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紅星伝  作者: 島津恭介
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第十五章 破壊神の息子 -5-

 ナラシンハは獅子(シンハ)の力を持つ強力な神である。単なる獣の獅子(シンハ)ではない。獅子(シンハ)の神なのだ。


 その強大な権能を持つ神にして、カールティケーヤの破壊の槍(トリシューラ)の力には恐怖を感じざるを得なかった。あれは、竜神(アヒ)の破壊の咆哮と同種のものであろうか。


 しかし、恐怖を感じたからと言って、戦いから後込みするようなナラシンハではなかった。


 彼は神噐光の弓(サルンガ)を携えると、地を蹴って空中に飛び上がった。神力で宙に浮くと、黄金の髪を逆立ててカールティケーヤを睨み付けた。


大神(ディーヴァ)だからと言って、簡単に勝てると思うなよ、カールティケーヤ! 貴様は所詮シャルヴァの息子で、父親の威光にすがっているだけだ!」

「たかが土着の獣風情が、太古の混沌(アディティ)より生まれし正統なる系譜の余に大きな口を叩くものだ」


 ナラシンハが光の弓(サルンガ)を構えると、その右手には自動的に太陽の欠片が矢となって現れ、つがえられる。


 獅子神は土着神の王たる神であり、その権能は侮れるものではない。放たれた光の矢は、光速でカールティケーヤに向かった。


 カールティケーヤは、破壊の槍(トリシューラ)を振るうとその光の矢を叩き落とした。彼は神々の中でも最も疾き神である。水と豊穣の女神(サラスヴァティー)も疾いが、韋駄天(スカンダ)の神性を持つカールティケーヤにはかなわない。


 矢継ぎ早にナラシンハは光の矢を放った。蒼穹を切り裂く閃光。並みの神なら、体中を貫かれているであろう。だが、ナラシンハの矢は、カールティケーヤの影すら捉えることができなかった。


光の弓(サルンガ)の矢で当たらぬとは、疾すぎる……」


 ナラシンハの権能は幾つもあるが、最速の神に対抗するために用意したのが光の弓(サルンガ)であった。これで捉えられぬなら、もうナラシンハにはカールティケーヤに通用する攻撃手段がない。


「余は雷霆神(シャクラ)の稲妻も回避し得る神であるぞ。単純な力押しで捉えられると思うてか」


 無表情であったカールティケーヤが微笑を浮かべた。戦闘以外に興味のないカールティケーヤにとって、神との戦いは唯一心が躍る出来事である。


 空駆ける天馬に乗ったカールティケーヤが、ナラシンハに迫る。獅子神(ナラシンハ)は咄嗟に黄金の髪から光を発し、身を護る結界を強化した。金色に輝く結界に、カールティケーヤの破壊の槍(トリシューラ)が肉薄する。


 破壊の槍(トリシューラ)から発した振動波が、黄金の結界を砕き始めた。ナラシンハは全力で結界を強化するが、破壊の槍(トリシューラ)の破砕速度の方が速い。


「おおおおお!」


 王者の咆哮(ラージャ・ルド)を上げ、物理的な威圧を掛けるが、大神(ディーヴァ)たるカールティケーヤには通じない。ナラシンハの額に滝のような汗が浮かび上がる。


「余は雷霆神(シャクラ)のように優しくはない。化身(アヴァターラ)ごと本体も砕いてくれようぞ!」

「おのれ、このナラシンハを愚弄するか!」


 追い詰められたナラシンハは、体全体から白光を発し、周囲全てに範囲攻撃を掛けた。だが、光がカールティケーヤに届く前に、破壊の槍(トリシューラ)の近くで消滅していってしまう。ナラシンハは唖然とした。


「ば、ばかな、何だその槍は―……」

「下等な神には理解できまい。破壊の槍(トリシューラ)に砕けぬものは、この世にない!」


 黄金の結界が音を立てて砕け散った。同時に、ナラシンハの腹に破壊の槍(トリシューラ)が突き立てられ、振動波によって体の中央が塵となって消え去った。


 上半身だけになったナラシンハは、ぎょろりと目を剥くと血に溢れた口を開く。


「再生しない……どういうことだ」

破壊の槍(トリシューラ)で受けた傷は再生などしない。神と言えどな」


 カールティケーヤは楽しそうに言った。


雷霆神(シャクラ)が余との戦いを避け、余を東方の地に派遣した理由がわかったか。わかったら大人しく死ね、ナラシンハ!」


 頭に破壊の槍(トリシューラ)を突き立てられ、ナラシンハの頭は粉微塵になった。アシンドラは槍を一振りすると、天馬を大地に下降させる。


 ペシャワール侯を討ち取られた月の民(マーハ)たちには、もう立ち向かう気力は残っていなかった。タキシラ侯マータラも、武器を捨てて降伏を申し出てくる。


 その気になれば虚空の記録(アーカーシャ)を操作できるカールティケーヤであったが、特に改変をするまでもなかった。アシュヴァーシャとヴァーシシカを喪ったマータラには、もう反抗する力はなかったのである。


 月の民(マーハ)を従えてタキシラに向かうアシンドラに、ようやくキアナか追い付いてくる。結局戦いに間に合うことはなかったが、アシンドラは元々この遠征にアスパヴァルマの騎馬隊以外を使うつもりはなかった。他の軍勢は行軍の調練の一環として連れてきただけである。


 アシンドラは、暫くタキシラに滞在した。目的地のペシャワールに急ぐ理由もなくなったせいもある。その間に決めるべきことは決めておくことにする。


 タキシラはそのままマータラに任せたが、ペシャワールを誰に任せるかが問題であった。アシュヴァーシャの息子はまだ幼く、太守を務められる年齢ではない。


 アシンドラが目を付けたのは、アシュヴァーシャ麾下の騎馬隊の四人の隊長の一人であるシャンカラであった。アシュヴァーシャの一族の出でもあり、騎馬の指揮も才幹を感じる。年はまだ若いが、逆らう者はアシンドラが相手をすることになるのだ。簡単には反抗できないだろう。


 シャンカラとキアナを先にペシャワールに向かわせる。ペシャワールは、対ヘテルの前線になる都市である。パンジャーブからガンダーラにまで到達したいま、次の狙いはバクトリアになる。ヘテルのアフシュワルは弱体化しており、バクトリアを席巻するのにさほど手間はかかるまい。


 かなり遅れてチャルカがタキシラに到着する。マトゥラー騎兵の速度は、通常の行軍並みである。アシンドラの機嫌は悪かった。マータラの経験も、キアナのひたむきさもない。チャルカは勇猛ではあるが、まだ甘いところが残っている。その意味では叩き上げのシャンカラの方が甘さがなかった。


 アシンドラは、暫くチャルカの部隊をマータラに預けることにした。老練なマータラであれば、チャルカの甘さを鍛え直せると踏んだのである。


 チャールキア王国軍に関しては、アシンドラは期待はしていなかった。此処まで北上するには、通常の歩兵の移動なら五ヶ月は掛かる。長駆の訓練をさせているだけである。尤も、ヘテルとの戦いに間に合わなくとも、その背後に広がる聖王国との戦いには間に合うはずだ。そのための準備と動員は、また別途進めているのだ。


 タキシラにマータラとチャルカを残し、アシンドラはペシャワールに進んだ。弱体化したアフシュワルが相手なら、キアナとシャンカラを両翼にするだけで勝てる。アシンドラはそう踏んだのである。

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