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紅星伝  作者: 島津恭介
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第十九章 天翔ける星船 -1-

 それは船と言われていたが、一般的なガレー船のような帆もなければ櫂もなかった。重力を遮断するかのように浮いており、紡錘形の船体から突き出た噴射孔から何らかのエネルギーが噴射され推力となっているようだ。


 巨大な銀色の船体に、エツェルは何処から攻めるべきか暫時悩んだ。天翔船の周囲には力場が生じており、並大抵の攻撃では弾かれそうだ。


「もたもたしてるなら、余から行かせてもらうぞ」


 エツェルの隣に上昇してきたアシンドラが、破壊の槍(トリシューラ)をぶんと振り回した。アシンドラがその身に降ろすニヌルタは、権能の数こそ大したことはないが、性能で言えば図抜けている。攻撃力と素早さで言えば神々の中でも随一だ。


 破壊の槍(トリシューラ)から破壊の震動波がうねり、先頭の天翔船に襲い掛かった。船体の周囲を覆う力場が金色に輝くと、震動波と衝突し、激しく鳴動する。


「ありゃあ駄目だな。破壊した傍から力場を回復してやがる」


 冷静なエツェルの指摘に、アシンドラは額に青筋を浮かべた。


「今のは小手調べだ。本気でやれば造作もない」

「そうかな。力場の展開速度、保有神力量にもよるが、なかなか厄介そうだぞ」


 意外と慎重なエツェルに対し、アシンドラは直情的である。破壊の槍(トリシューラ)を翳すと、追撃を放とうとした。だが、不意に空に現れた横長の画面に、その手を止める。


 それは、天翔船が映し出している映像のようであった。当然、そこに映し出されているのはアヒメレクである。無数の機械を背景にしながら、機能的な椅子に座りつつ老神は余裕綽々の表情でにんまりと笑った。


「あー、そこの莫迦二人。破壊の槍(トリシューラ)の力を知るわしが、天翔船の防御をその破壊力以下にすると思ったか」

「うぜえ」


 エツェルが右手の剣をひと振りすると、長大に伸びた不可視の刃が空中の映像を切り裂いた。アヒメレクの映像がぶれ、その笑顔が歪んだ。


「天翔船一番艦(コハブ)、二番艦(シャマイム)、三番艦(ルアハ)。この三隻だけで地上を滅ぼすことも可能な戦力ぞ。星を渡る船の力、甘く見るでないわ」


 アヒメレクの声とともに、三番艦(ルアハ)の艦首装甲がスライドし、巨大な砲口が出現していく。


(ルアハ)の主砲の斉射は、都市の一つや二つは吹き飛ばす。ほれ、愚図愚図していると、神の門(バーブ・イル)か消滅してしまうぞ」


 アヒメレクの嘲笑に、アシンドラはぎりっと唇を噛む。エツェルに比べると、ミタンの王の方が挑発に弱いようだ。だが、そこに現れたアルダヴァーンが、頭に血が昇ったアシンドラを引き留める。


「無闇に攻撃しても無駄だよ。あれを沈めるなら、攻撃の瞬間を待った方がいい。防御に専念している間は無敵に近そうだ」


 アルシャクの右腕とも半身とも言われるアルダヴァーンの言葉は、アシンドラも無視はできない。あの程度の力場は破壊の槍(トリシューラ)で破れると思っていたが、一先ず突出は避ける。


 その間に、天翔船の船首砲口に膨大なエネルギーが凝縮していく。どれだけの力を溜め込んでいたかは不明だが、天翔船の内蔵エネルギーは明らかにそこらの神なら瞬時に蹴散らせる容量はありそうだ。


「攻撃するときは力場を解除するだろう。その瞬間を捉えられるか? ニヌルタ」


 エツェルが挑発的に言う。アシンドラは、ふんと鼻を鳴らした。誰にものを言っているのか、と言う態度である。


 臨界ぎりぎりになった船首砲口は、目も眩むような輝きを放っていた。そのエネルギーの総量は、竜の王(エジュダハー)竜の咆哮(アジダハー)を上回る規模であろう。都市の一つくらいは一撃で壊滅できる威力はありそうだ。


「あれは撃たせていいのか?」


 アシンドラの問いに、アルダヴァーンが頷いた。


「イシュタルがいる。神の門(バーブ・イル)の 防衛機構に問題はないよ」


 アルダヴァーンの言葉が終わるか終わらないかのうちに、天翔船の船首から膨大なエネルギーが放出された。同時に、船を覆っていた力場が解除される。アシンドラは一瞬のうちに天翔船に肉薄し、破壊の槍(トリシューラ)を外壁に叩き込んだ。妙な手応えと反発する力を感じたアシンドラは、それが神力を反発する装甲だと気付く。だが、概念すら破壊する破壊の槍(トリシューラ)がその真の力を発揮すれば、壊せないものなど存在しない。


 天翔船の外壁は一瞬の抵抗の後、微塵となって砕けた。


 アシンドラはそのまま真っ直ぐ内部へと突っ込んで行く。目指すは船内の中枢部にいるフラヴィオス・イラクリオスである。アシンドラの感知能力は、イラクリオスの神気をしっかりと掴んでいた。


「見つけたぞ、シャヘル! まずは先陣の血祭りに上げてくれるわ!」

「この脳筋め! エルさまに目を掛けられていながら裏切るとは、言語道……」


 フラヴィオス・イラクリオスが剣を抜いたときには、すでにアシンドラは目の前に迫っていた。帝国でも屈指の剣技と光の神の一人でもあるシャヘルの速度を持つイラクリオスであったが、アシンドラの速度はそれすら凌駕する圧倒的なものであった。


 破壊の槍(トリシューラ)の連突きを防ごうとするも、脳の指令が腕に到達している間にイラクリオスの心臓には槍の穂先が突き込まれていた。同時にイラクリオスの体が爆散するかのように塵となり、力を失ったイラクリオスは唖然とした表情のまま膝を突いた。


「フラヴィオスさま!」


 何かの機械の前に座っていた兵が叫び声を上げるが、立ち上がる前に首が飛んでいる。室内の十数人の兵を始末し、機械を破壊するのにアシンドラなら一秒もかからない。


 そのままアシンドラは、船内を破壊しながら真っ直ぐ突き抜けた。アシンドラが反対側まで突き抜けると、三番艦(ルアハ)はゆっくりと下降し始めた。動力をやられたか、イラクリオスがやられたせいか、すでに飛行不可能になっているようだ。


「おい、ニヌルタ、下に被害が出るから全部吹き飛ばせ」


 エツェルの指示に従う必要など欠片もないが、アシンドラは再び破壊の槍(トリシューラ)を構えると、天翔船に向けて最大規模の破壊の震動を放った。力場を失っている天翔船は、すでにこの震動波に耐えることもできず、一撃で端から消し飛んでいった。


「ふん、余が最強であることがわかったか」


 得意げなアシンドラに、エツェルは軽く鼻を鳴らしたが、特に文句は言わなかった。確かにアシンドラの攻撃力は頭抜けているのだ。


「お、おのれ……(ルアハ)が沈められるとは……」


 アヒメレクは地団駄を踏んで悔しがった。天翔船はエルの最大の戦力だ。星を渡る力を持つ貴重な船である。旧い神がいなくなったいま、天翔船を三隻も揃えているのはエルだけである。そのうちの一隻がこうも簡単に沈められるとは、アヒメレクにも予想外の事態であった。


 しかも、最大の一撃である船首砲口の斉射を食らった神の門(バーブ・イル)が、びくともしていないのだ。イシュタルが都市の防衛機構に神力を注いでいるのは知っていたが、その結界は予想以上に強固なようだ。


「こうなれば手数で勝負だ。全砲門開け。あの三神に砲撃を集中せよ」


 アヒメレクの激昂した声が、静寂に包まれた艦内に響き渡った。

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