理由
「で、さ。どうして、彼女をあいしてんの? ごくふつーの子だとおもうけど」
『──喜んで、くれたんだ』
「は?」
『ぼくが吹かせたひとすじの風を、きもちいい、って言ってくれた。そのとき、空間をかのじょの喜びのエネルギーが満たしたんだよ!』
「は、あ……」
『わからない? 喜びだよ。あのすばらしいエネルギーを、ぼくに返してくれたんだ。ぼくにとって、あのいっしゅんは、永遠だから──』
とたん、わけのわからない幸福なきもちが、降ってきた。
上から押されて沈んでいるようで、上り詰めていくような、ふしぎな浮遊感。
ベースを弾いて得られる『喜び』さえ、ちっぽけにおもえる。
まるで、アンプで増幅されたエネルギーを浴びているような……
これが、真の『喜び』?
これこそが、『喜び』が返ってくる、ということなのか。
受け取り、返してくれるもののいない『喜び』の、いかにちっぽけなことか。
『感情は、肉体からしか生まれない。喜びも、かなしみも、つらさも、ぼくは、かのじょが発して初めて、知ることができたんだ』
「肉体があることが、そんなすばらしいかよ?」
『すばらしいよ! きみも、あいするものに無視され、あらゆる物質をすり抜ける経験をしたはずだ。だから、肉体を持ってそこにいる』
「────そう、だっけな?」
かなしい、とぽろぽろ泣いていた。
本当に、サヤカをあいしているのだろう。
それなのに無視されるというのがいかにかなしいか、わからなくはない。
けれど、もしかしたら、そのかなしみさえ、サヤカが発したかなしみの借りものなのかもしれない、とおもった。
自分が、サヤカのことを、どこかで知らずに泣かせていたのだろうか。
かなしませるより、自分だって、喜ばせたいとおもう。
肉体のあることの価値はいまいちわからない。
それでも、名もない風ではなく、自分は彼女に触れることができる肉体を持ち、彼女に好かれている人間として、そばにいる。
面と向き合って、『喜び』も、愛も交わせるのだ。
それはたしかに、すばらしいことなのかもしれなかった。
『みてろ……肉体を持てたなら、ぼくはかのじょを、すぐにも、かなしみや苦しみから救いに行く!』
「──あー、まぁ、……おぼえとくよ」
「え? おぼえとく?」
サヤカの声────!
そうおもった瞬間、ふっ、と首と、体自体が動いた。
あたりが、急に暗くなった気がする。
むく、と体を起こして、マサキは気がついた。
日が沈みかけている。




