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紅星伝  作者: 島津恭介
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第十一章 マラカンドの戦い -8-

 ミヒラクラの重装槍騎兵の突撃は、正面からオルドヴァイの千騎を断ち割った。さすがに装備が違うので、正面からの衝突はミヒラクラの部隊の方が分がいい。オルドヴァイは交差した後に分断された残りの半分と連携し、ミヒラクラを左右から絞り上げようとしたが、想像以上に重装槍騎兵の突進が重く、弾き返される。


 交差した一瞬でミヒラクラの槍を受け止めたオルドヴァイは、その重さに手を痺れさせていた。槍の技倆では余人に負けぬと密かに自負している彼にとって、それは屈辱的なことであった。


 分断された半数が包囲されかけている。オルドヴァイの突撃で何とか穴を開けて脱出させるが、かなりの痛撃を被っていた。さすがにヘテルの最精鋭。力尽くなら負けぬと思っていたオルドヴァイの鼻っ柱をへし折ってくれる。


 合流を果たしたところに、シャタハートとハシュヤールが軽騎兵千五百を敗走させるのが見えた。シャタハートとハシュヤールは、左右後方からミヒラクラを押し包みにかかっている。オルドヴァイは慌ててタイミングを合わせた。さすがにあの二人の機動は速い。


 ミヒラクラは包囲を逃れようとしたが、重装備ゆえに騎馬の足は軽騎兵より遅い。シャタハートとハシュヤールの捕捉からは逃れられなかった。


 弾丸と矢を雨のように食らい、重装槍騎兵の後部が食われる。それでも、ミヒラクラはオルドヴァイの包囲を食い破り、安全圏に脱出して態勢を立て直した。そこに、再編したトラマーナの軽装弓騎兵が合流し、ミヒラクラも一息つく。


「な、手強いだろ」

「癪だが兄貴の言う通りだな」


 速度で負ける以上、トラマーナのサポートは有り難い。七百騎ほどに減った重装槍騎兵が、トラマーナの八百騎を従えつつ再度オルドヴァイに突きかかる。オルドヴァイは柔軟にに交代しつつミヒラクラをシャタハートとハシュヤールの十字砲火の射線上に引き込んだ。


 星の閃光ターラー・ラフシャーンと騎射の集中射撃を受け、先頭を駆ける主力の重装槍騎兵がごっそりと落馬した。ミヒラクラ自身も体に何本も矢を受け、憤怒の表情で歯噛みをする。慌てたトラマーナがミヒラクラを救おうと突っ込んでくるが、それを読んだシャタハートとハシュヤールは、オルドヴァイに重装槍騎兵の掃討を任せることで、今度はトラマーナを十字射撃の中に取り込むことに成功する。


 全身に星の閃光ターラー・ラフシャーンの弾丸と騎射の矢を食らったトラマーナは、ぎょろりと目を剥いた後に血を吐いて大地に落ちた。





 ヒシャームの二千五百騎が丘陵を駆け上がろうとしたところに、シェンギラは上からの逆落としを仕掛けた。


 重力を味方につけた二千余騎の奔流には抗し切れず、ヒシャームも左斜めに逸れざるを得なくなる。右に付けていたシアヴァシュの大隊が割られ、分断されたが、ヒシャームはそのままシェンギラの後方に回り込むべく駆け抜けた。シアヴァシュはシャタハートの副官を勤めていた男だ。地味だがこういうときの連携は巧い。ヒシャームの動きに合わせて逆側を駆け抜けている。


 ヒシャームの後部の騎兵に損害を与えたシェンギラは、駆け降りたところで回頭する。そのまま、分断したシアヴァシュの後方に食い付き、これから殲滅せんと図る。


 だが、回頭したところに、数百ほどの騎馬に横撃を加えられ、その速度が鈍った。


 シェンギラに打撃を与えたのは、月の民(マーハ)太守(ナワーブ)たちの部隊であった。数百ほどの部隊であるので、打撃自体は大したことはない。だが、追撃速度が鈍ったことで、ヒシャームとシアヴァシュがシェンギラの後尾に追い付き、食らい付く。僅かなタイミングの遅れで、シェンギラは優位をひっくり返され追い詰められた。


「愚か」


 上空に浮かぶシャレゼルは、シェンギラの一瞬の遅滞に舌打ちする。判断を誤るのは若さが出たと見てもいいが、敵の実力を考えればその僅かな綻びが死を招きかねない。逆にそこしかない機で月の民(マーハ)に突っ込ませたミーラーンの老練な戦術眼は、さすがとしか言い様がない。


「出でよ、闇より生まれし影の王(シャル・ツィリ)どもよ」


 神の門(バーブ・イル)ではアガデ帝国の言語が使用されており、シャレゼルはそのアガデの言葉で幽鬼の王を召喚した。追い立てられるシェンギラの足下の影から、瘴気とともに暗黒の王たちが出現する。全身が漆黒の甲冑に包まれ、双眸だけは血のように紅く輝いていた。


 突然現れた四騎の影の王(シャル・ツィリ)に、シェンギラの馬は恐怖に棹立ちになる。シェンギラも危うく振り落とされそうになるが、辛うじて馬上に踏み留まった。


「な、なんだこやつらは」


 おぞましい瘴気を発しながら槍と盾を構える影の王(シャル・ツィリ)たちを見て、シェンギラは兵の指揮も忘れて叫んだ。


「四人のアガデの王。偉大なる世界の王シャル・キシュ・アティ神々の王(ベル)の下僕。闇の幽鬼」


 歌うようにシャレゼルが中空より声を放つ。ゆっくりと影の王(シャル・ツィリ)たちが馬を進ませた。


「シャル・キン、リムシュ、イミ、シャル・カリ」


 シャレゼルが名前を呼ぶと、影の王(シャル・ツィリ)たちは紅い目をぎらつかせてかん高い叫び声を上げた。


 突然動きを速めた暗黒の騎士たちは、軽々と槍を振るって聖王国の騎兵を吹き飛ばした。腕に覚えのあるヒシャーム直属の騎士たちを、歯牙にもかけずに蹂躙していく。


「なんだ、こいつらは!」


 黒衣を翻し、シャル・キンの槍をヒシャームが受け止めた。シャル・キンは稲妻のごとき槍捌きを見せるが、黒槍(メシキ・フムル)の力を解放したヒシャームはその突きを華麗に捌く。


 ヒシャームの大隊長であるファリードがリムシュを、シアヴァシュがイミを、副官のマーリーがシャル・カリを止めにかかる。何れも武芸ではひけをとらない猛者たちばかりであるが、影の王(シャル・ツィリ)を剣で斬り裂いても、彼らは平然と槍を返してくる。たちまち隊長たちは追い詰められた。


 采配を振るうべき指揮官が抑えられたので、ヒシャームの部下たちの動きも止まった。その場その場で敵に対処せざるを得ず、シェンギラも息を吹き返す。


 ナーヒードもこの神の門(バーブ・イル)の召喚魔術を見て、その異常さに総毛立たせた。おぞましい瘴気を吐きながら徘徊する幽霊騎士どもに味方が斬り伏せられると、ただちにロスタムとシャガードに命令を下す。


 切り札とも言うべき二人を切るには早いが、あの幽鬼は常人では相手にできない。


 同時にミーラーンも、息子のミルザに右翼に行くように指示を出す。


 シャル・カリの重い一撃がマーリーを貫いたとき、ロスタムが兵を蹴散らしながらシャル・カリに向かってきた。マーリーは鮮血を吐いて馬上で突っ伏したが、ロスタムが割って入り、何とか後方に下がることに成功する。


 ミルザとシャガードは左右からシェンギラを絞り上げ、一時的に優位を回復したシェンギラはたちまち苦境に陥った。二千余騎で四千五百騎の圧力を跳ね返せる力はシェンギラにはなく、次第に丘陵の麓に追い詰められる。


 一方、激しくシャル・キンと撃ち合っていたヒシャームは、黄金の猪(タラ・ゴラーズ)の衝撃波を撃ち込んでシャル・キンを吹き飛ばすと、漆黒の輝きを発する黒槍(メシキ・フムル)の穂先で、真っ二つにシャル・キンを斬り裂いた。


 そのときヒシャームの腕には痺れが走り、思わず黒槍(メシキ・フムル)を取り落としそうになる。強力な呪いと瘴気を斬り裂いたため、反動が襲ったのだ。黒槍(メシキ・フムル)がなければ即死だったかもしれない。


 シャル・キンは暫くたゆたっていたが、次第に影に吸い込まれるように消えていった。


 後には瘴気が漂う黒い染みだけが残った。


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