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紅星伝  作者: 島津恭介
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第十一章 マラカンドの戦い -7-

「見事な陣だ」


 払暁、マラカンドから出撃してきた聖王国軍を見て、思わずアフシュワルは呟く。攻め気のある陣形だ。鏃のような鋭さを感じさせる。


 左翼のシェンギラの二千余騎を、マラカンドの南の丘陵部に陣取らせる。その右の平野部にカドフィセスの二千騎、その右にトラマーナの千騎と流れる。


 カドフィセスの後ろにはミヒラクラの重装槍騎兵八百と軽騎兵千五百騎。更にその後ろの丘陵部にアフシュワルの三千騎を配する。


 高地に位置するシェンギラを突破部隊とし、アフシュワル自らの一撃で決めるつもりであった。だが、シェンギラに相対するのは聖王国軍最強の黒衣の騎士セヤ・レバース・アスワールの軍である。早めにミヒラクラを増援に回す必要があるかもしれない。


「ファルザームめの気配を感じるのう」


 アフシュワルの隣には、バクトラから呼び寄せたミーディール人の大祭司(ヘールバド)ハヴァフシュトラと、マート・ハルドゥ人の神官(マグ)シャレゼルの二人が控えていた。


 ハヴァフシュトラは白髭の老人で、小さく萎びているかねような肉体であったが、目だけは炯々と輝いていた。彼はアフシュワルと念話で意志を疎通することが可能であり、またシャレゼルともども鳥への変身魔術の行使ができた。


 これができるのは二人だけであったため、アフシュワルの急な呼集に対応できたのは彼らだけである。


 シャレゼルは黄金の仮面で顔を隠し、不気味に沈黙を貫いていた。マート・ハルドゥ人の彼は、雷神シャクラ、すなわち神々の王(ベル)マルドゥクを信奉する者である。西方の神の門(バーブ・イル)とカラト・シャルカトでは、すでにマルドゥクとハラフワティーの覇権を賭けた対峙が始まっていたが、この東方では対立は起きていない。


「敵の右翼、凄まじい暴風神(シャルヴァ)の力を感じるのう。シャレゼル殿、あれを抑えに行けますかな」

「アッシュールの聖なる槍。よき敵承知」


 溶けるようにシャレゼルの姿が消えていく。何度見ても気持ち悪いやつだ、とアフシュワルは思った。マート・ハルドゥ人はおかしなやつが多い。ミーディール人のように退廃的で文化人だという自尊心が高い連中も鼻持ちならないが、マート・ハルドゥ人の不気味さよりはましだ、


「さて、始まるか」


 敵中央に配されたトミュリスとヴィマタクトが進軍してくる。こちらも、カドフィセスに進めの太鼓を鳴らす。カドフィセスのカーブル騎兵は、ヘテルの中核をなす軍団だ。彼がいてなおアルダヴァーンが敗れたことには驚きを禁じ得ない。それだけ聖王国軍が強いと言うことで、アフシュワルは油断はしていなかった。


 マサゲトゥ人の騎馬隊は、個々の勇猛さや馬術の巧みさはあれど軍隊としては統率が取れてない。ヴィマタクトの傭兵部隊と似ているが、向こうはバラバラに見えて高度な個人の連携を取ってくる。その意味では、ヴィマタクトよりもトミュリスの方が与しやすい。


 カドフィセスかそう判断するのは当然であった。旧クザン王国最強の騎馬隊が、整然と纏まってマサゲトゥ人の間に突き入れる。雄叫びを上げながら剽悍なマサゲトゥ人が剣を翳して襲ってくるが、カーブル騎兵の騎列に近付くだけで弾き飛ばされている。あの集団には、集団で立ち向かわないととても対抗できない。


 カドフィセスはマサゲトゥの軍団を突き抜けると、旋回してその尻に食い付こうとした。だが、その鼻っ柱にヴィマタクトの傭兵部隊が噛み付き、勢いを減殺させられる。そこに態勢を整えたトミュリスが逆撃し、カーブル騎兵の突入を防ぐ。


「なるほど、カドフィセスの力をよく知っている布陣だ」


 思わずアフシュワルも唸った。トミュリスもヴィマタクトも、単体ではカドフィセスのカーブル騎兵に蹂躙されているはずである。だが、連携されると些か手強い。ことに、ヴィマタクトの傭兵部隊の方が、補助の役割が巧い。トミュリスを狙ってくると読んでの配置なら、ナーヒードの戦術眼はかなりの域に達していると言える。


「両翼も動き出したぞ、王よ」


 クザン王国に代わる王権は、この大祭司(ヘールバド)が授与してくれた。それだけに、アフシュワルはハヴァフシュトラの無礼な物言いにも耐えていた。利用できる間は利用するしかない。


「ナーヒードの切り札二枚、果たしてどの程度か……」


 楽しむようにアフシュワルが語ったのを、ハヴァフシュトラの叫びが打ち消した。


「まずい、なんだあのシリウス(ティシュタル)の力の集まりは!」


 敵左翼の先頭の白い騎士から、異様なほどのシリウス(ティシュタル)の力を感知する。その力に呼び寄せられるように味方の右翼の上空に小さな隕石が出現し、落下を始めた。


 ハヴァフシュトラは(カボータル)に姿を変えると、落下する隕石の下に飛び込んだ。


神水の水鏡サーラー・アーブ・アイネフ!」


 ハラフワティーも使った神の防壁がハヴァフシュトラの上に張られた。隕石が水鏡に弾かれ、逆に聖王国軍の左翼に向かって墜ちる。白騎士は慌ててシリウス(ティシュタル)の力を消し、隕石を戻した。


「今どき、天空神(ディヤウシュ・ピトリ)の加護を持つ男なぞ珍しいものよの」

「東方拝火教団の者か」


 さすがにファルザームが警戒を呼び掛けただけのことはある。星墜(シャハーブ・サング)を弾き返してくるとは思っていなかった。だが、こいつの相手は自分ではない、とシャタハートは思った。


 天空から、太陽を背景にして(シャヒーン)が急降下してきた。その爪が(カボータル)に向かって繰り出される。ハヴァフシュトラは急旋回してかわし、ぎゃーぎゃーと喚いた。


「ファルザームめ、相変わらずこすいやつじゃ!」

「三神合一をなかったことにしおって! 前々からおぬしの神の放逸さには我慢がならなかったのじゃ!」


 上空で(シャヒーン)(カボータル)の争いが始まるのを見て、シャタハートは麾下の騎兵を動かした。


 トラマーナの軽装弓騎兵が千騎に対して、シャタハートの騎馬隊は二千五百騎。まずは、弓を持たせたハシュヤールの千騎と騎射の撃ち合いをさせる。騎射の練度ではトラマーナの軽装弓騎兵の方が一枚上手であるが、ハシュヤールは矢を射るよりもトラマーナの動きを誘導するように動き、オルドヴァイの槍騎兵が待ち受ける死地に飛び込ませた。


 オルドヴァイの突撃を受け、トラマーナは弓から剣への持ち換えもできず蹂躙された。一方的に突きまくられたトラマーナは、百騎を超える損害を出した。更にハシュヤールに半包囲の態勢を作られ、集中射撃を食らうともう持ちこたえられない。


 後尾をしたたかに討たれつつ、必死にトラマーナは後退した。そこに、ミヒラクラの二千余騎が見かねて援軍に駆けつける。


「だらしねえな、兄貴!」

「黙れ! 意外と侮れないぞ、こいつら!」


 トラマーナを後ろに逃がし、再編の時を与えると、ミヒラクラはハシュヤールに軽装弓騎兵千五百騎、オルドヴァイに自ら率いる重装槍騎兵八百騎を向ける。


 月の民(マーハ)主体の軽装弓騎兵は千五百と数だけはいたが、指揮官が千五百を指揮するレベルに達していなかった。どこか隙のある動きをしながら、ばらばらと統率のない射撃を行う。ハシュヤールが引っ掻き回すように誘導すると、付いてきた千五百騎は、横からシャタハートの星の閃光ターラー・ラフシャーンと騎射の猛撃を食らう。


 統率の取れぬ千五百騎が潰走するには、それで十分であった。

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