表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅星伝  作者: 島津恭介
174/199

第十六章 ディーヴァの脅威 -8-

 カールティケーヤは、復活したスラオシャを見て驚きを隠せないようであった。無理もない。破壊の槍(トリシューラ)の破壊の権能は最上位の格を持つ。並みの神では回復不可能な損傷だ。それを回復したと言うことは、ザリチュの回復の格もまた最上位の格があると言うことだ。大神(アフラ)に匹敵する力である。


女悪魔(パリカー)上がりの亜神(ヤザタ)の力ではないぞ。どういうことだ」


 警戒を強めたカールティケーヤは、破壊の槍(トリシューラ)を構えたまま攻撃してこない。その間に、スラオシャがアナスとザリチュに速度上昇の支援を与える。


「気休めだけれど、ないよりましかしら」


 スラオシャは謙遜したが、アナスは神速(ホダー・トンド)を超える効果に喜色を示した。これなら、ハラフワティーに迫る速度は出せるだろう。それでもまだカールティケーヤの速度には及ばないが、目で追うことくらいはできそうだ。


「勘頼りの防御よりはいいわ。ありがとう」


 その間に、ザリチュは周囲に充満するカールティケーヤの神気を吸収し始める。大神(ディーヴァ)の圧迫するような空気が、次第に薄らぐのがわかった。アナスは額の汗を拭い、神焔を纏った双剣を構える。これなら、まだ戦いになるはずだ。第二ラウンド開始である。


 カールティケーヤが前進してくる。今まで見えなかった動きが、何とか捉えられる。足を薙ぎに来る横撃を上昇してかわし、頭上から左右の連撃を放つがあっさりとかわされる。だが、その回避先にスラオシャが光弾を連続して撃ち込み、牽制を掛ける。


 カールティケーヤは全ての光弾を破壊の槍(トリシューラ)で捌ききるが、その隙にアナスが攻勢に撃って出る。


 手練の五連突きを繰り出すが、カールティケーヤは悉くを回避する。動きは剣の素人に見えるが、圧倒的な速度でアナスの剣をかすらせない。だが、先程より速度が上がったアナスに、カールティケーヤも余裕は見せられない。全力で回避したところにスラオシャの光弾が叩き込まれ、苛立ちを隠せなかった。


 カールティケーヤが張り巡らせていた神気の領域も、ザリチュに吸われることで大分縮小してしまっている。攻撃の察知能力も落ちたカールティケーヤには、攻撃に撃って出る余力がない。スラオシャとアナスの連携に完全に守勢に回ってしまっている。


 だが、カールティケーヤに焦りは見られなかった。大神(ディーヴァ)はスラオシャの光弾をかわしながら距離を取ると、破壊の槍(トリシューラ)である方角を指し示した。


「余に集中していていいのか? 風天(ヴァーユ)を放置していれば、下の人間どもは壊滅であろう」


 カールティケーヤの指摘は正しかった。ザリチュをこちらに回したせいで、キアナは散逸した麾下の部隊を取り纏める時間を得ていた。


 バダフシャン侯とティルミド侯の部隊は、まだあちこちに散らばったまま、集結し切れていない。蹴散らすには、絶好の機会であった。


 キアナの指揮を取り戻した赤き神鳥(ラーガ・ガルダ)たちは、一糸乱れぬ動きでヘテルの騎兵を蹂躙した。このまま進めば、先陣は確実にキアナが押し切るだろう。そうすれば、他の戦線のバランスが崩れ、ヘテル軍は撤退を余儀なくされることは必定だ。


「や、やばいみたいな?」


 動揺し易いザリチュがあわあわと慌て始める。


「アナスさん、すぱっとやっちゃって下さい」


 スラオシャが光弾を撃ち込みながら無責任なことを言う。そんな簡単にできたら苦労はしない。正面からぶつかる限り、力量は相手のが上だ。どうやって仕留めるのか、その道筋が全く見えない。


「できるか!」


 叫んでも状況は好転してくれない。仕方なくアナスは、手持ちのカードでカールティケーヤに通用するものがあるかを考え始める。


 正直、剣も神焔も、カールティケーヤの影を掠めることもできない。巨人の膂力も、当たらなければ生かしようがない。かと言って、油断をすればスラオシャの光弾を掻い潜って破壊の槍(トリシューラ)の一撃が飛んでくる。


 遠距離から飛んでくる槍だから、アナスは何とか目で追えた。これが至近距離での短剣などであったら、スラオシャの支援があっても対処は難しかったであろう。それでも回避するほどの余裕はなく、槍の穂先を神焔を纏った刃で弾き返すので精一杯である。


(速い……確かに速い。でも……)


 カールティケーヤの槍は、生きてはいない。


 矢継ぎ早に繰り出される槍を捌きながら、アナスはヒシャームやシャタハートに鍛えられた日々を思い出す。彼女の武の師匠たるヒシャームの槍は、速さこそカールティケーヤに劣るものの、その動きは生きていた。カールティケーヤの槍は、速度こそ並外れているが、単純で読みやすい。それはそうだろう。カールティケーヤの速度と破壊の槍(トリシューラ)があれば、槍の技倆など必要なかったのだ。神々でさえも、破壊の力の前ではひれ伏さざるを得なかったのだから。


 武術の技倆は、クベーラのが優れていた。あの洗練された攻撃を捌いた後なら、速いだけのカールティケーヤの槍に脅威を感じない。だが、攻撃を当てるとなると、また別問題だ。こと回避する能力に関しては、カールティケーヤは他の追随を許さない。まともにやっていれば、百年経っても命中しそうもなかった。


(仕方がないわね……ザリチュ、あんたの回復の力でごり押しするわよ)


 アナスは覚悟を決めた。無傷でこの場を切り抜けるのは難しい。早期に決着をつけるなら、捨て身で行く他に手段はなかった。


(大抵の傷なら癒せるけれど……生身で破壊の槍(トリシューラ)の一撃を受けたら塵も残らないみたいな?)


 ザリチュは不安そうに言った。だが、アナスは自信ありげに首を振った。


(そこは何とかするわ。とにかくザリチュは、あたしが攻撃を受けた後の回復をお願い)

(無茶苦茶だし! 丸投げみたいな!)


 ザリチュがまだ文句を呟いていたが、アナスはもう聞いていなかった。破壊の槍(トリシューラ)の動きに神経を集中させる。槍の軌跡は単調で、テンボを掴みやすかった。アナスはカールティケーヤの攻撃の先読みをすることで、回避と受けを混ぜながら捌いていく。


裁定神(ヴァルナ)め、やりおる。余の攻撃をこれほど防いだ者はほとんどおらぬ」

「……そうかしら。あたしには、ハラフワティーの剣の方が余程怖く感じられるんだけれど」


 小手先の攻撃ではなく、全力の一撃を誘うために挑発する。案の定、カールティケーヤはアナスの言葉に怒りを覚え、不愉快そうに唇を歪める。暴風神(シャルヴァ)の息子として、正統な神々の王(ベル)の継承者だと言う誇りがあるカールティケーヤにとって、光明神(ズィーダ)親子は目の上のたんこぶだ。自分よりもその三神が上だと言われることほど、彼の誇りを傷付けることはない。アナスは盛大に地雷を踏み、大神(ディーヴァ)は怒り狂った。


「小娘、よく言った! 骨も残さず、消し去ってくれるわ!」


 激昂するカールティケーヤが、破壊の槍(トリシューラ)を振りかぶる。大神(ディーヴァ)の膨大な神力が込められた神器は、大気を揺るがしアナスを威圧した。槍には破壊の力が溢れ、不気味な震動が平原に鳴り響いたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ