第十章 ヘテルの覇王 -6-
オルドヴァイが相手にしたのは、べグラム侯ヴィマタクトの二千騎である。カドフィセスの指揮の下、整然と一糸乱れぬ動きをするカブール騎兵と対照的に、べグラム騎兵は統率が取れず、ひどく乱雑であった。
だが、個々の技倆は恐ろしく高く、時には個人同士で阿吽の連携をこなし、オルドヴァイに動きを掴ませない。ばらばらに動いているはずなのに、何故かその動きは生きているのだ。
オルドヴァイにとっては、やりにくい相手であった。槍を取っては無双の猛将であるが、兵の采配は堅実なオルドヴァイである。その動かし方はハシュヤールよりも時に鈍重であり、華麗な才知の煌めきは見られない。
だが、一撃の破壊力は、オルドヴァイの方が上であった。ハシュヤールが鋭利な剣であるとすれば、オルドヴァイは重い斧である。堅く纏まった陣も、オルドヴァイの突撃の前では豆腐同然である。
しかし、この敵は塊ではなく、無数の個によって形成されていた。オルドヴァイが幾ら力を入れて振り回しても、塊がないのですり抜けられてしまう。
「纏まってぶつかるんじゃなく、網を作って囲い込んで下さい、オルドヴァイ大隊長!」
押されるオルドヴァイを見かねたか、親衛隊から、シャガードの二百五十騎が派遣されて来る。
「ナーヒード陛下のご指示です! ばらばらに見えても、指示を出している十人単位の隊長がいる! それを片端から潰していけ、と!」
今までは、一撃で軍の指揮官を潰す戦いを得意としてきたオルドヴァイである。だが、今回は戦い方を変えねばならない。ナーヒードは素早く見抜き、かつての部下に適切な指示を下した。
オルドヴァイは錐形に構えた陣形を変え、翼を広げた。シャガードが追い込んでくる兵を、できるだけ囲んで殲滅する。同時にその包囲のさらに外から攻撃されるので、それにも耐えねばならない。
それにしても、この敵は人種も装備もばらばらであった。
革鎧に長槍を携えたヘレーンの騎兵の兜を叩き割る。すると、そこに十数人、褐色の肌のシンドゥ人の集団が現れた。その集団は妙に統制が取れており、後ろに控える頭布を巻いた男が指揮をしているようだ。
オルドヴァイは、先頭の男の斬撃を弾き返すと、二人の男を馬から叩き落とした。その隙を突いて横から馬ごと体当たりしてくる敵を石突きで押し返すと、隊長格の男の投げた円月輪を電光の突きで弾き返す。
「やるぞ、こいつ。いい金になりそうだ!」
この集団を率いる男は、シヴァージーと言うシンドゥ人の傭兵である。シンドゥ人は、ミタン王国を建国したアールヤーン系ミタン人の前にいた先住民である。ミタン人の侵入とともに南へと追いやられ、いまはチャールキアと言う王国に纏まっていた。
無論、南へと行かなかったシンドゥ人もおり、ミタン人に奴隷にされたり、放浪を余儀なくされる者もいた。この一団は、ミタンで犯罪を犯して逃亡した男たちを、シヴァージーが取りまとめてべグラム侯に雇わせた謂わばシヴァージー傭兵団である。
喚声を上げて同時に三人が斬り込んできた。手練の三連突きでその三人の胸甲を突くと、オルドヴァイはその背後から飛んできた円月輪をすかさず石突きで絡めとった。
そこに、付近の敵兵を片付けた味方の兵が雪崩込んできた。シヴァージーは、舌打ちして退却していく。オルドヴァイは槍を振り回しながら追ったが、シンドゥ人たちは味方の中に駆け去った。
この場を支えていたシンドゥ人たちが去ったことで一時的に戦力の空白が生じ、オルドヴァイたちは押し込んだ。孤立した傭兵たちを次々と討ち取ると、業を煮やしたか大剣を引っ提げたべグラム侯が前線に出てきた。
べグラム侯爵ヴィマタクトは、四人の腕利きの傭兵を引き連れていた。サカ人のマウエス、ヘレーン人のニカノル、バーディヤ人のカーディル、ミタン人のラズィヤーである。
マウエスが駆けながら連続して矢を射てくる。オルドヴァイは槍を回して矢を弾くが、ニカノルの長槍が横から割り込んでくる。かつて西方から大陸を制覇したヘレーン人の軍団の一翼を担った近衛騎兵の末裔であろう。薄汚れた青銅の兜と、革製の胸甲と籠手を身に付けていた。
ニカノルの長槍の腕は相当なもので、その突きの鋭さにオルドヴァイも捌くのに手一杯になる。そこに、奇声を上げながらカーディルが三日月刀を撃ち込んできた。バーディヤ人の斬撃はほとんど防御を考えない激しいものである。オルドヴァイも捌き切れず、脇腹と左肩を斬られる。だが、同時にオルドヴァイの槍がカーディルの胸板を貫いた。
「第一の円輪!」
血を吐いて落馬するカーディルの後ろから、赤い闘気を発しながらミタンの女騎兵が斬り込んでくる。六将スミトラの使った法力の秘術を前にして、さすがにオルドヴァイも驚きを隠せない。
ようやく目の前の敵兵を倒したオルドヴァイの部下がラズィヤーの前に立ち塞がるが、たちまち首を撥ねられる。だが、その一瞬で、オルドヴァイはニカノルの長槍の柄を脇に挟んで叩き折った。無表情に槍を振るっていたニカノルも目を見開いて驚く。
そこに、シャガードが兵を連れて駆け込んできた。押されていたオルドヴァイの部下たちも生き返る。マウエスが剣を抜き、ヴィマタクトに斬り掛かろうとするシャガードの前に立ち塞がった。
シャガードの剣は、細身の刺突に向いた剣である。軽さと速さが長所であるが、甲冑の前には役に立たない。だが、傭兵たちはまともな鎧を揃えている者は少なく、シャガードの剣は華麗に敵の喉を斬り裂いてきた。
その無双も、このサカ人の傭兵の前ではうまくいかなかった。シャガードの怒濤の連撃を、予想もしないダイナミックな馬の機動でマウエスはかわした。馬腹の右の滑り落ちそうような位置のままマウエスは馬を駆けさせると、下から伸び上がるようにシャガードに斬り込んでくる。
シャガードはマントを外すと、マウエスに投げ付けた。三日月刀の刃がマントを斬り裂く。
視界が戻ったとき、シャガードは予想した位置にいなかった。マウエスの瞳がシャガードを探して左右に動く。その喉に、シャガードの剣の刃が刺さっていた。
シャガードは、マウエスより低い位置にいた。手綱とバランスで馬の横に沈みながら騎乗するサカ人の技術を、シャガードも身に付けていたのである。さすがのマウエスも、おのれより低い位置から刃が来るとは予想していなかったのだ。
鮮血を撒き散らしながら、マウエスが馬から転げ落ちていった。自慢の傭兵を殺害され、ヴィマタクトは怒りに震えながら剣を構えた。
「若造が! この損害は、てめえの命で購ってやるよ!」
苛烈な斬撃がシャガードに降りかかる。ヴィマタクトの剣は刃が大きく重い。金属の鎧にもダメージを与える肉厚の大剣である。シャガードの細身の剣に当てられたら、一発で折られてしまう。だが、その分振りは大きく、シャガードは身軽にかわした。
「シャガード卿、無理はなさるな!」
女王の従兄弟を討ち取らせるわけにはいかず、オルドヴァイは焦りを覚える。だが目の前にはラズィヤーとニカノルが立ち塞がり、身動きが取れない。長槍から剣に持ち替えたニカノルの脅威度は下がったが、法力で身体を強化したラズィヤーの撃ち込みが厄介であった。
右翼の戦況も混沌とし、予断を許さない。そんな中、迂回したヒシャームがアルダヴァーンの本隊に到達しようとしていた。