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紅星伝  作者: 島津恭介
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第十八章 円卓会議 -10-

 会議は進展せぬまま一週間が過ぎた。


 アルシャクの一派が再びアヒメレクを暗殺に来る危険性もあるので、アナスは毎日アヒメレクの宿舎の護衛までしている。正直、あんな糞爺を護るのは気が進まないが、あれを殺された後にフィロパトルに戻って来られると、勝敗が決してしまうのだ。


 アヒメレクは、まだ情勢が見えていない。もうエルが王となる道は塞がれている。彼に味方する大神(アフラ)はいないのだ。それなのに、徒に会議を引き伸ばしている。護衛についていた二人の帝国騎士は、エルの息子である曙の神シャヘルの顕現(アワタール)であるフラヴィオス・イラクリオスと、黄昏の神シャレムの顕現(アワタール)であるペトルス・サッパディウスであったが、フラヴィオス・イラクリオスはいつの間にか宿舎から姿を消していた。ただでさえ命を狙われているのに護衛がいなくなるとかどういうことだとアナスは愚痴ったが、代わりの騎士が警護にはついたようなので許すことにする。


 そもそも、消えたフラヴィオス・イラクリオスは、帝都を護る近衛軍団の指揮官である。皇帝を放置して此処に来ているのもどうかと思うが、アヒメレクはそんなことは気にしない。彼にとっては、皇帝などお飾りである。人間を支配するための道具に過ぎない。


 新たに護衛に加わったのは、グナエウス・コルプロと言う男であった。帝国最強の軍団を率いる将軍だと言う話で、水の神ヤム・ナハルの顕現(アワタール)である。サッパディウスとコルプロが目を光らせているので、アヒメレクの身も安全だと思いたいが、甦った暗殺者メノンの神出鬼没さは並みではなく、目を離すわけにもいかなかった。


 それにしても、アヒメレクはミズラヒ人の神官であるのに、宿舎にいるのはほとんどがフルム人であった。フルム人の元々の神はデイオスであったらしいが、いまはミズラヒの神エルの信仰に変わってしまっている。そう言う姑息な策略は得意なのだろう。だが、付き合いの長い大神(アフラ)たちにはその性格はとうにバレているので、騙されてくれる者もいない。


 現状何も手を打たなければ、アヒメレクが神々の王(ベル)になる道は完全に閉ざされるはずであった。それを理解していたアヒメレクは、ついに強行手段に撃って出ることにした。すなわち、力による王位奪取である。


 フラヴィオス・イラクリオスが姿を消して三日後。


 会議のために空中庭園に集まった大神(アフラ)たちは、定刻になっても空席のままになっているアヒメレクの席に訝しげな視線を向けていた。


 会議を欠席することは、大神(アフラ)の資格の喪失を意味する。あの執念深いアヒメレクが、自ら資格を放棄することなど有り得ない。


「面白くなってきそうだな」


 足を投げ出したまま、エツェルが閉じていた目を開いた。


「あのエルが会議に現れない。つまり、言葉で王になることは諦めたのだ。後は、武力に訴えるしかあるまい」

「エル単独で我ら全てと戦うつもりだと言うのか?」


 自信家のアルシャクは舐められたと思ったか、不機嫌そうにエツェルを睨めつけた。


「うむ……どうやらそのようじゃな。妾の目が、神の門(バーブ・イル)に空から接近する巨大な物体を三つ捉えた。これは……天翔船じゃ」


 ニルーファルはぺろりと舌で唇を舐めた。エツェルと同様、面白くなってきたと感じたのであろう。エルの抱える古代技術の粋を凝らした兵器の数々を拝めると思ったのかもしれない。


「エルの叛意は明らかのようじゃが、どうするのじゃ。彼奴の出方を待つのかえ」

「いや、会議を欠席した時点でエルは大神(アフラ)の資格を喪った。必然的に不戦の盟約の対象外となる」


 黙っていたナーヒードも、意を決して立ち上がった。


「まずはこれを討滅せねばならぬ。アミュティスよ、一時的に会議を凍結せよ。エルの天翔船は人間では太刀打ちできぬ。神々で迎撃するしかあるまい」


 ナーヒードの言葉に、アミュティスも頷いた。彼女は裁定の杖を掲げると、この一件の処理が終わるまで会議を中断することを宣言する。


 戦闘モードに切り替わった神々は、まずはエツェルが立ち上がった。


「とりあえず、一隻はおれが引き受けるわ。先陣は行かせてもらうぜ」


 それに対抗するように、アシンドラも立ち上がる。


「面白い。退屈していたところだ。余か一隻片付けてやろう」


 破壊の槍(トリシューラ)を取り出すと、アシンドラはエツェルに続いて空に飛び上がっていく。


「アルダヴァーン、もう一隻お前が相手してやれ。あの脳筋たちに負けるなよ」

「承知」


 アルシャクに命じられ、スーレーン侯爵はフワル・クシャエータとしての神威を明らかにする。太陽神(ミフル)に匹敵すると言われる強大な力の奔流に、円卓に集う神々も眩しそうに目を細めた。


「妾は都市防衛機構に力を注ぐわえ。天翔船以外にも地上軍が展開しているようじゃから、ジャハンギールはちょっと行って蹴散らして参れ」


 ニルーファルがミーディール王に指示を出すと、王は素直に頷いて立ち去っていく。


「では、聖王国からも兵を出しましょう。アナスも親衛隊を率いてひと当たりして来なさい」


 張り合ってのことなのか、ナーヒードがアナスに出撃を命じる。それを見たアルシャクは、血が騒いだか自らも立ち上がった。


「ならば、うちもパルニ騎兵を出すかな。三国の精鋭騎馬隊が、帝国最強の軍団とどう戦うか興味深いと思わないか?」


 からからと笑いながらアルシャクが立ち去っていく。アナスも炎翼(パレ・アーテシュ)を広げると、城外の聖王国軍の駐屯地を目指した。宿舎に残っているロスタム、フーリ、ヒシャーム、シャタハートには念話ですでに移動の指示は出してあった。


(気を付けよ、アナス。会議を中断したと言うことは、不戦の盟約も中断したと言うことじゃぞ)

(え? 会議の開催中と前後一ヶ月の期間は不戦なんでしょう?)

(そうじゃ。開催中はな。今は開催を中断したから、盟約も中断しとる)


 ファルザームの言葉にアナスは大きくため息を吐いた。後ろから撃たれることを警戒しなければならないとは、難易度の高いことを言ってくれる。フルム帝国最強の軍団と、イルシュ部族の天雷部隊と、パルタヴァ最精鋭のパルニ騎兵が相手なのだ。一瞬の油断が部隊を全滅に導きかねない。


(仕掛けられたら遠慮するな。倒して構わぬぞ)


 気楽に言ってくれる。やるのはアナスなのだ。


 駐屯地に着陸すると、すでに連絡を受けていたシャガードが、出撃の準備を整えていた。僅かな時間しかなかったはずなのに、この即応の態勢は称賛に値する。常に臨戦態勢で臨んでいたのであろう。


 自分の馬を引き出し、シャガードに指示を出している間にロスタムたちも辿り着いた。アナスは千五百騎の親衛隊の五百をロスタムに、五百をシャガードに、二百をヒシャームに、二百をシャタハートに預け、自分とフーリの下に最精鋭の百騎を置いた。


(帝国の兵力は一万二千ほど。二軍団はいるようです)


 ヒルカからの報告が入る。コルプロの第三軍団(ガリッカ)と、サッパディウスの第四軍団(スキュティカ)のようだ。恐らく天翔船で輸送してきたのであろう。そうでなければ、シャームに配置されていた軍をこの短期間で移動できるはずがない。


「見ろ、ジャハンギールが動くぞ」


 ヒシャームが指差す。


 アナスははっと顔を上げた。


 真っ先に出撃したのは、ミーディール王国の国王直属軍、イルシュ部族の天雷部隊であった。


 その出撃の疾さは流石の練度と言える。アナスは、かつての自分の部族の出撃を、複雑な思いで見つめた。

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