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紅星伝  作者: 島津恭介
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第十七章 ヒステールの波濤 -6-

 ブレーデリンのユヴァウム奪取の手際は見事であった。囮に敵主力を引き付け、別動隊での拠点攻略など、綿密に計画せねばできぬことである。ゴート人との格の違いを見せつけるかのような勝利に、エツェルも称賛を惜しまなかった。


 バシアヌスは、カストロ・レギーナに退却したと言う。逃がしたのは残念だが、五千に満たぬ兵力では、何ほどのこともできまい。


 そのまま西進させて、ラエティア属州からヘルヴェティア属州を通り、ガリアへ至る手もある。が、山岳の多いその地域にさほど魅力を感じなかったエツェルは、カストロ・レギーナからアウグスタ・ヴィンデリコルムを通り、ブルグンド王国の都ヴォルムスガウを制圧する方針を固め、ブレーデリンに指示を出した。


 教皇派に協力するゲルム民族、すなわちブルグンド族、テルヴィンゲン族、サリー族などを掃討する腹積もりであった。


 更には、手が空いたゴート人には、南下してダルマティア属州を伺わせる。教皇領の本土に睨みを効かせるのだ。


 エツェルが侵攻計画を立てた時点で、バシアヌスは再びブレーデリンの標的にされることになった。


 正直、勝ち目は全くない。メディオラヌムがもう少し異民族の侵攻に対して本腰を入れてくれればもう少し戦えたかもしれないが、今更である。現状バシアヌスはカストロ・レギーナで孤立しており、付近に味方の軍団(レギオン)はいない。


 それでも、やるからには何とかしなければならない。バシアヌスがまず考えたのは、この近辺の住人であるパヴァリア人の部族に協力を求めることである。バシアヌスの部下であるヘルベルト・アラーベルガーの出身部族に、伝手を頼って助力の依頼をしようと言うのだ。


 パヴァリア人は、ケルト系とゲルム系の部族がこの近辺で融合してできた部族である。数百年前にフルム帝国に叛逆して討伐されて以降は、次第に帝国の臣民化してきていた。だが、帝国の箍が緩むとともに自立化を進め、ラエティア属州北部からノリクム属州へと移住を果たしていた。


 ヘルベルト・アラーベルガーの父ミヒャエル・アラーベルガーは、パヴァリア人でも大きな部族をまとめ、帝国の軍団(レギオン)がいなくなったアウグスタ・ヴィンデリコルムを支配していた。正式に帝国に認められたわけではないが、実効支配していると言う形である。彼の手勢は部族の兵を集めれば五千を数え、侮れない勢力となっている。


 バシアヌスが他に提携しようと考えたのは、ブルグンド人、サリー人、アレマン人、ザクセン人のゲルム民族の各部族の領袖たちである。このうち、ブルグンド人とサリー人は帝国との関係も良好であるが、ザクセン人はサリー人との国境の争いが頻発しており、アレマン人もサリー人とはあまり仲がよくない。


 だが、バシアヌスは帝国の力を背景にしようとは思わなかった。何しろ、教皇は何もしてくれないのだ。ヘルベルトの口利きでパヴァリア人の協力を取り付けたバシアヌスは、今度はパヴァリア人を背景にしてゲルム民族に声を掛けたのである。


 そのうち、ザクセン人はサリー人との確執がある上、ブリタンニア属州への侵攻も行っており、東に手を回す余力はなく、交渉にならなかった。サリー人もザクセン人との紛争を抱えている間は他に手を広げられず、はかばかしくない。アレマン人はサリー人に敗北した後で、森の中に押し戻されてしまっており、こちらも余力がなかった。


 唯一、ブルグンド人は要請に応えてくれ、援軍の派遣を約束してくれた。


 ブルグンドの王グンダハルは、王都ヴォルムスガウにて一万の兵をハーゲン将軍に預け、カストロ・レギーナ救援に向かわせる。


 ブレーデリンは、ユヴァウムにてそれらの情報を手に入れると、カストロ・レギーナ攻略の戦略を練った。


 カストロ・レギーナの第七軍団(パテルナ)の兵力は約五千。アウグスタ・ヴィンデリコルムのミヒャエル・アラーベルガーのパヴァリア人の歩兵もほぼ五千。そして、ヴォルムスガウから向かってくるハーゲン率いるブルグンド人の軍団が一万。全て足しても、二万人がいいところだろう。


 五万を数えるブレーデリンの兵力には、到底及ばない。ブレーデリンは、ルモ・ジナフュルのアラニ騎兵二万騎にアウグスタ・ヴィンデリコルムに向けて進撃させ、自らは獣の民(ノヨンオール)二万騎とロクソラニ騎兵一万騎を従えてカストロ・レギーナに向かった。騎馬で行けば、その気になれば一日の行程であるが、ブレーデリンは急がない。ユヴァウムから北の支道を抜け、パッサウで北西への主道に合流し、ゆるゆるとカストロ・レギーナを目指した。


 一方、バシアヌスは苦しい立場である。援軍のうち、アウグスタ・ヴィンデリコルムのパヴァリア人は、ルモ・ジナフュルのアラニ騎兵が向かっており、動かせない。ブルグンド王国軍は向かって来ているが、到着には二週間は掛かるはずだ。それまでは、五千で三万を相手にしなければならない。


 こう言うときに相談したいクィントゥス・ティトリス・パウルスは、ユヴァウム落城の折りに討ち死にしていた。


 アラニ騎兵の奇襲を受け、住民を避難させようと体を張って突撃を食い止めているうちに、力尽きて討ち取られていた。


 パウルスの麾下の大隊もかなりの損耗を受けており、如何にユヴァウムで彼らが退かずに戦ったがよくわかる。


「爺さんの仇敵を討たなきゃな」


 洒落男のジュリオ・カヴァリエーリが、ひどく真面目な顔でそう呟いたので、ティトリアは口を開けずに頷くだけで済んだ。何かを喋ろうとしたら、涙声になりそうで嫌だったのである。


「うちの親父がもう少ししっかりしていれば、みんなに楽してもらえたんだがな」


 ヘルベルト・アラーベルガーが、パヴァリア人を纏める父親の不甲斐なさを嘆いた。五千ではなく、五万を率いていれば、アラニ族にアウグスタ・ヴィンデリコルムを包囲されることもなかっただろうに。


「いずれにせよ、今度こそはブレーデリンの首級を挙げてくれよ」


 珍しく、シメオン・メルクーリが口を開いている。彼が滅多に喋らないのは、教皇派はあまりヘレーン人を好まないためである。ヘレーン人の地元は皇帝派の中枢に重なるため、あながち間違いでもない。彼のフルム語は、ヘレーン人のイントネーションが強く出ているから丸わかりである。


「そこは自分が挙げてやる、でいいんじゃないの」


 サリー族の支援がないことで肩身が狭いランベール・シャリエであったが、ヘルベルトと違って自分はサリー族の御曹司と言うわけでもない。ただのはぐれ者だ。いまのサリー族は、アレマン族が入り込んだ土地を制圧しに掛かっているから、二面作戦は採ってくれないだろう。


 サリー族の王メロヴィウスは、ガリアに唯一残る軍団長レガトゥス・レギオヌスルキウス・アエティウス・サビヌスとは仲がいい。だが、残念なことに、サビヌスはバシアヌスとは上手くいってない。サビヌスはテルヴィンゲン族やサリー族を味方に付けて、ガリアを表向きはフルム帝国の領土であるように見せ掛けている。バシアヌスはそんな小手先のやり方が気に入らないため、サビヌスの批判をよく口にしていた。今更、彼がバシアヌスを救援しようとは思うまい。彼に近いテルヴィンゲン族やサリー族の支援も望みは薄い。


 しかし、五千と三万であった。しかも、大地を轟かせる騎馬軍団が相手である。野戦では勝ち目がなく、バシアヌスは籠城を選択するしかなかった。


 ユヴァウムでブレーデリンの智謀に遅れを取った借りが返せるのか。帝国の北の狼の名に懸けて、バシアヌスは復讐戦に挑もうとしていた。

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