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紅星伝  作者: 島津恭介
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第十一章 マラカンドの戦い -4-

 再びヘテルの軍団が前進を始めてきた。


 旧月の民(マーハ)の兵を二つに分け、それぞれシェンギラとミヒラクラの指揮下に組み込んだ。二千数百の軍団が二つできたことになる。


 野戦ならその連携は荒く突くべき弱点もはっきり見えるのだが、単調な攻城戦では数はそのまま力になる。押し寄せる丸太、浴びせられる矢の雨にクシャニアの射手たちは次第に抵抗の手段を奪われ始める。


(オグサーブ)! 右四十五度距離五十ザル(約五十メートル)の丸太、てえー!」


 アナスもひっきりなしに指示をし、爆炎(インフィガール)を矢にこめ、合間に自分も爆炎(インフィガール)の矢を放つ。矢と爆炎の中を、次々と敵兵は進軍してきた。すでに何本も丸太を撃ち込まれた城門は、変形し歪な形になっている。


 地面に仕掛けた三つの巨大な爆炎(インフィガール)の罠も、全て使い切った。ヘテルの損害もかなりの規模になっているはずだ。しかし、押し寄せる敵の波に衰えは見えない。アフシュワルの統率力の高さが感じられる。


 アナスの部下の疲労も限界に近かった。


 体力のない老人や少年の矢の精度はかなり落ちており、(ハヴァーシル)班の矢では目標を捉えきれなくなってきた。多少逸れても爆風で何とかなってはいるが、連射速度も低下しており、次第に押され始めているのがわかる。


(ハヴァーシル)、正面中央距離七十、射て!」


 だが、アナスの号令に老人はついてこれなかった。慌てた老人は不要な力を込め、弦を切ってしまったのだ。


 アナスは咄嗟に自ら矢を放つと、老人と少年に後方に下がるように命じた。反論しようとする二人に、追い打ちをかけて口を封じる。


「休息は十分だけよ。その間に息を整えなさい」


 空威張りの男の精度は低いが、疲労した老人よりましであった。アナスは男を(ハヴァーシル)班の射手(カマーンギール)に昇格させると、再び指示を始める。


 だが、爆炎(インフィガール)の矢が半減したのは攻めるヘテルの騎兵にもわかったのであろう。彼らは一層いきり立って城門に殺到した。


 何度目かの丸太が城門に抜け、激しく撃ち込まれた。すでに歪んで崩壊寸前だった城門は、その一撃には耐え切れなかった。衝撃で門は吹き飛び、ついに隙間が空いた。


「門が!」


 休息していた少年が恐怖にかられて叫んだ。アナスは咄嗟に門を抜けてくる騎兵に向けて矢を射込むと、爆炎(インフィガール)で吹き飛ばした。


「貴方たちは元の隊に戻りなさい」


 アナスはそれだけ言い捨てると、城壁から飛び降りた。炎翼(パレ・アーテシュ)か広がり、重力がないかの如くふわりと地上に舞い降りる。


 地上はまだ爆炎(インフィガール)の炎と煙と砂塵で視界が塞がれていた。アナスは神焔の領域フシャスラ・エ・アーテシュを展開すると、吹き飛ばされた門を乗り越え、南門の前に立ちはだかった。


 目の前に騎兵が殺到してきていた。が、神焔の領域フシャスラ・エ・アーテシュに足を踏み入れると同時に、青い炎を発して蒸発していく。


 煙が晴れ、視界が戻る頃には、すでに百騎ほどの騎兵が神焔の領域フシャスラ・エ・アーテシュの前に消し去られていた。


 様子がおかしいことに、城壁の上のクシャニア兵も、城壁の下のヘテル兵も気付き始めた。


 城門が破られ、騎兵が城内に殺到したはずである。だが、ヘテルの騎兵は誰一人城内に入っていない。困惑に包まれるクシャニア兵たちの耳朶を、アナスの叫びが打った。


「うつむくな、クシャニアの勇士たちよ!」


 弓を捨て、双剣を抜き放ったアナスは、とりあえず脳の負担の大きい神焔の領域フシャスラ・エ・アーテシュを解く。


「城門の守りはこのイルシュのアナスが引き受ける! 安心して戦闘を継続されよ!」


 たった一人で城門の前に立ったアナスを見て、クシャニアの射手たちは何とか自分を奮い立たせた。疲労はすでに限界に達し、交替要員もいない。どこかに負傷している者が半数近くにのぼる。そのような状況でも、アナスは凜として崩れなかった。真紅の翼を広げるとアナスは、まさに赤き御使いフェレシュテ・エ・ソルフの異名に相応しかった。


「あれが火の悪魔(イブリース)ってやつか」


 城門が開いたので、重装槍騎兵を率いて前線に出てきたミヒラクラが呟いた。アフシュワルやシェンギラからは、アナスが出てきたら物量で押し潰せと言われている。だが、重装槍騎兵を率い、自身の武力にも自信があるミヒラクラは、一人城門に立つアナスを放置するわけにはいかなかった。


「おらあっ、行けやあ貴様ら! あのガキの首を取ってきたやつは即百人隊長にしてやるぞ!」


 重装槍騎兵の目の色が変わる。彼らは咆哮を上げると、駆け足から疾駆に移り、城門の前の小さな少女へと向かった。


「北方の蛮族、ハザールの北で大人しくしていれば死なずにすんだものを」


 三騎の騎兵が槍を揃えて殺到してくる。眼前に迫る長大な槍に、しかしアナスは顔色ひとつ変えなかった。


「死ねやあああ!」

「ガキがあっ!」


 槍を構えた騎兵が地響きを立てて駆け抜ける。クシャニアの射手たちは、その槍先に少女が貫かれる姿を想像し、目を背けた。だが、騎馬が駆け抜けた後も少女は同じ位置で平然と佇んでいた。


 どさりと三騎の騎兵が馬から落ちた。


 その体には首が付いておらず、鮮血が噴水のように噴き出していた。


「蛮族ども、おまえらは神と剣をかわしたことはあるか?」


 悠然とアナスは炎翼(パレ・アーテシュ)を羽ばたかせた。その真紅の双眸が蠱惑的に輝き、疾駆する重装槍騎兵を射抜いた。


「神の剣は瞬きよりも速い。その蝸牛のような突きで、この神を屠る者アードレセ・カータラ・ホダーラーに通じると思ったか」


 アナスはほとんど動いているように見えなかった。だが、彼女に向かった重装槍騎兵は、悉く首を刎ねられ、城門前に屍体を積み上げた。


「ありゃあ、本物の化物だ」


 さすがのミヒラクラも、重装備をものともせず、剣のみで三十人以上の騎兵の首を刎ね続けるアナスを見て息を呑んだ。


「三十ザル(約三十メートル)以上のでかさの竜の首を吹き飛ばしたってのは、出鱈目じゃないみてえだな」


 だが、いかにアナスが超人と言えど、その体力は無限ではあるまい。すでに半日戦い続け、爆炎(インフィガール)でかなりの意力マナスを使っている。神焔の領域フシャスラ・エ・アーテシュで百人以上焼き殺し、いまも神速(ホダー・トンド)を断続的に使用しているのだ。


 アナスの息は荒く、額には汗が吹き出ていた。それを見たミヒラクラは、父親の炯眼を思い知らされる。


「なるほどなあ、どんな化物でも、やっぱり人間ってわけだ。おら、てめえら、どんどん行け! あの小娘を休ませるな!」


 重装槍騎兵の攻撃は更に苛烈を極めた。アナスはできるだけ力を抑えるため、攻撃の瞬間のみ神速(ホダー・トンド)を発動していたが、それでも脳への負荷はかなりきつかった。小一時間の戦闘で、アナスが討ち取った重装槍騎兵の数は百五十を数えたが、それだけに疲労の蓄積も激しかった。


 アナスは肩で息をし始めていた。神速(ホダー・トンド)の連続使用で思考力も低下し、次第にその速度が衰え始める。ミヒラクラは獰猛な笑みを浮かべた。


「苦しそうだなあ、神殺し。御自慢の剣速も随分と遅くなったじゃねえか。いまのてめえの速度なら……」


 ミヒラクラが馬を駆り、槍をアナスに叩きつける。アナスは咄嗟に上空に逃れた。


「なあ、おれにも見えるぜ」

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