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紅星伝  作者: 島津恭介
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第十六章 ディーヴァの脅威 -5-

 ヴァーユとクベーラが足止めを食らっていた。


 カールティケーヤの計算では、摩利支天(マリーチー)日天(スーリヤ)をこの二神で止める予定であった。だが、訳のわからない連中がやって来て、カールティケーヤの計算を狂わせている。


 アスパヴァルマの騎馬隊が止められたのと同時に、アシンドラの本隊にも襲撃が掛けられていた。アフシュワルの千騎が、不可視の加護を使っての奇襲を試みてくる。予想はしていたが、いきなり馬蹄に掛けられては、如何に勇猛な騎馬隊と言えど混乱せざるを得ない。


 カールティケーヤは、前回の轍を踏む気はなかった。


 奇襲を掛けられると同時に高速移動で次々と位置を変える。スラオシャの不可視の羂索と言えど、本気になって移動する自分を捉えることは出来ない。部下の騎士ならば多少損害を受けようが、初撃を凌げば盛り返せるはずだ。


 アフシュワルの突撃に食い込まれた麾下の兵たちも、態勢を立て直しつつあった。一撃を凌げば、姿を見せた敵などそう怖くはない。突撃は敵将を討つために行うものだが、人の身に過ぎぬアフシュワルでは、自分を討つことは叶わない。だが、カールティケーヤが姿を消したため、スラオシャも現れる機会を見出だせないようだ。


「どうした摩利支天(マリーチー)。姿を見せねば、まずはアフシュワルの首から落としてくれようぞ」


 カールティケーヤがその気になれば、アフシュワルなど刹那で討ち取れる。スラオシャが反応しなければ、まずはアフシュワルを殺し、突撃してきた騎馬隊を殲滅してやるのも悪くない。


「悪趣味ですね、ニヌルタ」


 ゆらゆらと揺れるようにスラオシャの姿が現れた。ちらりと見たカールティケーヤは、それがただの虚像であることを見抜く。スラオシャとの対決に、視覚ほど当てにならないものはない。


「貴様だけか、摩利支天(マリーチー)日天(スーリヤ)も隠れているのか」

「ミーカールですか? 生憎彼女は主の仕事で忙しいんで、貴方の相手はわたくしだけですよ」

「ほう……」


 高速で飛び回りながら、微かにカールティケーヤが笑った。


「では、連れてきたのはあの出来損ないの亜神と人間だけか。それでは毘沙門天(ヴァイシュラーヴァナ)風天(ヴァーユ)は止められまい」

「そうですかね。神の助け(アズル・エル)神の火(セラフ・エル)として、主の御使いになる未来がわたくしには視えていますわ」


 自信ありげなスラオシャの態度に、カールティケーヤは舌打ちした。太陽神(ミフル)の下僕が大神(アフラ)に取っていい態度ではない。それを思い知らせてやらねばならぬ。


 高速で移動しながら、破壊の槍(トリシューラ)を振るう。いつもの振動波ではなく、槍の穂先でスラオシャの陽炎を貫く。当然手応えはない。だが、幻影を貫いた瞬間、カールティケーヤは槍のもう一つの力を解放する。


 玻璃が砕けたような音がした。


 幻影のスラオシャが消え去る。そして、少し離れた空間に別のスラオシャが出現する。常に無表情な彼女であるが、心なしか顔色が悪い。


「何をしたのです」


 スラオシャからは、余裕が消えていた。カールティケーヤは、満足そうな笑みを浮かべる。


「この陽炎の権能を破壊したのだ」


 槍が破壊できるのは、物質だけではない。神の権能と言えど、破壊することができる。無論、破壊した権能は何れ回復するであろうが、この戦いの間に回復しなければいいのだ。


「力業にも程がありますね」


 抑揚のない口調でスラオシャは言った。カールティケーヤは、それには答えず一気にスラオシャの許へ飛び込んだ。


 曙光の化身であるスラオシャも、神々の中では屈指の速度を持つ。かろうじて剣で破壊の槍(トリシューラ)を受け止めた。だが、カールティケーヤが神力を槍に伝えると、スラオシャの剣は粉々に砕け散った。神器であろうと、破壊の槍(トリシューラ)の一撃を無傷で受け止めることはできない。


 逃れようとするスラオシャに、カールティケーヤはもう一撃槍を振るった。スラオシャを護っていた結界が、あっさりと砕かれる。真正面から戦えば、カールティケーヤはまさしく最強の神である。


「出鱈目な方です」


 スラオシャは背後に無数の光弾を生じさせると、雨のように弾幕を張った。この程度の弾幕では、カールティケーヤの影すら捕まえられぬ。だが、撃っている間は向こうも近付けまい。


 そう考えていたスラオシャであったが、すぐに甘い考えだと思い知らされる。無数の光弾の雨の中、カールティケーヤは破壊の槍(トリシューラ)を振り回し、全ての光弾を迎撃しながら進んできた。


 真っ直ぐの軌道が駄目なのかと、幾つかの光弾を曲げて、左右や後ろから攻撃してみる。が、破壊の槍(トリシューラ)を自在に振り回すカールティケーヤは、全方向に隙がない。最強の武神の名に恥じぬ強さに、スラオシャの氷の美貌にも苦しさが滲み出る。


 カールティケーヤが近付いてくる。弾幕の手を緩めるわけにもいかないが、このままではじり貧だ。


 破壊された剣の代わりに錫杖を取り出すと、弾幕の合間に錫杖から五色の光を生み出す。五色の光はカールティケーヤから少し離れたところを回転し、様子を伺う。だが、その間にも武神はスラオシャのすぐ近くまで接近して来ていた。


「終わりだぞ、摩利支天(マリーチー)!」


 破壊の槍(トリシューラ)が振るわれ、スラオシャの体が貫かれる。咄嗟に身を捻ったが、左腕で受け止めるのが精一杯だ。槍の神力が荒れ狂い、スラオシャの左腕が肘の先から塵となって消えていく。再度、カールティケーヤが突き込もうとした瞬間、スラオシャの足許から五色の羂索が飛び出てくる。だが、姿が隠れていない羂索などカールティケーヤには通じず、五本とも瞬時に破壊の槍(トリシューラ)の餌食となる。カールティケーヤが勝利を確信した瞬間、今度は背後から先ほどの錫杖から出た五色の光が縄のようにカールティケーヤを束縛せんと襲い掛かってきた。


 虚を突いた連携であったが、カールティケーヤには隙がなく、ほぼ同時に五色の光が破壊される。その間もカールティケーヤはスラオシャから目を離さない。油断なく見張られたスラオシャは、それでも右手の錫杖をカールティケーヤに突き付けた。


「もはや手立てはあるまい。観念するのだな、摩利支天(マリーチー)

「勝ち誇るには早いですよ、ニヌルタ!」


 スラオシャは錫杖の先から強烈な光を発した。光弾のような攻撃手段ではなく、視覚を奪う目眩ましである。カールティケーヤも思わず眩しさに目が眩み、目蓋を閉じる。そこに、スラオシャの錫杖が突き込まれた。


 スラオシャの錫杖は、吸い込まれるようにカールティケーヤの心臓目掛けて突き進んだ。だが、神力を周囲に張り巡らしたカールティケーヤは、視覚がなくともスラオシャの動きは把握できていた。


 刹那の瞬間、錫杖が微塵に変わり、槍がスラオシャの右手を吹き飛ばした。両手を喪ったスラオシャは、再生を図ろうとするが、傷口は全く再生しようとしない。


破壊の槍(トリシューラ)の一撃は、貴様の再生の力をも破壊する。暫くは再生はできぬぞ!」


 眼前に迫ったカールティケーヤが、狙い済ました破壊の槍(トリシューラ)の一撃をスラオシャに向けて放った。

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