集団と遭遇しました。ラーイェン方面からの出現で、今度は五千ほどの集団です。東に向かった蛇人の本隊かと思われます)

(後続の確認を。撃破してから南下しても、作戦に支障はない。速やかに撃退してナービッドに向かえとバムシャードに伝えよ)


 懸念していた蛇人との遭遇であった。ナーヒードは剣の稽古で硬くなった右手の指を噛むと、苛立たしげに宙空を睨み付けた。




 バムシャード将軍は、シャタハートからの伝令を受け取ると、蛇人の掃討に散開していた部隊を呼び戻す命令を出した。シャタハートからの報告によると、ラーイェン方面から蛇人の軍五千が接近中であり、三時間後に接敵すると言う。


 シャタハートの騎馬隊はラーイェン方面の警戒に出し、ヒシャームの騎馬隊はナービッドの偵察に出していた。索敵に引っ掛かったのはラーイェン方面であった。


 ヒシャームへの伝達はシャタハートがしているとのことで、バムシャードはナーヒードへの報告だけ入れると、副官のバナフシェフを呼んだ。軍人らしいきびきびした動きで、信頼する副官は現れる。孫のような年齢の女性であるが、バムシャードは彼女の鋭い観察眼を疑ったことはなかった。


「蛇がラーイェンから来た。五千だ」

「侮れない数です。殿下は何と?」

「速やかに殲滅してナービッドに向かい、ナユールを挟撃せよ、と」


 バナフシェフは微かに目を細めた。どうしたらそれが可能か、思考しているのだろう。


「騎馬隊との連携が必要です。ヒシャーム殿の騎馬隊は呼び戻されましたか?」

「シャタハートがすでに手を打った。騎馬は動きながら機を見て突入する、と」

「そうですか。彼らならば、機を違えることはないでしょう。ならば、我らは支える陣を組めばよろしいかと」

「場所は」

「この三叉路でよろしいかと。ヒシャーム殿の騎馬が横から入りやすいでしょうし」

「任せた。盾、槍、弓で三段に組め」


 バムシャードが命令を出すと、副官は一礼して退出した。初老の将軍は、その鋼のような表情を一際硬くすると、緩みなく退出した副官の後ろ姿を見送った。




 ク・バウは、壊滅した先遣隊の隊長プ・アピからの報告を黙って聞いていた。


 プ・アピの先遣隊千名の兵は、人間の軍と遭遇し、壊滅的な打撃を受けていた。特に、騎馬による蹂躙に陣形を崩され、個々に殲滅されたのが敗因のようであった。


 個人の武勇であれば、硬い鱗と驚異的な膂力を持つ蛇人の方が上である。だが、人間の軍の組織だった連携は侮れない。


「プ・アピはこのまま後詰めのアルリムの軍に向かい、進軍を急がせてくれ。人間の軍は油断できない」


 ク・パウはちろちろ舌を出しながら言った。瞼のない目がじっとプ・アピを見つめている。プ・アピは頷くと、アルリムの軍に向かうべく駆け去っていった。


 プ・アピの先遣隊の壊滅は、ク・パウの予想を超えていた。プ・アピはあれでも蛇人の女傑である。魔術と剣を極め、兵の采配も練達であったはずだ。確かに一万の軍と遭遇したのは不運であったが、プ・アピなら相手の戦力を探りつつ、無事に撤退する戦いくらいできたはずだ。


 だが、現実プ・アピは単身脱出を余儀なくされ、部下のほとんどは散り散りになって殲滅された。人間の軍の練度は侮りがたい。ク・パウはその認識を新たにする。


 斥候を十隊放ったが、五隊は帰ってこない。付近に敵が潜んでいることを、ク・パウは確信するが、居場所は掴めない。常に移動し続けているようだ。


「正面に敵、三~四千程度です。三段に構えて布陣しています」


 斥候のうち、三隊が同じ報告を持ち帰った。情報に間違いはないだろう。数が少ないのは、機動性に優れた騎馬隊が姿を眩ませているからに違いない。


「だが、いるとわかっていれば、手のうちようはある」


 ク・パウは、蛇人の勇士イルクウを呼ぶと、千の兵を与えて先手を命じた。

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