第十四章 エラムの内訌 ―3―
タリアナはカールーン川沿岸に建設されたスシアナの中心都市である。シューシュは古エラム王国時代から続く歴史的背景のある都市であるが、タリアナは古ミーディール王国の後、古アーラーン王国の時代に建設された。エラム人の都市であるシューシュに対し、タリアナはパールサ人の都市である。ゆえに、インシュシナクが真っ先に攻撃対象に選んでも不思議はなかった。
タリアナの太守は、古アーラーン王家の血を引くクルシュである。いまのナーヒードの聖王家とは別の氏族であるが、由緒ある名家であり声望は高い。
軍事と政治に識見を持つと言われるクルシュであったが、シューシュの軍三千が南下してきていると急報が入ったときには耳を疑った。タリアナには二百の騎士と千の警備隊しかいない。シューシュも規模的には大差ないはずであるから、三千は自由民を徴用した人数であろう。こちらは今からかき集めても間に合わない。半分以下の兵では野戦も難しく、タリアナに籠城しつつシラージシュに後詰めを頼むしかない。
手早くシラージシュに使者を派遣し、騎兵隊長と警備隊長を呼んで防衛の指示を下した。二人とも実戦の経験がある叩き上げで、指示を受けると無駄口を叩かずすぐに防衛の準備に取り掛かる。その落ち着きようはクルシュにとって有りあそうかなむ難く、昂った気持ちを抑える効果があった。
しかし、何故シューシュ軍が南下してくるのだろう。
先の太守ルフラテルは野心家であり、シラージシュからの独立を計画しているとの風聞はあった。だが、ルフラテルに取って代わったクティク・シクに関してはあまり情報がない。ルフラテルを従えるほどであるからにはそれなりの人物のはずなのだが、クルシュの耳には大した噂は入ってこなかった。
正体不明だけに不気味である。
その不気味な軍がタリアナにやって来たのは、三日後のことであった。ルフラテル率いる千の正規軍を中核に、ヘレーン人傭兵隊長アケロンとエレクトラを両翼に展開し陣形を整えている。
城壁の上から城外の様子を見たクルシュは、本当に攻撃を仕掛けてくるのか半信半疑のまま動向を見守る。ルフラテルとは旧知の間柄である。カシュガイ王家の支配をよしとせず、エラム人の独立国家を夢見ていた男だ。バームダードにもう少し知性と力があれば、とっくに処断されているだろう。
「口上を述べるようです」
傍らに控える警備隊長が口を開いた。騎士が一騎、シューシュ軍から進み出てくる。まだ若い騎士であるが、あれはルフラテルの弟だ。顔に見覚えがある、
「偉大なるインシュシナクの神に代わり、ルフラテルの弟イグリシュが宣言する! パールサ人の支配は終わりを告げ、これよりエラム人の時代がやって来る! タリアナはその生け贄となり、炎の中に沈むであろう!」
クルシュは唖然としてその口上を聞いた。何が出てくるかと思ったが、まさか狂信者の類いだとは思わなかった。エラムの原始宗教は存在くらいは知っているが、拝火教全盛の折に今更と言うところである。
口上が終わると、敵陣に動きが出る。両翼の兵は徴用兵だろう。装備の質もよくないし、動きも鈍い。だが、投石機を持っているのが厄介であった。投石機の技術的な指導はヘレーン人のアケロンとエレクトラが行い、着々と組み立てが進んでいるようだ。
「投石機はまずいな」
クルシュの呟きに、騎兵隊長のビジャンが進み出た。
「騎兵二百であの投石機を破壊して参ります。出撃の許可を頂きたく」
「……ビジャン」
危険な作戦だ。敵に騎馬隊はなく、数人の上級士官が馬に乗っているだけである。それを考えれば、二百の騎馬隊に対抗する機動力は敵にはない。ヘレーンの重装歩兵のような重厚な盾もない。だが、一度止められて数に任せて包囲されれば、全滅は必至であろう。
しかし、タリアナの城壁はさほど強固なものではない。神の門やミクラガルズのような不落の城塞ではないのだ。投石機が稼働すれば、後詰めが来る前に落城する可能性が高い。
「……行け。わかっているとは思うが、投石機以外に目はくれるな」
「はっ」
ビジャンは白い髭を撫で付けると、一礼して出撃の準備に向かった。程無くして城門が開き、統率の取れた動きでタリアナの騎士たちが出撃する。
クルシュが旧王家の末裔であるのと同様に、騎士たちも当時の由緒正しい家柄の者たちである。それだけに数こそ少ないものの、その練度はかなり高いものがあった。
「タリアナと若を護らねばならん」
ビジャンは出撃前に騎士たちを前にして語った。
「若はこんな地方都市の太守で終わる御方ではない。エラム人などに討たせてなるものか。我らで若と若の街を護るのだ」
騎士たちは静かに頷いた。世が世なら彼らは栄華を謳歌していたかもしれない。だが、落ちぶれても名家の誇りは失っていないのだ。
騎士たちの突撃にアケロンは迎撃の指示を出したが、兵たちの動きは鈍かった。ビジャンと二百の騎士は無人の野を行くように進み、アケロン隊の投石機に火をつけた油筒を投げ入れる。油筒の火は消えぬまま木製の投石機に燃え移り、次々と炎上した。
残るはエレクトラ隊の投石機である。だが、アケロン隊が襲撃されている間にエレクトラは態勢を整えていた。槍を構え、陣形を組む兵を前にしては騎兵と言えど迂闊に突っ込めない。
「行くぞ」
それでもビジャンは真っ直ぐに突っ込んだ。勢いを乗せた槍をふるい、槍ぶすまを払いのけながら奥へと突き進む。槍を握ったこともないような兵たちは、騎馬突撃を前にして逃げ惑い、ビジャンの前に道を作る。
だが、最後列の奥に十騎ばかりのヘレーン人傭兵が控えていた。エレクトラを筆頭に重装備の騎兵が揃っている。ビジャンが槍を振ると、麾下の騎士は十隊に分かれて投石機の破壊に向かった。ビジャンは二十騎とともにエレクトラの牽制に駆ける。
「老いぼれが元気なことね!」
エレクトラの剣がビジャンの槍を弾き返した。
「あんな雑兵をいくら集めてもいくさは出来ぬぞ」
ビジャンは、シューシュ軍の訓練されていない兵士を当て擦った。エレクトラの部隊を突破するのに、ビジャンの部下は一兵も損失していない。
「パールサ人の騎士など、あたしは何人もこの剣の錆にしてきたわ!」
エレクトラの斬撃は強烈で、並みの男なら受け止めもできずに斬り殺されていただろう。だが、ビジャンは流麗に受け流すと槍の柄でエレクトラを馬上から叩き落とし、そのまま駆け抜けた。傭兵の荒っぽい力業を、技倆で退けたのだ。
エレクトラの投石機も炎上し、ビジャンの作戦は完全に遂行された。だが、流石に時間を駆けすぎた。ルフラテルの正規軍がビジャンの退路を断つように展開をしていた。アケロンとエレクトラの隊はその奥で乱れた陣形を整えている。
「たかが千人。包囲するには薄い人数だ。蹴散らして突破するぞ」
ビジャンは慌てず部下に命令を下した。騎士たちは一糸乱れずビジャンの後に続き、ルフラテルの部隊に向かう。正規軍には流石に弓の備えがあり、訓練された動きで斉射が飛んでくる。体に矢を突き立てながらも突撃する騎士たちに対し、シューシュ軍は槍を立てて迎撃の構えを取った。