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紅星伝  作者: 島津恭介
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第十六章 ディーヴァの脅威 -4-

 バダフシャン侯ミリンダと、ティルミド侯アサンガの部隊は、苦戦はしていたが健闘していた。どちらも新しい指揮官での初陣である。兵は歴戦の月の民(マーハ)であるが、戦いは指揮官でかなりの部分は決まってしまうものだ。


 だが、敵の指揮官のキアナが、ザリチュによって足止めをされているのが幸運であった。しかも、キアナの最精鋭部隊である第一大隊は、アナスの設置した爆炎(インフィガール)の罠によって戦線を離脱している。だから、何とか戦線を維持できていると言えた。


 しかし、それも長く続くとは思えない。


 キアナの部隊が襲撃を受けているのを見て、中軍のアスパヴァルマの部隊が前進してきている。


 それを迎え撃ったのは、シェンギラの弓騎兵部隊とスフェイラの重装槍騎兵部隊である。


 加速する前のアスパヴァルマ隊にシェンギラの騎兵が駆け寄り、矢を射ては駆け去っていく。アスパヴァルマがそれに対応しようとしたところに、スフェイラの重装槍騎兵が突っ込んだ。


 スフェイラは捉えた、と思った。アスパヴァルマの騎馬隊は初動をシェンギラに妨害され、速度が乗っていない。騎馬隊は、速度が疾い方が圧倒的に有利なのだ。これなら、横腹に食い付き、食い破ることが出来る。


 だが、目の前にいた目標は、いきなり恐ろしい速度で疾駆に移った。重装備のスフェイラの部隊はあっさりと振り切られ、逆に回り込まれる。


「何だ、この疾さは!」


 韋駄天(スカンダ)の騎兵部隊の疾さは、アス人から見ても異常である。このときアスパヴァルマは、アシンドラに千騎を残し、自らは七百騎を率いて動いていた。前回の奇襲で負傷した兵もいたので、二千騎を少し割り込んでいる。


 だが、その七百騎に、シェンギラとスフェイラは翻弄された。縦横に駆け回るアスパヴァルマにまるで追い付けず、一方的にやられたのである。


「くそ、どうなってるんだ」


 歯噛みするスフェイラに、横にいた一騎の女騎士が答えた。


「あれの足止めはあたしがやるわ。馬の脚が止まったら、一気に叩くのよ」


 スフェイラは、冑の中で微妙な表情を作った。ミヒラクラの重装槍騎兵の一員として、彼はマラカンドにも参戦していた。そこで、この少女には手痛い目に合わされている。力のほどはよく知っているため、異論は挟まない。だが、何故自分がこの少女と共闘しているのか、そんな疑問を抑え切れないのだ。


 アナスは、スフェイラの葛藤など無視して馬首を翻した。アスパヴァルマの騎馬隊の速度は、予想以上に素早い。今から馬を飛ばしても、横腹に食い付かれるのが先になる。ならば、それより速く動けばいいだけだ。


 アナスは宙に飛び上がると、巨大な火の鳥(シムルグ)に姿を変えた。鳥の速度なら、馬より疾い。ひと飛びでアスパヴァルマの騎馬隊の前に回り込んだアナスは、そのまま翼から生じる炎を大地に四方に走らせた。


「小癪な」


 アスパヴァルマは、神性を帯びると手にした剣で自分に向かってくる炎を真っ二つに斬り裂いた。火の鳥(シムルグ)の炎はアナスの使う炎の中でもかなり高温で威力が高い。それが割りと簡単に防がれたのは、正直アナスにはショックである。


 だが、四方に走る炎を警戒し、騎馬隊の脚は止まった。とりあえずの任務は果たせたと言えよう。


「貴方がバアル・シャミン……毘沙門天(ヴァイシュラーヴァナ)クベーラかしら」


 火の鳥(シムルグ)から、アナスは人間の姿に戻る。たた、炎の翼(パレ・アーテシュ)だけは広げたままである。


 蒼穹を疾走し、アナスは一気にクベーラに接近した。神速(ホダー・トンド)を発動し、一気にクベーラに斬りかかる。クベーラはアナスの斬り込みを剣で受け止めると、少し驚いた表情を見せた。


「それがしをクベーラと承知で挑みに来るとは、なかなか怖れを知らぬ娘よ。しかも、この剣速は人のものとは思えぬ」

「受け止めておいて驚かれてもね!」


 二、三合斬り結んだ感覚で言えば、クベーラはハラフワティーほどの速度は持っていない。アナスの神速(ホダー・トンド)とほぼ同じくらいの速度だ。だが、正統派の剣の技倆が達人級であり、その剣捌きを崩すのは容易なことではなかった。


「その炎の翼に神に匹敵する剣速、そなたは赤い魔女(ラーガ・ダーキニー)だな。ケーシャヴァの遠征軍の生き残りの報告にあった。だが、そなたはアーラーンのナーヒードの手の者なのではないか」


 アナスの斬撃を、クベーラは余裕を持って受け流している。剣の技倆では、残念ながらクベーラの方が上だ。アナスにシャタハート並みの剣技があればまた違ったであろうが、神速(ホダー・トンド)を覚えてからのアナスは、剣技を磨くことにあまり重きを置いて来なかった。速度だけでは勝てない相手との戦いを考えるなら、剣の技倆も上げておくべきだったとアナスは臍を噛む。


「つまり、光明神(ヴァイローチャナ)太陽神(ミトラ)が手を組んだと言うわけか」


 アナスの剣を軽やかに捌きながら、クベーラは看破した。それは、カールティケーヤの陣営にとっては、見逃せない情報である。ただでさえエルとカールティケーヤには味方が少ない。残り六柱の大神(アフラ)全てに手を組まれては、どんなに力を付けても勝ち目はなくなってしまう。


「これは、遊んではいられぬ。娘御には悪いが、始末を付けさせてもらうぞ」


 クベーラの動きが防御から攻撃に移行する。ハラフワティーの踊るような剣技ではなく、あくまで正統派の型に填まったような剣である。意外性はないが、隙もない。アナスも予測はしやすいが、反撃に移れるほど優しい攻めではなかった。


 しかし、いつまでも付き合ってはいられない。アナスもまた、新たに得た力を解放し、勝負を決めようと目論んだ。


 クベーラの斬撃が、アナスの斬撃によって大きく弾かれた。いきなりアナスの力が増大したことに、クベーラは目を丸くする。膂力でアナスがクベーラを上回るとは、とても思えない。だが、いまの一撃は完全にクベーラよりも単純な膂力で上回っていたとしか思えなかった。


「覚悟することね……いまのあたしは、神々の中で最も膂力ある者かもしれないわよ」


 アナスが何らかの神性を帯びているのは間違いなかった。クベーラは、九つの神器の一つ、茉莉花(マリカー)の神鏡を取り出した。これは、映された者の力を解析するための神器である。その神器でアナスを映したクベーラは、思わず驚きの声を上げた。


「インシュシナクの太古の巨人の力か。道理で夜叉(ヤクシャ)の力を振るうそれがしの剣を弾けるわけだ」


 インシュシナクを倒すことによって、アナスはその膂力を限定的にではあるが手に入れていた。一日に一回、時間制限はあるが、巨人の神の出鱈目なパワーを解放できる。


 そのときに困るのは、アナスが振るう武器である。どんなに銘剣といえど、人の子の武器ではアナスの神速(ホダー・トンド)巨人の力(ルガルランナ)の同時発動に耐えられない。


 それを解消したのが、マルドゥクの封印から逃れた鍛冶神(ギビル)を倒したときに得た権能である。これは、武器に神性を帯びることで擬似的に神器と同等の力を得られる力であった。


 そのお陰で、アナスは双剣を思う存分振るうことかできた。いまやアナスの剣は炎を纏い、クベーラの剣を圧倒していた。


 アナスの剣が、クベーラの剣を弾く。力に押されてクベーラの態勢が崩れる。好機と見たアナスが追撃を掛けようとしたそのとき、クベーラの足許から、九つの神器の一つ蓮華(パドマ)の宝縄が意志を持つ生物のように襲い掛かってきた。 

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