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紅星伝  作者: 島津恭介
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第十二章 神の門 -9-

 ドゥジャイルとバグダドゥの間で戦端は開かれた。


 アシャレド率いるジャズィーラ軍団の中核になるのは、パルタケネ騎兵部隊二千である。ミーディール六部族の中でも最も剽悍な騎馬隊に、ブザ部族の盾兵、槍兵、弓兵で編成された精強な軍団を、堅実な用兵で誤りが少ないアシャレドが指揮をとる。ジャズィーラ軍団は、中央軍に次いでジャハンギールの評価の高い軍であり、独立行動しても安心して任せられる。


 対しているのは、マート・ハルドゥ人のアパル将軍率いるナーシリーヤ軍団一万である。兵の動きそのものはジャズィーラ軍団が圧倒的に勝り、アパルの兵はすぐに戦線を維持できなくなる。だが、そこでアパルが傀儡の魔術を発動すると、また戦況は一変し、膠着した。


 その右手から海賊将軍クドゥリが率いるバスラ軍団一万が進撃してくる。ハルパゴスはアステュアゲス総督のアードゥルバード軍団に迎撃を命じる。やや押され気味の展開にハルパゴスが苛立つが、ディドニム族のアシリタ率いるアムル騎兵が湧き出てくると更に眉間に皺が寄る。アステュアゲスに痛撃を加えんと駆けるアシリタは、しかしカーレーン家のザルミフルにまともに横腹に食い付かれ、勢いを落とした。


 アシリタを救わんとヤフド・リムが慌てて出てくるが、アスパフバド家のヴァラーグがその前に立ち塞がり、牽制する。ヤフド・リムが歯噛みをする間に、アシリタの体に十数本の矢が突き立った。一瞬の硬直の後、アシリタは落馬し、馬群の中に消えた。


 ザルミフルは、そのままアステュアゲスの援護に回った。クドゥリの海賊兵も機敏に動いたが、カーレーン騎兵に引っ掻き回されると押され気味になる。


 そこに、敵将ホロフェルネスが、自らアムル騎兵千騎を率いて割り込んできた。ホロフェルネスの苛烈な攻撃にザルミフルは転進を余儀なくされ、クドゥリの海賊兵は息を吹き返す。


 だが、ホロフェルネスが前線に出てきたのを見逃すようなアルシャクではなかった。激しく馬を駆ったアルシャクは、弧を描いて進みホロフェルネスの進路を塞いだ。


「バーブ・イラの勇将ホロフェルネスと見た。その肩の上の荷物、このアルシャクが軽くしてやろう!」


 太陽剣シャムシーレ・アーフターブを抜き放つと、閃光のような斬撃がホロフェルネスを襲った。ホロフェルネスは咄嗟に盾を掲げて斬撃を受けたが、太陽剣シャムシーレ・アーフターブの一撃は盾を両断し胸甲を抉った。


「ぐふっ、その剣の疾さ、只者ではないな」

「パルニ家のアルシャクを知らぬがうぬの不運よ。迂闊に前線に飛び出て来たのは失敗だったな!」


 アルシャクが灼熱の一撃を放つ。ホロフェルネスは剣に氷を纏わせて受けようとしたが、太陽剣シャムシーレ・アーフターブは冷気を放つ剣ごと頭蓋を断ち割った。鮮血を吹き出しホロフェルネスが倒れると、アルシャクは戦場に響く大きな声で将軍を討ち取ったことを叫び回った。


 ホロフェルネスが討ち取られると、アパルやクドゥリ、ヤフド・リムに命令を下す者がいなくなる。連携を取ることもできず、まずヤフド・リムがヴァラーグとイシュトメーグに包囲され屍を野に晒した。騎馬隊の援護を失った歩兵は更に状況を悪化させ、クドゥリの陣が崩れ始める。


 すると、痺れを切らせたかのように後方に控えていたケメト軍団が動き始める。


 ケメトの陣形はヘレーン伝統の斜線陣である。右翼に重装騎兵(ヘタイロイ)銀盾隊(アルギュラスピテス)を配し、左翼にはセサリア騎兵が配置する。両翼の騎兵はあくまで護衛だと言わんばかりに、重装歩兵(ホプリタイ)密集隊列(ファランクス)を組んで前進していく。


 シャムシ・イルの中央軍と、ゼノビアのパルミラ軍団が迎撃に動き始めた。


 シャムシ・イルの中央軍の中核は、ミーディール最強のプディニ部族の騎兵部隊二千である。それに加え、アッシュール人の長槍隊三千は精鋭だ。残りの一万はブザ部族の盾兵、槍兵、弓兵である。


 先頭を進む銀盾隊(アルギュラスピテス)と接触したのは、ブザ部族の盾兵である。お互い前列の盾の後ろから槍をねじ込み、拮抗した戦いを繰り広げる。


太陽神(ハルウェル)豊穣の女神(アセト)の御名にかけて!」


 戦場に天上の竪琴のような声が響き渡る。


「偉大なる知恵の神にして遊牧者の主(ジェフティ)にかけて!」


 その声とともに、銀盾隊(アルギュラスピテス)が一層奮起する。敬愛する世界一美しい女王フィロパトルに、自らの勇戦をお見せする好機なのだ。


 密集隊列(ファランクス)に押されたシャムシ・イルは、ブディニ騎兵二千騎を解き放った。銀盾隊(アルギュラスピテス)の右に付いていた重装騎兵(ヘタイロイ)五百騎が、すぐに迎撃に動き始める。


 プディニ部族はイシュクザーヤとの混血で、戦い方もイシュクザーヤのそれに近い。対して重装騎兵(ヘタイロイ)は、サルマートの流儀に倣っている。軽快に動き回り、騎射を加えた後剣で接近戦を挑んできたブディニ騎兵に対し、重装騎兵(ヘタイロイ)の騎士たちは鎧袖一触でこれを撃ち落とした。


 これでも、ブディニ騎兵はミーディールでは最強の騎兵部隊である。無論イルシュ騎馬隊を除いてであるが、それでも幾多の敵に対して遅れをとったことはない。だが、ケメトの重装騎兵(ヘタイロイ)は、その最強の誇りもろともあっさりとプディニ部族の騎兵を蹂躙した。ヘレーン人の騎士たちは、幼少時から専門に戦闘のみを学ばされる。騎乗戦闘の専門家集団であり、しかもそれは個人戦闘だけでなく軍隊としての動きも鍛えられているのだ。装備の質の違いも大きく、窮地に立たされたブディニ騎兵は懸命に逃げ惑う。


 と、そこにアムル騎兵の掃討を部下に任せたアルシャクが、二千のパルニ騎兵とともに回り込んできた。


「ケメトの重装騎兵(ヘタイロイ)は、一人一人が貴族階級の名のある者たちだ。誰を討ち取っても手柄になる。撃て!」


 厚い装甲をも貫くパルタヴァの矢が一斉に重装騎兵(ヘタイロイ)に降り注ぐ。重装騎兵(ヘタイロイ)の指揮官は、女王の弟アウレテスである。フィロパトルに似て絶世の美男子であり、黄金と宝石を散りばめた兜の下の青い瞳を新たな敵に向けた。


 盾や槍で矢を振り払うと、アウレテスは部下を率いてパルニ騎兵の殲滅に向かった。だが、追いかけるとパルニ騎兵は距離を取り、離れていく。離れながらも身を捻って矢を射てくるのが煩わしい。アウレテスは苛立ちながら追撃した。


 アルシャクが剣を振ると、パルニ騎兵は翼を開くように横に広がった。アウレテスが気付いたときには、すでに重装騎兵(ヘタイロイ)はパルニ騎兵の半包囲の陣形の中に取り込められている。変幻自在の陣形の変化とその機動力にアウレテスは目を見張った。重装騎兵(ヘタイロイ)では、ここまで滑らかに陣形を変化はさせられない。


「さらばだ、ケメトの鈍亀よ。パルタヴァが最強だと思い知りながら逝け」


 二千のパルニ騎兵が、半包囲の陣形から一斉に矢を放った。強烈な矢の集中斉射を浴び、さすがの重装騎兵(ヘタイロイ)も次々と落馬した。


 アウレテスは自身も肩に矢を受けたが、負傷を押してこの陣形からの脱出を図った。左に進路を転換し、一気に包囲を突き破ろうとする。


 だが、パルニ騎兵はアウレテスの進路の変更に合わせて動き、逃げるのを許さなかった。再度の斉射が放たれ、重装騎兵(ヘタイロイ)は大きく数を減らす。


「コスタス! ハリラオス! くそ、剣を取っては無双の騎士が、こんなところで!」


 三本の矢を受けたアウレテスが、部下の惨状に嘆きの声を上げる。その声に被せるように、更に三回目の斉射が放たれる。


 三回目の斉射が終わったとき、すでにアウレテスの姿は馬上にはなかった。

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