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10月:……ああ、つまらない

後半戦スタートです。

放課後に初めて部活をさぼって、家から少し遠いところにある公園に足を運んでみると、公園の中はすっかり秋に満ち満ちていた。来る途中に通った道にも木々はあったけれど、公園のど真ん中にあるベンチに腰を下ろすと、紅葉に世界が覆われているような心地がする。住宅街からやや離れた場所にあるため、この公園を訪れる人はほとんど居ない。子どもや親子連れは住宅街の近くに新しくできた公園に行くし、昼間から公園に居るような暇な大人は経験上この辺りにはあまり居ないのである。

公園には、私一人だけ。鳥や虫は別に煩わしくないから、心地良く独りで居られる。

ベンチに全身を投げ出して、横になる。

はっ、ははっ、あはははははは。

ここでなら、私が私で居られるのかな。


可愛い可愛いリンがユウキと呼んで懐いて、果てには好意まで持たれてしまっている、ちょっと鈍感だけど、謙遜しながらも様々なことが器用で、部活の後輩からも慕われ、少しボーイッシュな話し方をする女子高生。

私のことをそんな風に認識している人が居るならば、みんな騙されている。

私という大嘘つきに騙されている。

リンは別に嘘つきじゃあない。あの子はただの、親に自分を良く見てもらいたくて話を盛っているような、そんな可愛い子どもに過ぎない。

だが、私は違う。私は自分が平穏に暮らすためならば、どんな嘘でもつける。他人だけでなく、自分でさえも騙すことができる。

きっかけはだいぶ前、幼稚園に通っていた頃のことだ。ある時、鏡に映る自分を見た私は、しまったな、と思った。自我が芽生えて客観的にものを観られるようになった私は、鏡に非常に美しい少女の姿を認めた。残念なことに、自惚れではない。周りの大人たちや同じ年頃の視線や言葉を思い出しながら、私は、しまったな、思ったのだ。

その上、この美しい少女は頭も良かった。運動もできた。理解が早く、教えられたことは何であれ、他の子たちよりも器用にこなしてみせた。

どうして、他の子たちは私と同じようにできないのだろう? どうして、私が容易に避けた失敗を他の子たちは避けられないのだろう?

本心から疑問に思っていたのだけれど、私は鏡を見た時に気づいてしまった。自分が優れていて、秀でていて、あまりに有能であることに。

多分、喜ぶべきところなのだろう。自分の優秀さに驕り慢心するべきところなのだろう。勝者の愉悦に浸っても良いのかもしれない。しかし、私は違った。幼いながらに、私は自分の人生に危機感を抱いていた。

なぜなら、世界は優れた人間に優しくないからだ。

後に知った諺で「出る杭は打たれる」というものがある。優れた形であれ、劣った形であれ、はみ出した者は「普通」の枠に押さえ込まれる。あるいは、「普通」の枠を守るために、グループから追放されてしまう。人間はグループの中でしか生きていけないーー一人では生きていけないというのに。

優秀な人間は初めのうちはその能力を持て囃されて、神輿の上に載せられるように特別扱いされる。そうして、浮かれていられる時間は幸せかもしれない。けれど、ふと、気づくのだ。自分の隣に誰も居なくなっていることに。自分の下に居る神輿の担ぎ手たちの、妬みのこもった視線に。そのまま、神輿の上から地べたに落とされてしまうのは目に見えている。

だから、隠さなくてはいけない。嘘をつかなくてはいけない。私は枠をはみ出た人間ではなく、「普通」の枠に納まるような、アナタたちと変わらない存在なのだ、と誤魔化さなくてはいけない。地べたに落とされて痛い思いをするくらいなら、初めから地べたを歩いていた方がよっぽど良い。よっぽど生きやすい。リスクを冒さずに、生きることができる。

私は嘘をつく才能もあったようで、決意してからの行動は全て上手くいった。嘘は、完全な絵空事よりも真実も織り交ぜた嘘の方が信じこませやすい。全く正反対の自分ではなく、半ば本性を出しながらも、本当に隠したいところは嘘で塗り固める。さらに、他人を騙すためには、まず自分からだと思って、都合の良い人格を自分自身に植えつけた。欠点や短所をわざと作り上げることで、途端に私は周囲に馴染めるようになった。

人間らしく生きていけるようになった。平穏に日々を送れるようになった。

だから、私はこれからも騙し続ける。有能で、中々感情移入ができなくて、物事を全て計算で捉えて、あまりに醜い心を持っているけれど、私は平穏で幸福に生き続けてみせる。時々哀しくなったり、虚しくなったり、寂しくなったりもするけれど、そんな自分の心すら、私は騙してみせよう。

ただ、独りの時くらいならば、一言だけならば、誰にも言えない本音を漏らしても構わないだろう。

「……ああ、つまらない」

「何がつまらないのですか?」

私は唐突に上から掛かってきた声に、身体を起こした。部活帰りでジャージ姿にエナメルバックを背負った早矢が居た。

早矢か。ユキ先輩の出番かな。



私の頭の中で疑問符が飛び交っていた。

「あっれー、はやや、どうしたの? こんな所で」

「それはこちらのセリフですよ。ユキ先輩こそどうしたのですか? なぜ、部活に来られることなく、わたしの家の近所の公園で寝転んでおられるのですか?」

ああ、ここは早矢の家の近所だったのか。可愛い後輩に恥ずかしいところを見られちゃったぜ。

「んー、何となく気分が乗らなくて、サボっちゃったんだ。ごめん、迷惑かけた?」

「いえ! そんなことは! ただ、ユキ先輩にしては珍しいことだと思って、むしろみんなで心配していましたよ。どこか具合が悪いのですか?」

「いや、ただの気まぐれだよ。でも、心配かけたようで悪かった。明日はいつも通り部活に行くから、大丈夫だ」

私はピースサインをした。……ところで、ピースサインってPなのにV字だよな。

「それならば良かったです。それで、ユキ先輩、何がつまらないのですか?」

ただの独り言にやけに食いついてくる後輩だ。何の意味もないのに。

「別に。何かがつまらないんじゃなくて、ただ何となく出てきた言葉がつまらないってだけで、意味はないよ。何もない」

けれど、ピンと来ないようで、はややは眉と眉の間に皺を寄せていた。

「そうなのですか。わたしはてっきり、ユキ先輩の本音だと思ったのですが……」

「本音?」

何を言ってるんだ、この娘は?

のんきな私との温度差があるようで、はややは真剣な眼差しをこちらに向けてくる。

「ユキ先輩はとてもお優しい方です。わたしのような後輩の面倒も見てくださって、とても尊敬しています。ですが、わたしはずっと違和感を持っていました」

「違和感って、……なに?」

「言い表すのが難しいですが……」

「なら、言わなくていーんじゃない?」

「作られたキャラクターであるように感じるのです。本性を意図的に隠して、良い人を演じているような……」

私は目を丸くした。青天の霹靂とはこのことか?

「あはは、ズバズバ言うなあ。はややの物怖じせずに、言うべきことをはっきり言う性格は好きだよ。ただ、ちょっと大袈裟過ぎるんじゃないか」

私は、やれやれ、と肩をすくめる。

「人は誰しもキャラクターを演じるものだろう。時と場合に応じたキャラクターが、みんな必要なのさ。『空気を読む』ってやつだね。はややだって、例えば、私が相手の時と親が相手の時とでは、自分の見せ方が違うだろう?」

「確かに、そうですね」

「でも、それは決して自分のことを偽っているんじゃなくて、見せる側面が違うだけ。だから、私もはややたち相手に立派な先輩であるように見栄を張ってるだけだよ。それ以外にはない」

ましてや、私が嘘つきであるわけがないじゃないか。

はややはあまり納得してはいないようだが、反論もできないようだ。少し、言い籠め過ぎてしまったかな。後輩相手に悪いことをした。

そろそろ帰るか。私はそのままベンチから立ち上がる。お腹も空いたし、そろそろ帰ろう。

突っ立ったままのはややの頭に、私は手をポンポンと置いた。

「ま、とにかく心配かけたようで悪かったよ。私は元気だ。健康体のユキ先輩だ。私はそろそろ帰るよ」

そう言い残して帰ろうとしたのだけれど。



魔が差したのだろう、私は早矢の耳元に顔を近づけて囁いた。

「憶測で、人の心に土足で踏み入るんじゃねーよ。良い迷惑だ」

すぐ近くにある早矢の横顔が凍り付いていた。



何だかはややの顔色が悪いようだが、きっと大丈夫だろう。それよりも、とにかく早く帰りたい気分だ。真っ直ぐお家に帰ろう。私は大股で歩き、公園を出て帰路につく。

今日もとても平穏な日だった。



……ああ、つまらない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても深いお話でした、、!!! なかなか題材に上がるテーマではないからこそ、刺さる人にはより深く刺さるお話なのではないかな、と感じました。 そして人は、見えている面が全てではないと深く理解…
2020/09/30 18:34 退会済み
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