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紅星伝  作者: 島津恭介
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第十四章 エラムの内訌 ―8―

 アナスの機嫌はよくなかった。長年付き合いのあるエルギーザには、すぐにわかった。これは、計画通りクルシュが平和に兵権を手中に収めることができず、エルギーザが掛けていた荒っぽい保険が発動したためであろう。


「結果は変わらないから、いいじゃないか」


 クルシュの隣を進むアナスに声を掛ける。ぷいとアナスは横を向いた。どうも、彼女の美学には反する行為だったらしい。だが、結果として、クルシュは三千の騎兵と三千の歩兵を率いて進軍している。ナーヒードとファルザームの無茶な要求には応えたと言っていいだろう。


「アナスは固いし! エルギーザの言う通りみたいな!」


 アナスの後ろをふよふよと飛ぶザリチュが、緋色の頭をぺしべしと叩いた。アナスは余計にむくれたが、さすがに亜神に対して文句も言い難いのか口は開かない。


「よしなさいな、ザリチュ。アナスさんを怒らせたら、あなた消し炭にされるわよ」


 ザリチュの隣をきっちりした姿勢で飛んでいるのはタルウィである。いつもの小言にザリチュは嫌な顔をするが、長い間覚えておくことができないので、すぐにまた軽口を叩いてタルウィに叱られる。


 今回の戦いでは、タルウィにはルフラテルの相手をしてもらう予定である。たかが加護持ちの人間相手に亜神が出るのは大人げないが、アナスがインシュシナクと戦っているときに邪魔はされたくない。ザリチュには待機をしてもらい、クルシュたちに被害が出そうなときに防いでもらう予定だ。


 カシュガイ騎兵はダーヴードに預けることに決め、歩兵はチャリパーが指揮を執る。クルシュはエルギーザと傭兵隊を従えていた。ベバハンからも申し訳程度に兵が出ているが、すぐにチャリパーの下に組み込んでしまった。指揮系統は、クルシュの思い通りにならなくてはならない。


 シューシュ軍は、すでにこちらに向かっていた。報告によると、タリアナのパールサ人はシューシュ軍の兵によって虐殺されたらしい。クルシュの家族も殺されていた。


「インシュシナクは魂を手に入れ、大分神としての力を取り戻したはずね」


 暫くしてアナスの機嫌が直ったらしく、タルウィと話し始める。


「都市ひとつ分の魂だから、かなりの神力を溜め込んだと思います。油断は禁物ですよ、アナスさん」

「エジュダハーのときは、みなの手助けがあったしねえ。あたし一人で相手にするのは、正直ちょっと不安があるわ」

「大丈夫ですよ。竜王の鱗みたいなとんでもない防御力はないはずです。アナスさんのが速いと思いますし、一撃を叩き込んで、灼き尽くしてやればいいんですよ」


 エジュダハーの竜鱗や、ハラフワティーの神水の水鏡サーラー・アーブ・アイネフなどアナスの炎を防ぐ者も存在しないわけではない。


 相手はかつてのマルドゥクをも負かしたことがある古代の神だ。どんな権能を隠しているかわからない以上、アナスとしても迂闊な攻め方はできない。


 そんなアナスたちを他所にシラージシュ軍は行軍を続け、ベバハンの西の尾根を越えた。平地に出ると幾つかの村か点在しているが、まだシューシュ軍は進出してきていない。


 タリアナとベバハンの中間に位置するのか、モシュラゲーフ村である。湖畔に面し、街道が交差する要地にあるため、隊商宿なども充実している。


 クルシュの予測では、シューシュ軍と接敵するのは此処であった。斥候に出した騎兵が絶え間なく帰還し、進軍の状況が報告される。エルギーザもクルシュの予測を肯定し、モシュラゲーフで戦闘になると断言した。


 シラージシュ軍がモシュラゲーフ村に到着したのは、ベバハンを発って四日後であった。シューシュ軍が近くまで来ているのはわかっている。クルシュは、村を守るように兵を街道に展開した。


 シューシュ軍は、傭兵隊長のアケロンをクルシュ追撃で失っている。タリアナからの動きが鈍かったのは、その再編の時間が必要だったのである。


 シューシュ正規軍一千をルフラテルが率いるのは変わらず、傭兵隊長エレクトラに徴用兵一千を預けるのも変わらない。だが、アケロンの兵はエラム人の部隊長シルクドゥフに委ねられた。


「素人の集団だねえ」


 シューシュ軍の布陣を見たエルギーザが呟く。中央のルフラテル隊こそ足並みが揃っていたが、両翼のエレクトラ隊とシルクドゥフ隊は戦意が感じられない。特に、中核の傭兵団を壊滅させられたシルクドゥフ隊は熟練の兵士が全くおらず、明らかに戦える状況にない。


「あれなら、ダーヴードのカシュガイ騎兵だけでも蹴散らせるよ、クルシュ」

「しかし、ビジャンとタリアナ騎士団があれに全滅させられたのだよ、エルギーザ」


 タリアナ騎士団は、僅か二百と言えど高位の貴族の血筋に相応しい練度の持ち主で構成されていた。カシュガイ騎兵などよりは余程高い技倆を持っている。それが壊滅したのだから、少なくともルフラテル隊に関しては侮れないかもしれない。


「開幕の合図は任せてもらえるかな」


 エルギーザが黒き矢(メシキ・ディグラ)を抜き放つと、弓につがえて弦を引き絞った。空高く射出された矢は、空中で無数に分裂し、布陣するシューシュ軍に降りそそぐ。


 シューシュ軍の兵士は盾を掲げたが、エルギーザの矢は盾を回避して兵士の急所に突き刺さった。前衛から悲鳴が上がり、隊列が崩れる。


 クルシュは、まずチャリパーの歩兵を前進させた。シラージシュ常備軍は、前に出ていた右翼のエレクトラ隊と接触し、交戦状態に入る。エレクトラは傭兵の小隊を中核に兵を纏めようとしたが、エルギーザの矢で崩された前線を繕うことができない。押されて下がったところに、ダーヴードがカムラーンに預けた千騎を突っ込ませる。


 カムラーンは父よりはまともな指揮官であった。少なくとも、千騎程度の部隊指揮はそつなくこなすことはできる。カシュガイ騎兵は精強とは言い難いが、それでもタイミングよく突撃されると、徴用兵の部隊では止めようがなかった。


「くそっ、一度退くよ!」


 エレクトラは命を賭けてまで踏みとどまるような武人ではない。危ないと見たら、さっさと後退する。


 エレクトラ隊を退けたチャリパーは、そのままシルクドゥフ隊も押しまくった。核になる部隊を持たないシルクドゥフは、チャリパーの進撃を押さえることができない。


 興奮したチャリパーは、鞍を叩いて兵を進ませた。父を殺したルフラテル隊こそ、チャリパーが目指す獲物であった。


 業を煮やしたルフラテルは、戦場に轟く咆哮を発した。気の弱い者なら、それだけでショック死しかねない。そんな怒声を受けて、ルフラテル隊が前進を始める。


 ルフラテル隊の練度は、シラージシュ常備軍とさほど差はない。となれば、数で勝るチャリパーの方が有利である。チャリパーの戦意が乗り移ったシラージシュ常備軍は、ルフラテル隊の前衛にも猛攻を加えた。


 劣勢であることに怒りを覚えたルフラテルは、地響きを立てながら前線に出てきた。改めて見てみると、異常な巨漢である。身長は三ザル(約三メートル)近くありそうだ。丸太のような腕で、鉄製の棍棒を振るっている。その一撃を受けた兵は、兜ごと頭を潰され、肉塊と化した。


 更にルフラテルが鉄棍を振り上げたとき、鋭い水流の刃が戦場を切り裂き、ルフラテルの武器を真っ二つにした。きょとんとして自分の武器を見る巨人に、一人の少女が進み出てくる。


「ルフラテルさんには恨みはないけれど、貴方を討つのがわたしの仕事。大人しくその首を置いていって下さいね」

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