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26:「2030年問題」

作者: 郡山リオ

 2030年、遠い未来のことのように思っていたのだけれど、振り返れば一瞬であった。

 小学生だった私は、高校生となり、あっという間だったと、今さらに思うのだ。よくある有名な誰かの予言のように、2030年問題とかなんとか山のように騒がれてはいたが、起こった問題も今までの問題と大差なく、訪れて過ぎ去れば溜め池の水のごとし。なんだそれ、言ったもん勝ちじゃんか、予言を言ったら言ったで、おとがめ無しとかずるいな、とかなんとか考えたところで、私は授業中の窓の外へ現実逃避するのをやめた。

 夏、ブラウス、黒板にワイシャツ……の先生。風に揺れるカーテンが私の視界を煙る。音をたてながら教室の真ん中で回る扇風機は熱風を送り、私の不満をかきたてていた。

 ああ、暑い。とにかく、暑い! 夏、夏だよ! どうしてクーラーが無いの? 教室にクーラーを入れないなら、変わりにプールの時間を増やしてくださいお願いします。と、日差しが突き当たる窓際の席から先生を見ていても、先生は私と目を合わせると、「おっ、今日はいつになく熱心だな、感心感心」と、満足そうに微笑み、「先生もみんなの熱意と夏のあつさに負けないように頑張るぞ!」と、なぞのやる気を見せ、みんなのやる気を削いでいた。

 欲しがりません、勝つまでは。じゃあ、負けていいので、欲しがってはいけませんか? 先生の熱意には負けましたから、クーラー欲しがってはいけませんか? と、私は割りと本気で思っていたのだけれど、その思いは先生には、これっぽっちも伝わっていないようだった。


 なぜ私がこんなにもクーラーを欲しがるのかというと、それは昨日のことだった。その日も学校からの帰り道は職員室、コンビニ、スーパーとクーラーのある所をはしごして、足早に家に帰る。熱いのが苦手な私は、一秒でも早く涼しさを求めていた。部屋に入り、クーラーのスイッチを入れる。冷風が出るまでの間に、窓を閉め、カーテンをし、ドアが閉まっていることも確かめてから、吹き出し口へと近づく。ああ、これこれ! この生暖かな風……手に持っているリモコンを確かめる。表示は冷房だった。急いで温度を下げるが出てくる風は温風だった。


 なんで!  壊れたの!? 私は頭を抱える。暑さとイライラで汗ばんできた。忌々しくもエアコンが温風を送り続けているので、私は優しく本体のコンセントを抜き、リモコンを丁寧にベッドの中に投げ込んだ。

 最後の手段、急いで窓を全開にする。風が私を呼んでいるのだから、仕方がない。

 全開にした窓、変わらない部屋の温度。いや、若干閉め切っていた分部屋の方が暑い。念のために、廊下の窓を開け、風を遮らないようにと部屋のドアも開けておいた。しかし、この完璧な二段三段階構えに恐れをなしたのか、外は無風。

 私は窓の向こうを見つめていた。本棚に突き刺したままだった説明書を引っぱり、携帯を取り出す。最初からこうすれば良かったのだ。サポートセンターに電話をすれば。お金なんて、……親に媚を売って這いつくばりゴマをすればどうにかなるだろう。もう、この暑さは限界だ。手段など選んではいられない!


「……お客様のおっしゃるケースですと、熱交換器系のトラブルが考えられます。実際にスタッフがお宅へ伺い、修理することになりますが、ただいまの期間お客さまからの依頼が集中して大変混雑していまして、本日から一週間後の空いた日付……」

 なぜだろう、体が震える。これは怒り? それとも、この長きに渡る戦いの幕開けに対しての武者震い? エアコン切れの禁断症状?

 私は電話中、視界を横切った鳩にイラつき、無性に撃ち落としたい衝動にかられていた。

 一通りの会話を終えた私は、通話ボタンを切り、おしとやかに女性らしく、ベッドに携帯を投げ込んだ。


 神よ、なぜ私を見捨てたのです! と、天井に手を差し出す私は、日頃なんの信仰もせず、神などの存在すらしないと思っている、責任をなすりつけるときにだけ登場する都合のいい神なのだ。だけど不思議だ。あれだけ日頃の行いが良い私になぜこんな酷い仕打ちが、……。

 ふと思い返せば、冬はぬくぬくとベッドで寝転がり、春はのびのびとベッドで伸びをする。夏はすやすやとお昼寝を繰り返し、秋はごろごろとベッドでお菓子をつまんでいた。……これだけひっそりと生きている私に、なぜこのような試練が……。私はただ平和に毎日を過ごしたいだけなのに。


 くっ、と呻く私は、致し方無いと、部屋からと出ると、この家で唯一クーラーがある部屋に行く。これだけは避けたかったが、こうなってしまっては。私はリビングのドアを開けた。ひんやりとした風が足を流れる。涙が出そうになった。そして……居た。つけっぱなしのテレビの前に座り、ビールを片手にニュースを見ている父がいた。私はテレビの前のソファーに座ると、父が振り向いた。

「おう、帰っていたのか」

「うん」

「最近、どうなんだ勉強は」

「まあまあかな」

「そうか。……そういえば進路はどうするんだ」

「まだ決めてない」

「もう、2年になったんだろ? そろそろ決めて置かないと、大変何じゃないか? それとも、就職とか専門学校とかに……」

 ……はあ。やっぱり、ここに私の心休まる場所なんて無かったんだ。

 すっと立ち上がった私は適当に会話を切り、部屋へ涙と汗を流しながら帰って行った。

 行きも地獄、帰りも地獄。学校に行っても、涼しい場所は無く、クーラーがかかっている所で一人のんびりできる所は、もうどこにも無いのではないか。生物の教科書を開きながら、ある動物の種の絶滅が書かれているのを見て、私は思った。

 2030年、これまでどうにか細々と生きながらえてきた私の種は、ここに来て絶滅の危機に瀕していた。変動する環境に、生息地として過ごしていた地域が急激に減少。もともと外部からの刺激に弱いこの種は、慣れない土地での食物連鎖に負けたり、その地の植生に適応できなかったり、変なもの食べてお腹壊したりで数が激減の一途をたどった。過酷な通学、生徒を顧みないテスト、それをくぐり抜け最後なんとか生き延びた私も、余りにも無情なこの世の仕打ちに最後まで絶えられず、最後「神は死んだ」とつぶやき、絶滅……。なんか、すこし、感動してしまった。


 数々あるニュースでの事件やこれから解決しなければならない二重三重にも重なる問題、さまざまな出来事が緻密に絡まり合う中、私は現在、自分自身のエアコン問題ですでに手一杯になっているのだった。


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