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紅星伝  作者: 島津恭介
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第一章 赤毛の小娘 -8-

「で、何でそんな事態になっているんだ?」


 冷静なシャタハートの問い掛けに、フーリも幾分か平静を取り戻した。


「それなんですがね」


 食堂の椅子に座ると、アナスら四人を前にして話し始める。


「今日の軍議で、アナスさんたちのもたらしてくれた情報が公開され、対応を協議することになったのですが……」


 第二騎兵大隊の将軍アルデシルが噛みついてくるのは、ナーヒードも想定していた。だが、それは父親である国王メフルダードが抑えられる。事前に父に根回しをして軍議に臨んだナーヒードは、さほど進行に不安を抱いていなかった。


 だが、そこにクルダの族長サーラールが絡んでくるとなると、話は別になる。


 サーラールのクルダ部族は、奇襲を仕掛けるならば確実に主力となる。それだけに、小娘であるアナスがもたらした情報の確度に不安を訴えたのだ。


 それに第二騎兵大隊の将軍アルデシルと、イルシュ部族の指揮官であるルジューワも同調し、ナーヒードの行った異例の部隊編成まで問題視された。


「あのバカ息子(アーマグ・ペザル)が……。ろくなことしないわね!」


 結局、サーラールはアナスの力を疑問視していたわけであるから、ナーヒードは彼女の力を試せばいいと主張した。それを受けたサーラールは、笑って妻であるサルヴェナーズとの模擬戦を提案したのである。


「おれが出るなら、旦那が相手でも勝ってやるんだがな」


 ヒシャームは腕を組んで唸った。


「正直、サルヴェナーズはシャタハートやエルギーザ並みの剣の腕はある。アナスじゃちょっと荷が重いぞ」

「あたしが一番よくわかっているわよ」


 アナスは頭を抱えた。さすがに双剣姫相手に勝つ自信などあるはずがない。


「シャタハート、おまえちょっと双剣姫の真似やってみろよ。アナスに見せてやれ」


 ヒシャームの提案で、シャタハートが仮想サルヴェナーズを披露することになった。さすがに室内ではまずいので、ぞろぞろと外に出ていく。


 中庭に出ると、シャタハートは二本の剣を構えた。


「サルヴェナーズの剣の特徴は、舞のように流麗な剣の合間に予想外の角度で神速の斬撃が飛んでくることにある」


 流れるような動きでシャタハートは双剣を振るい、幾つかの型を披露した。そこから、まるで踊っているかのような運足で、回りながら剣を振り始める。ゆったりした動きに見惚れていたそのとき、瞬間移動したかのようにフーリの前に刃が振り下ろされた。


「剣舞の速度と、この斬撃の速度との差が厄介だ。初見だと大抵のやつが対応できずに死ぬ」

「かと言って、アナスの技術であの剣舞の防御を突破できるかと言うとな。単純な攻撃は、全部受け流される。おれなら力で崩せるが、双剣姫の防御の技倆は並大抵のやつじゃ崩せないしな」

「だから、剣舞のときに攻撃を仕掛けても無駄ってことだ。アナスに勝機があるとしたら、このサルヴェナーズが攻撃を仕掛けてきたときに、後の先を取るしかない」


 技倆では負けていても、速度は僅かながらアナスの方が上だ、とシャタハートは言った。後は、タイミングを間違えないようにするしかない、と。


「わたしがサルヴェナーズの攻撃の型をできるだけ再現してやるから、何とか合わせる機を身に付けろ……で、その模擬戦とやらはいつやるんだ?」

「明日です。明日の正午に」

「じゃ、今日はこのまま日が沈むまでこの訓練だな。ヒシャームとエルギーザは付き合わなくてもいいぞ」


 シャタハートとアナスは、そのまま特訓に突入した。慣れたもので、ヒシャームとエルギーザは二人を放置して宿の中に戻る。フーリは慌てて後を追い掛けた。


「あの二人はあのままでいいですか!?」

「いいんだよ。アナスの剣の師匠はシャタハートだ。任せておけば問題はない」


 槍と馬はヒシャームが教え、弓と隠身はエルギーザが教えているらしい。最も、シャタハートはポーカー(アス・ナス)みたいに色々と悪いことも教えており、一番師匠としての側面が強いかもしれなかった。


「アナスさん、わたしより年下なのに頑張ってますよね……」


 フーリは十七歳、アナスは十六歳である。一つ年下なのに、アナスはフーリより何歳も年上のように感じられた。


「あいつはアーラーンの守護者の後継者なんだ」


 ヒシャームはちょっと寂しそうに言った。


「イルシュの族長の座も取り戻さないといけない。背負っているものが、大きすぎる」


 夕食まで、アナスとシャタハートの二人は特訓を続けていた。サルヴェナーズの斬撃は変幻で、パターンも多彩である。それに後の先で対応するとなると、頭で対応しようとしても無理がある。


「体が勝手に反応するくらいじゃないと厳しいんだが……まだ見てから反応しているな。十回やって、一回うまくいけばいいってところだ」

「集中しすぎて頭が痛い……。双剣姫が本当にあのレベルなら、勝てる想像がつかないわ……」

「とにかく体に覚えさせろ。一連の動きが自然にできるようにならないと、斬り落とすのは難しい」


 夕食の後も、アナスは剣を振っていた。暗くなってシャタハートの動きが見えなくなったので、特訓は終わりになっていたが、動きをイメージして一人で遅くまで練習していた。


 しかし、双剣姫の動きを再現できるシャタハートもすごいとフーリは思った。並みの剣士に、あの動きができるとは思えなかった。第一騎兵大隊にいる騎士にも、できる者はいまい。アナスの下に付いている三人は、それぞれ傑出した人物である。何故それほどの男たちがアナスに付いているのか。先代キアーとの約束でもあるのか。


「でも、わかるような気はするわね……アナスさん頑張っていますものね」


 百人が百人無理だと言う対戦を前にして、アナスは諦めを見せない。この少女なら何とかするのではないか、そんなことさえ感じさせる。その可能性に対する期待感、それがアナスの才能ではないか、とフーリは思った。


「大丈夫だ。アナスは勝つさ。サルヴェナーズとの対戦、あれはサーラールの優しさだろう」


 ヒシャームはサーラールが第二騎兵大隊の発言を封じるためにわざとこの状況を仕組んだのだ、と言った。わざとアナスに対して強い姿勢を示し、条件をつけることによってそれを達成した後アナスにいちゃもんをつけられなくするのが狙いであろう、と。また、それを納得させるためには、並大抵のハードルでは駄目なのである。だからこそ、双剣姫を関門として設定したのだ。


「尤も、サルヴェナーズは手を抜くような女ではない。後はアナス次第だな」


 それでも、アナスは自分の道は自分で切り開くだろう。あの真紅の双眸には、それだけの力強さがこもっている。


 翌朝はシャタハートとの特訓の再開だ。反応は、昨日よりも早くなっている。舞から斬撃への切り替えの瞬間に、もうアナスの剣も飛んでいる。それでも、五本に一本くらいしか、成功しない。


「お、思うんだけれど……シャタハートって双剣姫より斬撃の速度速くない?」


 頭にある双剣姫より強すぎる、とアナスは文句を言った。


「仮想敵の方が強ければ、本番の自信になるでしょう?」


 悪びれずにシャタハートが笑った。少女は盛大に文句をこぼし始めた。

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