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紅星伝  作者: 島津恭介
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第十七章 ヒステールの波濤 -8-

 フリジア人は、ザクセン人とサリー人に挟まれた地域の海岸線に暮らす人々だ。それほど大きな部族ではないので、大きな部族に従属していることが多い。そんな目立たない部族が、一人の族長の息子によって、一躍大陸の脚光を浴びた。それが、竜騎士シグルズ・クリングヴァルである。


 白銀の竜を従え、神槍グラムリジルを携えた無敵の騎士は、一個軍団の戦力にも匹敵する力を持っていた。


 今回彼はブルグンド王国の宮廷に招かれて滞在していたのだが、そのときにバシアヌスの救援要請を聞き、獣の民(ノヨンオール)との戦いに興味を示したのである。


 初めはブルグンド王国軍と歩調を合わせていたが、歩兵の移動の余りの遅さに苛立ち、先行したのである。そして、彼は敵陣から漂ってくる強者の気配に血を沸き立たせていた。


獣の民(ノヨンオール)は王のエツェルだけの国かと思いきや……楽しそうな連中が揃ってるねえ」


 望楼のバシアヌスに白銀竜を寄せてくると、クリングヴァルは軽く挨拶を入れた。


「帝国の軍団長レガトゥス・レギオニスかい? ぼくにいまやってほしいことはあるかな」

「どうも……第七軍団(パテルナ)のアウルス・コルネリウス・バシアヌスだ。やってほしいことは二つ、敵の本陣、ブレーデリンの居場所を突き止めることと、東のウルディンの猛攻の撃退をお願いしたい」


 ウルディンの攻撃も、ちょうど押し返したところである。クリングヴァルがいれば、痛撃を与えることもできるだろう。そうバシアヌスは思ったが、竜騎士は面白そうな笑みを浮かべて口を開いた。


「ウルディンって言うのか。強い加護の力を感じるよ」


 神槍グラムリジルを掲げると、クリングヴァルは白銀の竜を前に進め、城壁の外に展開するウルディンの部隊へと向かう。城を攻めていた部隊が後ろに下がり、騎馬の精鋭が全面に出てきた。獣の民(ノヨンオール)の戦士たちは弓を手に取ると、一斉に雨のように矢を注いだ。


 だが、強弓をもってしても、白銀の竜の鱗を貫通することはできなかった。竜は不快そうに唸ると、口を開けて冷気の吐息を噴き出した。


 冷気を受けた兵士たちは、たちまち凍りついて氷像と化す。クリングヴァルが槍を振るうと、氷像はきらきらと輝く破片と変わり、砕け散った。


「雑魚に用はないよ。ウルディンとやらを出すんたね」


 白銀竜が吐息を撒き散らす。瞬く間に戦場が氷の平原と化し、凍てついた騎馬像があちこちに屹立した。


「竜族は王とともに滅んだかと思っていたが、生き残りもいたのだな」


 部下では手に負えないと見たか、騎馬の列が割れ、強者の雰囲気を纏った戦士が一騎、進み出てきた。並の馬より一回りは大きい葦毛に跨がり、巨大な斧槍を肩に担いでいる。


「わしがツァラーム部族を率いるウルディンだ。異民族の神の力など、戦いの神ニルガルを奉じるわしには通じぬぞ」


 ウルディンが進み出ると、獣の民(ノヨンオール)の兵士たちの間から歓呼の声が上がる。獣の民(ノヨンオール)でも有力な部族であるツァラームの族長であるウルディンは、戦争神(ニルガル)から多大な加護を受けていた。その力を知る部族の兵は、ウルディンの勝利を信じて疑わない。


「リントブルム!」


 クリングヴァルが叫ぶと、白銀の竜リントブルムが、氷結の息を吐き出した。ウルディンは慌てず、担いだ斧槍を一閃する。冷気が切り裂かれ、ウルディンを避けるように左右に分かれる。


「おい、小僧。漢ならもっとこうガツンと来ぬか」


 くいくいとウルディンが手招きをする。クリングヴァルの端整な顔が歪んだ。莫迦にされて黙って見逃せるほど、竜騎士はまだ齢を重ねていなかった。


 神槍グラムリジルが雷を発し、槍身に衝角を纏った。白銀の竜が咆哮を発し、翼を広げて舞い上がる。


「その言葉、後悔するよ!」


 どんと音を置き去りにして竜騎士が突進した。超音速の突撃を、しかしウルディンは斧槍の一撃で食い止めようとする。だが、さすがに武器の強度が持たなかった。みしりと軋んだ瞬間、斧槍が木っ端微塵に砕け散る。


 受け止めきれぬ雷の衝角が、ウルディンの甲冑を貫かんとした。だが、ウルディンが喝と眼を見開くと、展開された障壁が竜騎士の一撃を弾き返す。激しく稲妻が飛び散る中、ウルディンはクリングヴァルの雷槍を耐えきった。


「なかなかの一撃だな、小僧!」


 さしもの猛将ウルディンも、砕け散った斧槍を見て竜騎士の実力を認める。あの攻撃を何度も防ぐことは、流石に自分では無理そうだ。あれは、ゲルム民族の神の力が込められた武器である。対抗できる将は、獣の民(ノヨンオール)でも、二人しかいない。


「ウルディンに任せていれば問題ないと思っていたのだがね」


 ウルディンに随伴する騎士の一人が、泰然自若とした雰囲気のまま進み出てきた。それなりの駿馬に跨がってはいるものの、甲冑も武器も平凡なものである。クリングヴァルは竜の息吹で蹴散らそうとして、急に体が硬直した。予想外の圧迫に、虚を突かれたのである。


「フリジアの族長の息子、ブルグンドの王女の色香に迷って立たなくていい戦場に来たか」


 騎士は佩いた剣を抜かず、ただ右手を掲げる。すると、その掌に別の剣がいつのまにか握られていた。冥界の女王(イルカルラ)の剣、獣の民(ノヨンオール)の王の剣である。


「まさか……あんたがブレーデリンかい」


 明らかに神気を纏う剣を見て、クリングヴァルは喘ぐように言った。


 ブレーデリンは、若き竜騎士に向け、返答変わりに軽く冥界の女王(イルカルラ)の剣を振るう。


 剣から発した衝撃波が、宙を舞う竜騎士に襲い掛かった。クリングヴァルは、神槍から雷を展開して結界を築く。


「アウルス! 敵将ブレーデリンは此処だ!」


 竜騎士は稲妻を撒き散らしながら叫んだ。雷鳴が轟く中、それは不思議と城中まで届いた。それも、クリングヴァルの持つ力の一つであるようであった。そして、それはバシアヌスが待ち望んでいた情報のはずであった。


 アウルス・コルネリウス・バシアヌスは、ティトリアの騎馬隊を率いて撃って出た。前線のウルディン軍は、白銀の竜の息吹によって氷の彫像に変えられている。クリングヴァルを支援して、ブレーデリンを討ち取る機会は現在しかなかった。


 ティトリアはブレーデリンとウルディンの怪物染みた強さを見て、バシアヌスの出撃は思い留まらせようとした。だが、バシアヌスの決意は固く、翻意は出来なかった。どのみち此処で討てねば、負けは目に見えているのである。そして、バシアヌスには、まだ奥の手も残されていた。


 八百騎ばかりの騎馬隊が疾駆する。フルム帝国の騎馬隊は、遊牧民の傭兵が多い。バシアヌスの第七軍団(パテルナ)の騎馬隊は、ウラルトゥ人の傭兵である。先の獣の民(ノヨンオール)のウラルトゥ侵攻に対する怒りもあり、戦意も高く彼らは戦場に辿り着いた。


 ウルディンは、その騎馬隊には早くから気がついていた。主君の戦いの邪魔をする不埒者の排除に、彼は麾下の直属の部隊を動かして防ごうとした。五百騎ほどの獣の民(ノヨンオール)の一部隊がバシアヌスの前に立ち塞がった。

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