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紅星伝  作者: 島津恭介
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第十三章 神々の王 -1-

「あれは、まさしくシャタハートの星の閃光ターラー・ラフシャーン。あの魔術を武器化するとは、流石ハラフワティーじゃな」


 蒼穹を飛翔するのは、一羽の(シャヒーン)火の鳥(シムルグ)、それと妖精(ペリ)である。無論、マルドゥクとイシュタルの戦いの帰趨を見届けに来たファルザームとアナス、ヒルカの三人であった。



 眼下には、天の雷サーエゲ・エ・アーセマーンの煙がまだたなびいている。千挺を数える火砲の威力は絶大で、その一斉射だけでアニザ騎兵は半壊状態に陥っている。ジャハンギール麾下の射手たちは、元々恐ろしく危険な手練れが揃っていたが、ハラフワティーの神器を手に入れることで、無敵の騎馬隊へと変貌していた。


「イルシュの皆にあんなものを……」


 そして、それはアナスにとっては辛い見物ではあった。イルシュの戦士はアーラーンの剣にして盾。それを誇りにして生きてきたのだ。だが、いまジャハンギールとイルシュの騎馬隊は、ハラフワティー・アルドウィー・スーラーのために戦っている。そして、それが自らの意志ではないことにも気付かないのだ。


(ニルーファルがいませんね)


 ヒルカの妖精(ペリ)が付いてきたのは、ハラフワティーに体を奪われたニルーファルを心配してのことであった。思い詰めた感があるヒルカをファルザームは危惧したが、どうしても付いてくると言う熱意に負けたのである。本体ではないとは言え、神ならば妖精(ペリ)から回廊(クーチェ)を辿ってヒルカの生身を殺すことも容易いのだ。危険なことには変わりはない。


「別の次元で戦っておるのじゃ。マルドゥクとハラフワティーの全力を解放したら、味方ごと吹き飛ばしてしまう。いまはまだ、この戦場には現れていない」


 ファルザームが語る間にも、戦局は動こうとしていた。抜剣したイルシュ騎馬隊千騎が、ルジューワを先頭にアニザ騎兵へと突撃していく。


「ルジューワのバカもいたのね」


 辛辣に火の鳥(シムルグ)が鼻を鳴らした。幼少時から仲が悪かっただけあって、アナスはルジューワには容赦がない。


 眼下では、神の剣(シャムシーレ・ホダー)を振り回しながらルジューワが突き進んでいく。天の雷サーエゲ・エ・アーセマーンの一斉射撃で指揮官と突撃要員を喪ったアニザ部族の騎兵は、ルジューワの斬り込みになす術はなかった。


 忽ち血飛沫が飛び散り、盾や鎧ごと胴体を両断された兵士が駱駝から滑り落ちる。


 百騎ほどを血祭りに上げたとき、更なるセミラミスの角笛の音が響き渡った。ジャハンギールの本隊の周囲に、ムタイル部族の兵七千が出現し、一斉に抜剣する。


「距離五十、包囲されています!」


 ラーメシュの報告に、流石のジャハンギールも舌打ちする。嫌らしい攻め方だ。攻めに回り、味方の厚みを減らした隙を容赦なく突いてくる。


「円陣! 外に向けて構え!」


 ジャハンギールの命令で、イルシュの射手たちは円形に陣を組み換え天の雷サーエゲ・エ・アーセマーンを構えた。


 その間にもムタイルの戦士が近付いてくる。イルシュの射手たちが構えている間に、ジャハンギールは弓を取り上げると、上空に向けて矢を放った。


流星矢ティグラーヘ・シャハーブ!」


 矢は上空で無数に分裂し、四方八方に分かれて地上に降り注ぐ。ハラフワティーの加護を得たジャハンギールの神弓技である。接近してきたムタイルの騎兵が、この降り注ぐ矢の雨を喰らい次々と射殺された。


 だが、ムタイルの戦士たちは、前を行く者が斃れようと気にせず突き進む。指呼の間にまで迫ったムタイルの駱駝騎兵に、天の雷サーエゲ・エ・アーセマーンを構えるイルシュの射手たちも顔が歪む。


「撃て!」


 ジャハンギールの号令と同時に、千挺の天の雷サーエゲ・エ・アーセマーンが轟音を鳴り響かせる。イシュタルの支配する金星(アナーヒター)の欠片を撃ち出すこの神器は、一瞬にして流星矢ティグラーヘ・シャハーブを抜けてきた騎兵を蜂の巣にする。だが、前を行く味方が落馬して道を塞いでも、ムタイルの戦士たちは狂騒し友の屍を乗り越えて前進した。再度流星矢ティグラーヘ・シャハーブが放たれ、更に屍体を量産するが、止まる気配はない。


 射手たちは天の雷サーエゲ・エ・アーセマーンを握り締めると、その先端から隕鉄の刃が飛び出した。金星(アナーヒター)の弾丸は連射が効かず、待機時間がある。それまでは時間を稼がねばならぬ。


 殺到するムタイルの駱駝騎兵の斬り込みを迎撃する。剣の技倆も劣らぬイルシュの戦士たちであるが、多勢に包囲されての攻撃にさすがに無傷では収まらない。ジャハンギールが流星矢ティグラーヘ・シャハーブで支援しなければ、すぐに全滅していただろう。


「第二射、撃て!」


 充填時間が過ぎ、再び天の雷サーエゲ・エ・アーセマーンが放たれる。前線にいたムタイルの兵が吹き飛ぶが、敵はその死を顧みず進撃を止めない。


「あれは異常だわ、ファルザームさま」


 一割も戦死したら、その部隊は大抵敗走する。三割も死んだら全滅したようなものだ。だが、ムタイルの騎兵部隊はすでに二千に及ぶ死傷者を出しながら、全く退く気配を見せない。イルシュの兵にも、ムタイルの死を顧みない突撃に恐怖の色が見える。


「信仰心が死の恐怖を消しておる。退却の選択肢のない軍隊は恐ろしいものよの」


 再び角笛が鳴り響き、ハーブ部族の三千騎がルジューワの背後に出現した。アニザ部族を蹴散らしていたルジューワも、後背に敵の攻撃を受け、苦境に立たされる。


 包囲される王を救うために、ハルパゴスがディオケスのミーディール軍団を回してきた。汚名返上を誓うディオケスは包囲するムタイル騎兵の一角に攻撃を加えるが、なかなか突破口を作れない。





 一方、ゼノビアは頑強に抵抗する左翼の密集隊列(ファランクス)を攻略し掛けていた。左翼の副将ラテュロスは堅実な用兵でゼノビアの歩兵を押したが、ゼノビアは部隊を細分化して機動的に連携させ、巧く最左翼を突出させ横から崩しに掛かる。正面からの衝突では密集隊列(ファランクス)の方が上であるが、兵の運用はゼノビアに軍配が上がった。


 だが、ゼノビアにとって運が悪いことに、セサリア騎兵が戻ってきた。ベニサマヤド部族のザブダスは、メノンとプティアを相手によく戦ったが、地力の勝るセサリア騎兵に包囲され、ついに討ち取られていたのである。


 左右からメノンとプティアに絞り上げられ、ゼノビアのパルミラ軍団が危機に陥った。ミーディール軍で動かせる予備軍は、もうハルパゴスの手許にあるフラヴァルテスのアディアバネ軍団だけである。ハルパゴスは、ゼノビアの救援に赴くべきか迷った。軽く戦場を見渡してみる。


 アシャレドのジャズィーラ軍団は、時間はかかったが、アパル将軍のナーシリーヤ軍を追い詰めている。あそこは放っておいても大丈夫だろう。


 アステュアゲスのアードゥルバード軍団は、パルタヴァ騎兵の助けを借りてクドゥリのバスラ海賊軍団を撃ち破っていた。イシュトメーグがクドゥリを討ち果たし、そこの戦場は掃討戦に移っている。


 アルシャクとパルニ騎兵二千はシャマー部族の五千に苦戦中だ。ずっと戦い続けであるし、矢弾も尽きる頃である。倍を超える数が相手では、さしものアルシャクも優位には戦えない。だが、あそこには、いま手が空いたパルタヴァ騎兵の部下たちが救援に向かうだろう。


 フィロパトルと対峙するシャムシ・イルの中央軍は、アッシュール人の主力軍がケメトの銀盾隊(アルギュラスピデス)の前に敗走していた。あそこも手を入れないと戦線が崩壊する。


 ハルパゴスは、アステュアゲスにシャムシ・イルの救援を命じると、フラヴァルテスにはゼノビアの救援に行くように命じるのであった。

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