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紅星伝  作者: 島津恭介
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第十六章 ディーヴァの脅威 -6-

 ヴァーユはインシュシナクのような土着の自然神であり、歴史はかなり旧い。風を武器とする武神であるが、暴風神(シャルヴァ)雷霆神(シャクラ)のような大神(ディーヴァ)にはエネルギーの総量で圧倒され、到底敵わない。それゆえその下に付いて従属の道を歩む選択をしていたが、同じ従属の神が相手なら負けると思ったことはなかった。


 風と言うのは巨大なエネルギーな塊だ。ヴァーユがその気になれば、周囲に地形を変えてしまうような暴風を吹き荒れさせることもできる。神力の小さい神ならば、その自然の力の前では為す術はない。


 だが、この目の前の小娘には通用するかわからなかった。


 相変わらず、ザリチュの方からは仕掛けてこない。だが、迂闊にザリチュに接近するのは危険である。ザリチュに斬撃を叩き込もうと接近したヴァーユは、暴風の結界に弾き飛ばされ、更にいつのまにかごっそりと神力を奪われていた。どうやったかはわからないが、あの小娘はエネルギーを奪い、また放つことが出来る。離れていれぱ大丈夫のようだが、しかしこれでは攻撃を仕掛けることもできない。


 ザリチュが右手の人差し指を動かして挑発する。ヴァーユは逆に冷静になり、すっと目を細めた。ザリチュの権能は双子神のものに似ている。太古の混沌(ティアマト)に次ぐ旧き神である双子神に似た力が使えると言うのは、恐るべきことだ。たかが一介の亜神には過ぎた力である。想像していたよりも、かなり厄介な相手だ。


 だが、ヴァーユとて伊達に長く暴風神(シャルヴァ)の眷族を務めてきたわけではない。数多の敵と戦い、撃ち破ってきた経験がある。


 ザリチュがどの程度の規模までエネルギーを吸収できるのか、それを試してみるのもいい。権能が強くても所詮は亜神なのだ。その器は決して大きくはない。


 最大限の暴風を発生させてやろう。


 砂漠の巨大な熱風。


 雨がない分洋上の台風には及ばないものの、内包するエネルギーの規模は破格である。単純な風の刃や竜巻程度とは、使用する神力の桁も違う。


「まじで! 敵も味方も関係ないとか見境ないし!」


 急速に接近してくる巨大な熱風の渦に、ザリチュも狼狽の声を漏らした。眼下の軍兵も慌てて馬首を巡らし、凶風から逃げようとする。さすがに統率が乱れることはないが、戦闘どころではないようだ。


 ヴァーユは熱風とともに迫ってくる。風天には、風の影響はない模様だ。ザリチュは手を翳して風のエネルギーを吸収するが、一度に全てを吸い取ることはできない。


 その無防備な頸にヴァーユの剣が迫る。ザリチュは吸収を諦め風を放射して剣を防ぐが、そのまま熱風に巻き込まれて宙に放り出される。


「目が回るし!」


 ふらふらになるザリチュに、更にヴァーユの刃が追撃を掛けた。辛うじて一撃は撥ね返したが、二撃目を袈裟斬りで肩に受け、ザリチュは甲高い悲鳴を上げる。


 だが、その傷口は瞬時に癒えていた。ザリチュの本質は生命エネルギーを操ることにある。傷の回復はお手の物であった。


「いた、痛いし! よくもやったみたいな!」


 口調とは裏腹に、ザリチュにダメージは見られない。ヴァーユは敵側の意図をようやく掴んだ。この小娘は足止めであり、主攻は別にいるはずだ。


 熱風でザリチュを牽制しながら、ヴァーユはカールティケーヤの方に視線を向けた。


 大神(ディーヴァ)摩利支天(マリーチー)と戦っていた。前回の遭遇では摩利支天(マリーチー)に不覚を取ったカールティケーヤであったが、正面からぶつかれば神格の差が明らかになる。ヴァーユの見るところ、カールティケーヤの優勢は動かない。遠からず決着はつくはずであった。


 次にクベーラに視線を移したヴァーユは、そこで意外な光景に思わず目を見張った。


 クベーラはヴァーユの見るところ、高いレベルで纏まった武神である。特殊な権能があるわけではないが、九つの神器を駆使することで補っている。正面からぶつかれば、ヴァーユはクベーラに勝つ自信はない。


 そのクベーラが、黒焦げになって倒れ伏している。九つの神器もまた、燻りながらあちこちに転がっていた。


 その傍らに佇む少女は、摩利支天(マリーチー)が危地にいるのを見てとると、戦闘不能になったクベーラは放置し、カールティケーヤへと向かう。ヴァーユは微かに焦慮の色を浮かべるが、ザリチュは彼にぴったりと張り付いてくる。どうにも身動きが取れない状況であった。




 剣技で圧倒してくるクベーラを蒼き神焔で葬り去るには、アナスもかなりの危険を冒さざるを得なかった。搦め手で攻撃してくる九つの神器を神焔で迎撃し、これを全て破壊してようやく攻勢に出ることができたのだ。


 時間は掛かったが、何とかクベーラに神焔を叩き込み、無力化することには成功した。クベーラほどの神なら一撃で沈むことはないが、暫くは復活はできまい。そして、のんびりととどめを刺している時間はなかった。


 カールティケーヤと対峙していたスラオシャが、まさに討ち取られようとしていた。


 正直スラオシャを助ける義理はないが、カールティケーヤと戦うには彼女の力は必要だ。アナスは炎翼(パレ・アーテシュ)を広げて飛翔し、何とかカールティケーヤの槍の切っ先を僅かに逸らすことに成功する。


 破壊の槍(トリシューラ)はスラオシャの肩を抉ったが、何とか致命傷は免れたようだ。


大神(アフラ)は貴女が何とかするんじゃなかったの!」


 ハラフワティーを前にしたときと同じ底知れない重圧を感じながら、アナスは叫んだ。スラオシャは謹厳な表情のまま、謝罪する。


「申し訳ありません。思ったより、ニヌルタは槍の力を使いこなせるようです。あの槍は彼の父親のアッシュール以外は使いこなせぬものと思っていましたが」


 スラオシャはもう血の海に沈み、身動きも取れない。破壊の槍(トリシューラ)にやられた傷は簡単に回復しない。すぐの戦線復帰は難しい状況だ。


「ここは、貴女の裁定神(アンシャル)の力に期待させていただきますよ、アナス」

「勝手なことを!」


 アナスは神焔を纏った双剣を構え直す。全てを燃やし尽くす蒼き神焔の力は、カールティケーヤの破壊の槍(トリシューラ)にも負けはしないはずだ。だが、ハラフワティーにも優る韋駄天(スカンダ)の速度には、アナスが神速(ホダー・トンド)を発動しても勝てる気がしなかった。


裁定神(ヴァルナ)の加護を持つ人間とは珍しい」


 カールティケーヤはやや警戒した表情でアナスを見つめた。


「クベーラを退けて余の前に立つとは、武人としても大したものよ。太陽神(ミトラ)に与力などせず、余に力を貸す気はないか」

「別に太陽神(ミフル)のために戦っているわけじゃないわよ!」


 スラオシャが柳眉を逆立てるのを見ながら、アナスは啖呵を切る。


「あたしはアーラーンの守護者の娘。アーラーンに仇為す者と手を組むわけにはいかないわ!」

「ほう。しかし、余もアールヤーンを支配する大神(ディーヴァ)であるぞ。ともにアールヤーンの民を護るために手を取り合うことはできるのではないか」


 もともとミタン王国の支配層はアーラーン王国の支配層と同じ民族である。だから、カールティケーヤの言っていることは広義では正しい。だが、アナスはパールサ人として言っているのだ。カールティケーヤの言葉に騙されるわけにはいかなかった。

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