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紅星伝  作者: 島津恭介
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第三章 ラーイェンの悪魔 -6-

「なんかさーここらへんって超乾いているし、何も生えていなくてあたしが仕事する意味あるのかみたいなー」


 ぶつぶつ呟きながら、黒い蝙蝠の翼で空を飛ぶ女の子の姿があった。彼女の回りには青白く光る小さな六つの玉が浮遊しており、時折何か輝く光を地面から吸い上げている。


「玉もちっとも大きくならないしー来るところ間違えたみたいなー」


 それでも飛び続けると、女の子の視界に小さな村が入ってくる。付近には、ナツメヤシの木が増えてきており、暫く行くと咲き始めたサフランの紫の花が見えてきた。


「やれやれ仕事だしーあたし働きすぎみたいなー」


 黒い尻尾を振ると、女の子の姿がかき消えた。だが、六つの玉は消せないのか、空中でふよふよ漂っている。


「玉が小さいからまだそんなに吸えないしー」


 玉がサフランの畑を通り抜けるとともに、微量な青白い光が玉に吸い上げられていく。サフランの花は瑞々しさを失い、何処と無く萎れたようになった。


「今日のところはこれくらいで勘弁してやるみたいなー」


 ふよふよと玉は北に移動していく。見えなくなりそうな頃に、また声が響いた。


「真面目だし、本当に、超仕事してるし、今だって仕事したばかりだし! 本当、ちゃんとやってるときに限ってちゃんとやりなさいとか、タルウィまじうざいしー!」


 声は岩山に吸い込まれ、そして蒼穹に消えていった。




 一方、アナスたち三人は、シリズに向かって北西に街道を進んでいた。畑も見かけなくなり、街道沿いにまばらに灌木が見える程度の岩石地帯である。標準的なアーラーンの高原風景であった。ここらへんは、平野でも海抜千ザル(約千メートル)以上はあるのである。


「バムシャード将軍率いる一万の軍が、ミタンの敗残兵を撃ち破ったみたいですね。ヒシャーム殿がコーシャを、シャタハート殿がハプラマータを討ち取ったみたいです。軍は四散し、逃走していったみたいです。追撃でかなり討ち取ったみたいなので、もう軍としては機能しないだろうとのことですね」


 異郷に散った六将の遺志を継ごうと、コーシャもハプラマータも頑張ったのであろう。しかし、それでもまだ足りないものは足りないのであった。シャタハートの星の閃光ターラー・ラフシャーンを全身に受けて、ハプラマータはまさに爆散したと言う。コーシャもヒシャームの黒槍(メシキ・フムル)に、頭蓋から股まで両断されたとか。第三段階まで解放した六将ですら討ち取られたのだから、二人はヒシャームやシャタハートの前に立つべきではなかったのだ。だが、そうせざるを得なかった。それだけ士気が限界だったのであろう。


「蛇人とそろそろ遭遇するとのことでした」


 ヒルカも、少し体が慣れてきたようである。そんなものだ。初めの数日は辛くても、続ければ体は慣れる。


「ケーシャヴァの軍はラーイェンから動かないみたいてすが、何を考えているのか」


 アルバーバードの軍が敗滅した以上、ミタン軍はラーイェンまで物資の輸送が安全に行えなくなる可能性か高い。本国からバムを経由してラーイェンに至る街道。そこにバムシャード軍が南下したら、ラーイェンの補給線は切られるのである。


「いや、だから蛇人をその街道に配置したねかも」


 確か、蛇人はバムの方面にも向かっていたはずだ。街道の治安維持のためだとしたら、皮肉なことである。


「いずれにせよ、ヒシャームとシャタハートは暫く蛇人討伐ね。あと、アフシャール部族の方は、ケルマーンからゴルバーフは軍だと五、六日はかかるだろうし、衝突はあたしたちがヤズドに着く頃になるかしらね」


 六将ナユールは孤立している。それを知れば撤退しそうなものだが、なまじ途絶した戦場にいるから知り得ないのであろう。


 ヒルカが慣れてきたせいか、陽が沈む前にシリズに辿り着いた。アナスとエルギーザも内心ほっと胸を撫で下ろす。


 シリズは小さな村である。街道沿いには畑が広がり、居住区は街道より少し外れたところにある。畑にはサフランの花が綻び始めており、紫色の絨毯のようであった。


 村に一軒しかない隊商宿に入ったアナスたちは、そこで宿の亭主から奇妙な話を聞いた。


「サフランの花が一日で萎びた?」


 昨日までは、元気一杯で生命に満ちていたサフランの花が、何故かもう開ききった後のようになっているらしい。小さな村では、高価なサフランの収入は冬に向けての生命線である。村の皆で顔を青くしているとのことだった。


「それに、何か北の方に向かう六つの青白い光を見たとか言う者もいてなあ」


 亭主は羊肉とインゲンの炒飯(ルービヤー・ポロウ)を出すと、途方に暮れたように奥に引っ込んでしまった。


「明らかに渇きの悪魔(ザリチュ)の仕業ですね」


 ヒルカが珍しく真剣な顔になる。


「ちょっと妖精(ペリ)を増やして追ってみます」

「六つの青白い光ってなにかしら」


 アナスは首を捻るが、それはヒルカにもわからなかった。


「ザリチュが吸い上げた生命力か、吸い上げるための道具じゃないですか?」

「多分ね…それを壊せばいいのかしら」


 試してみる価値はあるが、まずは発見し、追い付いてからである。悪魔の尻尾は捕まえたのだから、後は追い詰めればいいのだ。ヤズドに着く頃には追いつけそうである。


「報告も入れなきゃ…えーと、シリズ到着、半日前に渇きの悪魔(ザリチュ)がシリズを通過した痕跡を発見、と」


 最近ヒルカが開発した報告用魔術である。回廊開設者に向けて一斉に報告したい内容を送れるのだ。念話ではないので、相手の声は聞こえない。ニルーファルと余り喋りたくないヒルカが必死に開発したようだ。


「うわっニルーファルさんの回廊(クーチェ)へのアクセスがひどい! わかった、わかりました、出ますよ!」


 しかし、向こうから話しかけてくるので、無駄であった。


「出るのが遅い、と怒られました…」


 自業自得だと、アナスは思った。


 翌朝、朝陽の下でサフランの畑を見てみる。まだ元気はない感じであったが、枯れるほどではない。思ったほどの被害ではないだろう、と予測する。


「品質は落ちるかもしれないけれど、収穫はできるんじゃないかしら」

「そのようですね」


 シリズを発ってバフクに向かう。ここからは乾燥した岩石砂漠地帯である。バフクまで村もないので、シリズで四日分の水と食糧を確保しておく。


 正直、ここに着く前にヒルカが騎乗に慣れてくれて助かった。ここからの道程は、足手まといがいるときつい。


 突然、エルギーザが矢をつがえると、瞬時に一射を放った。


ヒョウ(ポールス)だよ」


 二百ザル(約二百メートル)ほど先の岩峰に、ヒョウ(ポールス)がいたらしい。エルギーザは身軽に岩山を駆け登ると、眉間を射抜いた一頭のヒョウ(ポールス)を示した。


「ここらはこれが多いんだよ。食われないように気を付けてね」


 エルギーザは矢を回収し、手早く少量の肉だけ切り裂くと、残りは打ち捨てた。


胡狼(シャガール)禿鷲(ナスル)大鴉(カラーグ)が食べるよ」


 だから、埋めない方がいいのだ、とエルギーザは言った。狩人(サヤド)としても、一流なのだな、とヒルカは感嘆する。この生存競争の激しそうな砂漠で、一番危険な生物は、このにこやかな若者に違いない。


 ヒルカはそう確信すると、ぶるっと身を震わせた。

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