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紅星伝  作者: 島津恭介
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第一章 赤毛の小娘 -7-

「カードはあなたたちので構わないから、切るのと配るのはこちらでさせてもらうわ」


 慣れた手つきでアナスはカードをシャッフルすると、露台の上に置き、カットを一回させる。第二の騎士たちは取り囲むようにアナスとフーリの周囲を固めている。だが、アナスは気にする様子もなく、目に見えぬほどの手さばきでカードを5枚ずつお互いの手もとに配った。


「勝負は一回勝負よ。賭け金をどうぞ(クァマラ)


 騎士たちはめいめい硬貨を取り出すと、アナスの金貨の袋の横に置いた。アナスはその硬貨の量を見て、咎めるような口調で言った。


「少ないわね。足りない分は、あなたたちの体を売って払うことになるわよ……奴隷(マムルーク)になってね」

「威勢のいい嬢ちゃんだな。吠え面かくなよ」


 男はカードを手に取ると、にんまりと笑った。余裕が出てきたのか、急にそっくり返ると、アナスを見下すように見つめた。


賭け金を上げるぞ(アリヤ)。倍額だ」

受諾する(カブール)


 顔色一つ変えずにアナスは受けた。彼女は、手札をまだ見てすらいなかった。フーリはさすがに慌てて、アナスの袖を引っ張った。


「ちょ、ちょっとアナスさん……大丈夫なんですか? あっちはなんかすごい余裕そうなんですけれど」

「だ、大丈夫よ……フーリさん、伸びる、伸びるから!」

「大丈夫って……アナスさんいつもそんなにポーカー(アス・ナス)勝っているんですか?」

「いつもは……そうね、六割くらいは勝つわよ」


 微妙に信頼するにし切れぬ数字を言われ、フーリは泣き出しそうになった。


「で、受諾(カブール)したのはいいが……早くカードを確認してくれよ。勝負が始まらないだろ」

「手札はこのままでいいわよ」


 アナスはちらりと後ろを見た。当然のように、第二の騎士の仲間がアナスの後ろに張り込んでいる。カードを確認すれば、通すつもりなのだろう。


「それとも、あたしが手札を見ないと、何か都合の悪いことでも?」

「ちっ、別にてめえが開けようと開けまいとどうでもいいよ……。それじゃ続けようぜ。てめえはつり上げ(アリヤ)しなかったんだから、このまま勝負(イフタフ)だな」

「そうね、勝負といくわよ。手札を開け(イフタフ)!」


 勝負の掛け声とともに、男はにやにやしながら手札を晒した。「ライオンと大蛇(アス)」と「二人の兵隊(サーバズ)」のツーペア(ドゥー)。一回勝負では相当強力な手だ。男の自信もうかがえる。フーリの膝がかわいそうなくらい震え始めた。


「勝負はこっちのもんだよなあ、嬢ちゃん」

「笑ってられるのも今のうちだわ」


 アナスがカードをめくる。


 「子供を抱いた母(ビビ)」、「踊り子(コウリ)」、「子供を抱いた母(ビビ)」、「(シャー)」……。 


 そして、五枚目に現れたのは「子供を抱いた母(ビビ)」であった。


子供を抱いた母(ビビ)スリーカード(シェー)チェックメイト(シャーマート)よ、騎士様方。奴隷(マムルーク)の証文の書き方でも教えてあげましょうか?」


 あわあわとフーリが挙動不審なうろたえ方をしていた。アナスはそれを視界に入れないようにしながら、露台の上に形のいい脚を投げ出し、組んでみせる。


「イ、イカサマだ! 冗談じゃねえ! こんな勝負認められねえぞ!」

「あらあ、カードはあなた方のものだし、最後にあなた自身の手でカードを切ったじゃない。イカサマだというなら、証拠を出してもらいたいわあ」

「とにかくイカサマだ! こんなのは認められねえ! お、おい、行くぞ!」


 騎士たちは血相を変えて去っていった。アナスはその背中に楽しそうに声をかける。


「いい奴隷商人探しておきますわあ。楽しみにしていてね」

「言ってろ!」


 もとより、彼らが素直に賭け金を払うとも思っていなかった。露台に置いて行った硬貨だけでもそれなりの金額はある。それだけでも儲けものだった。


「アナスさんしゅごいでしゅ……最後勝つ自信はあったんですか?」


 硬貨をざっと浚い、露台から立ち去るアナスの背を、フーリが慌てて追いかけてきた。後ろではこの勝負を見学していた野次馬たちが、口々にアナスの格好の良さと騎士たちのだらしのなさを語り合っている。


「もちろんあったわよ……ナイショよ?」


 アナスはフーリの耳に口を近づけると、小声で言った。


「あれくらいのボンクラ相手なら、あたしは思ったカードを配れるのよ。相手のカードも自分のカードも、見なくても全部わかっていたわ」

「え、えええええ!?」

「しーっ、声が大きいって。必ず勝てるってわかってるんだから、楽なものだったわ。あいつらがイカサマ使うかと思ったけれど、そんな腕もなかったみたいだしね」


 無邪気に笑うアナスを見て、フーリはアナスさん、くろい、くろいですぅと呟いた。


 昼食をすますと、フーリは一度王女のところに戻ることにした。会議の経過も気になるし、結果次第では何か命令が下るかもしれない。


「アナスさんは大人しく宿で待っていてくださいね!」


 フーリは何か憤慨していた。アナスはちょっと小首をかしげる。そんなに憤慨されるようなことをした覚えもないのに。


「十分やってくれちゃってますですよぅ……」


 失敬なことを呟きながらフーリは戻っていった。謂れのない誹謗にアナスは口を尖らしながら宿に戻った。結局、エルギーザは最後までついて来ていた。ついて来ていただけであったが。




 宿でシャタハートにポーカー(アス・ナス)の件を報告していたエルギーザはとてもいい笑顔をしていた。

 

 釣られて、シャタハートも素敵な笑みを浮かべる。


ポーカー(アス・ナス)は楽しかったみたいだな」

「い、いやあ……そんなことはない……よ?」

「遠慮するな。久しぶりにとれだけ腕が上がったか見てやろう」


 抵抗は無意味であった。シャタハートの前に座らされたアナスは、三戦して三回叩き潰された。無理もない。アナスは一回もシャタハートにポーカー(アス・ナス)で勝ったことはないのだ。アナスのポーカー(アス・ナス)の師はシャタハートであるから、当然と言えば当然であった。シャタハートのカード捌きはアナス以上であり、当然思う通りにカードを配るなんて芸当はできない。むしろ、目を見張ってないと、シャタハートにやられかねない。アナスがフーリに勝率が六割と言ったのは、ヒシャームとエルギーザには大抵勝てるアナスであったが、シャタハートには全敗であることを踏まえてのことであった。


「フーリさんはあたしのことを黒いと言ったけれど、シャタハートの方が百倍黒いよ……」


 宿の片隅でアナスか灰になって燃え尽きていると、慌てた感じでフーリが飛び込んできた。何となく彼女はいつも慌てているので、異常事態とも思わなくなってきたように感じる。


「ちょっと! アナスさん何落ち着いているんですか、大変なんですよ!」

「ちっ、意外と目敏いわねフーリさん。それで、姫さまに何かあったの?」

「アナスさんの黒い発言には後でゆっくりお話しするとして……アナスさんは明日戦わないといけなくなったんですよ、クルダの双剣姫と!」


 クルダの双剣姫。要するに、クルダの族長にしてアーラーン最強の武人サーラールの妻サルヴェナーズのことである。アーラーン中の女性の武人の憧れを集める存在だ。アナスだって憧れはある。それと、何だって戦うことになるのか。


「アナスさん大人しくしていても騒動に巻き込まれるタイプだったんですね……まだまだわたしの認識が甘かったですよ」


 フーリの失礼さだけはだんだん成長しているな、とアナスは思った。

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