第十九章 天翔ける星船 -2-
上空を飛んでいた星船が一隻消し飛んだ。
爆発したとか破壊したとか言うのではない。消滅したというのが最も近いだろうか。
やったのは韋駄天カールティケーヤ、つまりニヌルタだろう。あんな真似ができるのは、破壊の槍を持つ大神しかいない。
いきなり現れた空飛ぶ船にも驚いたが、それを瞬く間に塵と変えた大神にも肝を冷やす。よくあんな怪物と戦って生き延びたものだ。
アナスは視線を転じて、前方に展開するコルプロの軍団を見た。帝国最強の軍団は、盾を構えて静かに前進を始めようとしている。そこに、轟音とともにイルシュ部族の天の雷が襲い掛かった。
イシュタルの作りし神器である天の雷は、ただの鉄盾くらいならぶち抜く威力を持っている。その轟砲千挺の弾丸を、しかし第三軍団の前線に立つ盾兵は、全て受け止めて揺るがなかった。
「ヤム・ナハルの加護を受けているね、あの盾は」
アナスの両脇には、ヒシャームとシャタハートが聳え立っていた。予想以上の堅固な守りに、シャタハートの表情も険しい。
「シャタハートの星の閃光でも通用しない?」
「威力を上げたり、軌道を変化させたりすれば問題はないけれど、そうすると弾数は減るだろうね。でも、あの紛い物だとそこまでの汎用性はなさそうだな」
駆け抜けながらもう一斉射が放たれたが、第三軍団の堅固な盾は崩れない。流石のジャハンギールも舌を巻いたが、後続にパルニ騎兵が動き出したのを見て左に流れ、前線を開ける。
「グナエウス・コルプロの用兵、一度味わってみたかった!」
太陽剣を掲げ、アルシャクが先頭に立って中央の盾兵に突っ込む。ヤム・ナハルの加護を受けている鉄盾が、アルシャクの剣の一閃で紙のように斬り裂かれた。二列目の槍が伸びるが、瞬時にその穂先が飛び、兵が馬蹄に掛けられる。
そのまま乱れた兵列を突っ切ろうとしたアルシャクであったが、第三軍団の兵は無理にパルニ騎兵の突撃を受け止めようとせず、柔軟に受け流そうと動いた。
「無理に遮ろうとせず、後方に回り込んでおいて……」
アルシャクが楽しそうに叫んだ。
「此処で叩きに来るか、コルプロ!」
そこにグナエウス・コルプロ率いるウラルトゥ人の傭兵騎馬隊が突っ込んできた。フルム人は騎兵が苦手なので、帝国の騎馬部隊は大体が遊牧民の傭兵である。ウラルトゥの周辺はイシュクザーヤやアールヤーン系の遊牧民が多く、帝国の傭兵となる者が多かった。
コルプロの第三軍団の騎馬部隊も、そのウラルトゥ人の傭兵である。彼らはバーブ・イラやアーラーンとの戦歴も長く、パルタヴァの精鋭騎馬部隊にも怯みはしなかった。
「力押しで何でもできると思うなよ、アルシャク!」
長柄の槍が唸りを上げてアルシャクに襲い掛かる。アルシャクの剣がその穂先を弾き返す。並みの槍なら太陽剣の力に耐えられぬはずだが、その槍はびくともしなかった。にやりとアルシャクは笑った。
「なかなかやるな、コルプロ、いや、ヤム・ナハル。力を制限しているとはいえ、太陽剣と撃ち合うとは」
「余裕だな、アルシャク、いやシャマシュ! だか、おれを突破できなければ、後続は後ろを塞いだ歩兵に食われるぞ!」
「いや、そう簡単に塞げはしまいよ。腹立たしいことだが……」
アルシャクは笑みを崩さず剣を振るった。
「やつらの戦況を見る目は確かさ」
両手を広げたアルシャクの脇の間から、突き進んでくる騎馬の部隊が二つ見える。聖王国の旗を掲げるその部隊の先頭に立つのは、ロスタムとシャガードだ。英雄ザールの二人の息子の力は、コルプロほどの将帥なら無論把握している。彼らはパルニ騎兵を通り過ぎさせて後背を突こうとした第三軍団の歩兵たちの、更に後ろを突こうとしてきたのだ。
それを許したら、アルシャクに自由を許すことになる。第三軍団の歩兵は熟練した動きで戦列をずらし、隙間を作る。そこに、阿吽の呼吸で第四軍団のペトルス・サッパディウスが、イシュクザーヤ人の騎馬傭兵を率いて駆け込んできた。
シャガードの部隊とぶつかったサッパディウスは、数合の斬り合いの後突き抜けた。シャガードはかなり勢いを殺され、柔軟に動き始めた第三軍団の左翼の歩兵の接近を許す。飲み込まれる前にシャガードは方向を転換し、辛くもその顎から逃れたが、当初の予定の攻撃には失敗した。
サッパディウスはその勢いのまま方向を変え、ロスタムの横腹に食いつこうとする。だが、その前に苛烈な弾幕が撃ち込まれ、思わず足を止めた。
まだ予備戦力がいたのかとサッパディウスは目を細める。あれは、聖王国の新手だろう。白い戦衣の騎士が苛烈な弾幕を放ちながらサッパディウスの部隊をかすめて流れていく。その後ろから、長大な槍を構えた黒衣の騎士を先頭に、騎馬の一小隊が駆け込んでくる。巧みな連携に、サッパディウスは舌打ちした。ロスタムの妨害は間に合いそうにない。第三軍団の歩兵の後背に食い付かれるだろう。
「あれが黒き槍か。帝国の聖遺物を蛮族風情が」
ヒシャームを認めたサッパディウスは、自ら馬腹を蹴って迎撃に向かう。ただの人間とは言え、あれは神をも怯ませる危険な神器である。敵の手に渡したままでは都合が悪い。
「帝国の驍将ペトルス・サッパディウス。その実、黄昏の神シャレムか。創造神の手下程度では、竜とも戦った我らは引き下がらぬぞ」
黒き戦衣に身を包み、黒槍を構えながらヒシャームが突き進む。ジャハンギールとシャタハートが両翼から第四軍団の歩兵に弾幕を張っており、サッパディウスはそちらに対処ができていなかった。ヒシャームはサッパディウスの足止めのためにも、黒槍を振るう。
技術と膂力に裏打ちされた鋭いヒシャームの連突きに、サッパディウスは密かに舌を巻く。人間相手に神の力を使うことなど滅多にない。神の力を使って人間を殺しても、神力を消耗するだけで力は得られない。あくまで人に人を殺させないと意味がない。
だが、必要とあらば、使わざるを得ない。ヒシャームの武の力は人間を超えている。槍を弾くだけで腕が痺れるくらいには危険である。サッパディウスは神力をみなぎらせると、ヒシャームの撃ち込みを弾いた。
どちらかと言えば押されていたサッパディウスが、余裕を取り戻したことにヒシャームは警戒の色を強めた。暴虐の化身を斃したこともあるヒシャームだ。神ともなれぱ、あれより弱いこともあるまい。
「黄昏の神か。どれほどの力か、見せてもらおうか」
黒槍が唸りを上げて振られる。神をも殺す力を持った神器を手にしたヒシャームの気配に、乱れはなかった。