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紅星伝  作者: 島津恭介
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第十四章 エラムの内訌 ―10―

 大地が激しく震えると、クルシュは馬に乗っていることもできず、下馬して頭を抱えた。兵士たちも武器を放り出して恐怖に震えている。涼しい顔をしているのは、エルギーザくらいである。


「エ、エルギーザよ、アナスは大丈夫なのか?」


 不安に駆られてクルシュが問う。エルギーザは、器用に馬を宥めつつ、笑顔を崩さずに言った。


大神(アフラ)に挑もうとする者が、黴の生えた大昔の神もどきに負けてはいられないよ」


 エルギーザが空を指し示す。指の先には、炎翼(パレ・アーテシュ)を広げるアナスがいる。アナスの緋色の髪がまるで燃えるように逆立ち、その双眸は決意に彩られていた。


「ほら、行くよ」


 エルギーザの指摘と同時にアナスの姿が掻き消えた。神速(ホダー・トンド)が発動したら、常人の目には映らない。エルギーザには優れた動体視力に六感があったが、それでもアナスの動きを捉えるのは不可能であった。


 次の瞬間、かん高い金属音が戦場に響き渡った。アナスの斬撃をインシュシナクが鋼鉄の肉体で迎え撃ったのだ。だが、同時に巨人の絶叫も兵士たちの耳朶を打った。アナスが剣に纏った蒼い炎が、インシュシナクの鋼鉄の肌を融解し、ダメージを与えたのだ。


「これで終わりよ!」


 右手の剣は、蒼き炎に耐えられずに溶け出していた。アナスは左手の剣を融解したインシュシナクの首に突き刺し、更に追撃の炎を放った。


 蒼き爆炎(インフィガール)が、インシュシナクの頭を吹き飛ばした。アナスは神速(ホダー・トンド)で飛び退くと、空になった手を見て呟いた。


「剣まで溶かしているようじゃ、まだまだかなあ」


 上半身が爆裂したインシュシナクが、ゆっくりと倒れていく。それを見ながら、出番のなかったザリチュが寂しそうに溢した。


「倒すの速すぎだし。あたしにも見せ場を寄越すし」

「ザリチュの出番がない方が、みんなのためにはいいのよ」


 タルウィに軽く小突かれたザリチュは余計にむくれるが、クルシュやエルギーザは彼女たちに構うつもりはないようであった。


 インシュシナクを討ち果たしたアナスは、右手を挙げて兵の歓呼を受けている。兵士たちも、アナスが竜王を倒したアーラーンの真紅の星(アル・アスタール)であることはもうわかっていた。あの炎翼(パレ・アーテシュ)を見れば、一発でわかる。それだけ、アナスの歌は吟遊詩人たちが歌い回っているのだ。


 クルシュがシューシュ軍に戦闘の終結と投降を呼び掛けると、ほとんどの兵は武装を解除して投降した。ダーヴードとチャリパーはそれらの投降兵の受け入れをしていたが、タリアナ騎士団を殲滅したエラム人たちを無条件で許すつもりはないらしく、その表情は険しい。


「クティク・シクとルフラテル以外のエラム人は処断しちゃだめよ。彼らはエラムの神に従っていただけだから」


 アナスの忠告にクルシュは渋い顔をする。クルシュは家族や麾下の騎士たちをエラム人に殺されているのだ。父を殺されたチャリパーも強硬に処断を叫ぶだろう。だが、それでもアナスはクルシュにエラム人の虐殺をさせるわけにはいかなかった。スシニアにいるエラム人は、此処にいる兵士たちだけではない。何十万といるエラム人をみな敵に回したら、クルシュの統治が難しくなるのだ。この地を治めるには、エラム人の協力は必ず必要なのだ。


 幸い、シルクドゥフとエレクトラは生き残っていた。クルシュはシルクドゥフを暫定的にシューシュの太守(ナワーブ)の代行をするように命じ、エレクトラとヘレーン傭兵は自分の部下として雇用することに決める。クルシュの家族を殺したのはアケロンとその部下たちだったことが判明したためである。


 ただ、エレクトラたちはタリアナで掠奪を働いていたし、エラム人たちもタリアナのパールサ人を虐殺している。タリアナの復興は事実上かなり難しく、パールサ人とエラム人の間にしこりは残りそうであった。


 クルシュは、ダーヴードにカシュガイ騎兵を千騎付けてシューシュに暫く監察官として駐留させることを決める。ダーヴードも経験の浅い若い騎士に過ぎないが、当面クルシュが信頼できる高級武官は彼とチャリパーしかいないのだ。


「苦労しそうだね、クルシュ」

「他人事だと思って楽しそうだな、エルギーザ」

「いやいや、ナーヒードさまの苦労はこんなものではなかったからね。少しはクルシュも苦労するといいよ。なに、いざと言うときは、ぼくたちが助けに来るさ」


 エルギーザとクルシュが軽口を叩き合っている間に、アナスはファルザームに報告を入れていた。無事インシュシナクを倒し、クルシュをナーヒードを王の中の王(シャーハーン・シャー)として認めるパールサとスシアナの王として擁立したことを伝えると、ファルザームもその結果には満足したようであった。


(よくやった。インシュシナクは大神(アフラ)には及ばぬまでも、並の神よりは強い力を持っておる。巨人を従えていた全盛期にはほど遠かろうが、それでも侮れぬ相手であった。戦ってみた感想はどうじゃ?)

(そうね、やっぱりエジュダハーほどではなかったわ。あたしの動きにもある程度は付いてこれて、肉体を硬質化させるのは大したものだけれど、ただの金属ではあたしの炎は防げないしね。エジュダハーの竜鱗くらいの防御を持つ神は他にもいるの?)

(竜王の鱗は最強の防御力を誇る。それを上回るものはあるまい。じゃが、魔術や結界で、そなたの炎を防ぎ得る神はいるかもしれぬの。ハラフワティーは可能じゃろうし、エルやネボはどんな奇妙な術を使うかわからぬ。ミフルやニルガルの力はハラフワティーを上回る可能性もあるしの)

(気休めにもならないわね……)


 アナスは嘆息し、肩を落とした。


(あたしはもう帰ってもいいんでしょう? エルギーザは暫く残るみたいだけれど)

(いや、暫くは復活する小神どもを潰して回るのじゃ。次はバム周辺で騒ぎを起こしておる剥奪する者(アギルマ)を退治してきてくれ)


 ファルザームはアナスをゆっくりさせる気はないようであった。


(剥奪する者(アギルマ)はただ倒せばいいだけじゃ。エルギーザの助力もいらんじゃろう。暫くはタルウィとザリチュを付けるゆえ、三人で地方回りを頼む)

(ええっ……いつまでやればいいのよ)

(なに、そんなに時間があるわけでもない。円卓会議(ウプシュキンナ)の開催も近い。それまでは力を付けておくのじゃ。そなたは太古の旧神を脅かしたエジュダハーとインシュシナクを斃した。と言うことは、その神力を得ていることにもなる。もしかしたら、使える権能もあるかもしれん)


 エジュダハーを斃したからと言って、使える力は増えているわけではなかった。だが、神力を奪い続けていれば何かのはずみで目覚める可能性もあると言う。エジュダハーの竜鱗や竜の咆哮(アジダハー)が使えたら恐るべき力になるが、アナスにはとても使える気はしなかった。


(そう言えば、円卓会議(ウプシュキンナ)って、大神(アフラ)の中から神々の王(ベル)を決めるのでしょう? 光明神(ズィーダ)が地上に顕現しているのは見たことないけれど、誰が出席するのかしら)

(光明神(ズィーダ)はカウィの光輪(フヴァルナー)を持つ者に宿る。女王陛下に決まっておる)


 ファルザームは当然の如く言った。


(わしやそなたも随行することになる。円卓会議(ウプシュキンナ)神の門(バーブ・イル)で開催する慣わしじゃ。いまやハラフワティーが支配する空中庭園に赴かなくてはならぬ。油断はできぬぞ)

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