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紅星伝  作者: 島津恭介
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第十八章 円卓会議 -6-

 夜のうちに、闇の書記官(ディビーレ・タール)が三人殺されていた。裏社会の手練れを集めた闇の書記官(ディビーレ・タール)が、一度にこれだけ始末された記憶はない。


 エルギーザは静かな怒りを湛えて街中に消えた。


 始末されたのは、フィロパトルを張っていた部下ばかりである。ファルザームの言うイスデスの仕業だと推測された。


 ファルザームも鳥に姿を変え、上空に舞い上がっていく。


 アナスは神速(ホダー・トンド)を発動させると、時の止まったかのような世界に入り込んだ。だが、その瞬間、イシュタルの目が自分に向けられたことに、アナスは気付く。神の門(バーブ・イル)の上空には、イシュタルの設置した神の目(チェシュメ・ホダー)が置かれている。その目が、ぎろりとアナスを睨んだのだ。


(神力に反応して監視しているのね)


 イシュタルの反応速度はアナスより速い。あの神の目(チェシュメ・ホダー)を誤魔化すのは難しそうだ。だが、それならと、アナスはスラオシャの陽炎をアレンジして覚えた光の屈折魔術を利用して姿を隠した。蜃気楼のように分身を別の場所に湧かせて神の目(チェシュメ・ホダー)を欺く。


(不審そうではあるけれど、これは見通せないようね。イシュタルとの戦いでも使えるといいけれど)


 気配を絶ちつつ、フィロパトルの滞在する離れを探る。建物の入り口を護っているのは銀盾隊(アルギュラスピテス)の騎士が二人である。身に纏う気配から手練れの兵であることはわかるが、魔力を感じぬ普通の人間だ。接近したいところだが、これ以上近付いてネボの感覚を誤魔化せるか自信がない。


 悩みながら隣の茶屋(チャイハネ)にふと視線を移す。何気なく見た視界の中に、小太りの商人風の衣装を着たアラム人の男がいた。のんびりと茶を飲んでいるように見えるがなかなか隙がない。エルギーザの部下かもしれない。


 アナスは息を潜めたまま騎士に視線を戻し佇んでいたが、突然その目の前に赤黒い液体が飛び散った。はっとしたアナスが視線を移すと、先ほどのアラム人の首が転がってくる。どさりと、首のない死体が崩れる音が響いた。


(殺された!?  だがどうやって)


 殺人事件に驚いた人々が叫び声を上げ、騒動を聞き付けた衛兵がやって来る。アナスは離れたところから見ていたが、全くどうやって殺したかわからなかった。付近にそれらしい者がいた気配もない。


(イスデスの仕業に間違いないと思うけれど、聞いていた以上ね)


 ファルザームとエルギーザにヒルカの回廊(クーチェ)で状況を報告する。殺されたのは、エルギーザの部下で間違いなかった。


(イスデスは闇の魔術の使い手じゃ。力の隠蔽にも長けておる。そう簡単に尻尾は出すまい。それより、イスデスの目を誤魔化してそこにおれるなら、ネボにも見つかるまい。中に入れぬかの?)

(ファルザームさまも大概あたしに容赦ないわよね……)

(ほっほ、見ただけでスラオシャの神術を使いこなす者には当然じゃよ)


 ファルザームに促され、アナスは仕方なく離宮に近付いていく。見えないとは言え正面から入るのも何なので、アナスは両足に軽く巨人の力を込めて跳躍する。二階の露台から建物の中に侵入すると、そこはフィロパトルの寝室のようであった。すでに起床していると見えて、人影はない。


 圧倒的な神力の気配が隣の部屋から漏れて来る。フィロパトルで間違いないだろう。エルギーザの情報によると、いまフィロパトルを訪ねているのはミズラヒ人の祭司アヒメレク、つまりエルの顕現(アワタール)である。ネボにとっては祖父にあたる神であるが、仲はいいとも悪いとも言い難い。傲慢で独善的なエルと本当に仲がいい神など、ほとんどいないのが実情である。


 だが、創造神エルはその技術でもって様々な道具や生物を作り上げてきた。神力では他の大神(アフラ)に譲るようになっても、その技術は恐ろしい。


「正直なところ、祖父様に勝ち目はおありなんですか?」


 フィロパトルの声は妖艶でついうっとりと聞き惚れてしまいそうになる。男ならばこの声に逆らうのは難しいだろう。


「祖父様に味方しているには、ニヌルタだけでありましょう。それも心から味方しているわけではありますまい。ニルガルとイルカルラの支援を受けるシンに勝つのは難しいのではありませんか?」

「それよ」


 傲岸さが隠せないアヒメレクの声に、アナスは思わず反感を覚える。


「お互い、シンにだけは勝たせるわけにはいかぬはず。彼奴の最終的な目的は、人間に地上を任せることだ。神は地上から去るべきだと言うのがシンの主張。余りに危険な考えだと思わぬか?」

「確かにその主張に賛同する神も少ないでしょうね」


 フィロパトルは落ち着いた口調で返した。


「だから、シンも祖父様も神々の王(ベル)には相応しくないのではないですか? イシュタルがシャマシュを推しているのはご存知でしょう」

「だが、今のままでは誰も神々の王(ベル)にはなれぬぞ。五票を集めなければ、決着はつかぬ。シンと組めぬなら、わしと手を組むしかないのだ」

「だったら、祖父様がシャマシュを推せば決着は付きますのでは」

「いや、ニヌルタはシャマシュを推すことはないぞ。わしがシャマシュの支援に切り替えたら、彼奴はシンを支援して四対四になるだろう」


 確かに、ニヌルタはエルがすぐに神々の王(ベル)の座から降りる想定で味方しているようだ。太陽神(シャマシュ)が勝利しては、ニヌルタの目はほとんどなくなる。それは都合が悪いだろう。


「だから、一度そちらの三神がわしを支援すればいいのだ。わしが神々の王(ベル)になったらまずはシンを排除する。百年任期を勤めたら、神々の王(ベル)の座は次の者に渡そう。誰にするかはそちらの好きにするがいい」

「ほほっ、祖父様はニヌルタにも同じことを言っていたのではないですか?」


 フィロパトルの声に面白そうな響きが混ざる。


「ニヌルタなど頭の足りぬ愚か者よ。元々王の器ではないわ。餌をぶら下げれば幾らでも走る」

「あら、わたしも走狗と同様の扱いにされるおつもりですか」

「くく、そなたは別よ。わしの血を最も濃く継いでいるのはそなたであろう。マルドゥクのような愚か者とは違ってな。だからこそ、わしの技術をそなたに教えたのだ」


 確かに、ネボは幾度かエルの技術の伝授を受けている。まだ全ての伝授を受けたわけではないので、残りの技術も欲しいところではある。


「天翔船を持っているのはわしだけだぞ、ネボよ。譲ってやってもよいのだがな」

「ふふ……祖父様のそういうところは嫌いじゃないですよ。悪くない提案ですね」


 フィロパトルが何を考えているかはわからないが、この神は信義などより利で動くのは間違いないだろう。味方につけても危険な神である。


「いいでしょう。イシュタルとシャマシュに話を通しましょう。ですが、二人を説得するのは祖父様ご自身でどうぞ。わたしは会談を設定するだけですよ」

「それだけでは天翔船はやれんぞ。わしが二神を説得する援護もしてもらわんと。成功報酬だ」

「おやおや油断がなりませんね。それでは会談を設定する報酬がない。祖父様はいまわたしの助けがなければイシュタルにもシャマシュにも会えない状況でしょう?」

「食えない奴だのう。では、霊薬(ネクトール)の秘法でどうだ。それが会談を設定する報酬で、天翔船は成功報酬としよう」

「いいでしょう。だから祖父様は好きですよ。話が早い」

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