理不尽な世界の大空に夢を見る
この世界は理不尽だ。
人は平等だと言うけれど、神から与えられる才能は必ずと言っていいほどバラバラで、不平等である。
運動が出来る者。
勉強が出来る者。
人に好かれる者。
その全ては神から与えられ、それを伸ばし、天才と呼ばれ、もてはやされる。
天才は努力が実ったとか才能がなくても頑張れば誰でも上手くなれるとか言うけれど――。
――努力しても、頑張っても、報われない者だっている。
それが例え、“才能”という不平等な存在以外が原因でもだ。
天才は確かに、才能を持っている。これだけでも最高に運がいいと言えるだろう。
でも、天才は知らない。その才能を見つけることが出来た幸運を。
その才能を伸ばすことが出来る環境に産まれた幸運を。
誰にも邪魔されずに天才と呼ばれるほど地位を高めることが出来た幸運を。
天才は知らない。
現実を突き付けられ、才能を弄び、ただ凡人と呼ばれている人がいることを。
それに気付いても天才は慰めてはならない。
慰められたら凡人はただ、惨めになるだけだから。
「……はぁ」
僕はベッドに横になりながらチラッとテレビを見た。
『ですよねー!』
そこで今、人気のアイドルがマイク片手に愛想笑いを振り撒いていた。
「……」
そんな彼女を見ながら僕は思う。
この人は本当にアイドルになりたかったのだろうか?
本当に今、幸せなのだろうか?
強がってはいないのだろうか?
『えー? 違いますよ!!』
弄られて否定するアイドル。
「……はぁ」
僕はため息を吐く。そして、カーテンから覗く夕日が鬱陶しかったのでカーテンを閉めた。僕の心の扉のように。
「……」
「……」
暇な日々が続いていたある日、僕はあまりにも現実味のない現実に戸惑っていた。
「え、えっと……まずは自己紹介からかな? 私は、横倉 七美って言うの」
「うん、知ってる……」
「あ、ありがと……」
「……」
「……」
耐えられない空気の中、僕と彼女は沈黙を守り続ける。というよりも、どうしていいのかわからないのだ。
「……あの」
「は、はい!」
声をかけると横倉さんは肩を震わせて返事をする。
「……どうして、こんなところにいるの?」
「それは、お仕事というか……」
言いにくそうに横倉さん。
「……はぁ」
俯いている彼女を見て僕は直感的に理解する。
世界ってのはとことん、僕のことが嫌いらしい。だって――。
――『今人気のアイドルと1日、過ごす』などという一般人にとって耐えられない試練を与えるのだから。
ことの始まりは1時間ほど前に遡る。
「おい! 聞いたか?」
隣の吉田が嬉しそうに声をかけて来た。
「何を?」
「ここにあの横倉 七美が来るんだってよ!」
「……アイドルの?」
「ああ! いやぁ、俺、生きててよかったよぉ!」
本当に嬉しいのか、吉田は涙を流しながら何度も頷いている。
「そっか。よかったね」
「お前は嬉しくないのかよ!」
「別に、ここに来るからって必ずしも会えるってわけじゃないし。ましてや、その噂事態、嘘かもしれない」
「本当にひねくれた奴だなぁ……」
吉田は苦笑いを浮かべながらため息を吐く。
「すみませーん!」
その時、扉の方から女の子の声が聞こえた。
「あ、あああああ!?」
そちらを見た吉田は目を丸くして奇声を上げる。
「今日一日、ここでお世話になります。横倉 七美です! よろしくお願いしますね!」
そこには丁度、話に出て来たアイドルの横倉 七美がいた。
(噂、本当だったんだ)
正直、そこまで興味がなかったので軽く頭を下げるだけで僕は手に持っていたゲームに視線を戻した。
「よ、よよよよ! よろしくお願いします!!」
「はい、よろしくお願いします!」
吉田は異常なまでに緊張しているようで、バグっていた。それでも、横倉 七美は普通に返事をする。慣れているのだろう。
「七美、次行くよ」
「あ、はーい!」
どうやら、マネージャーさんもいたようで横倉 七美はすぐに部屋を出て行ってしまった。
「お、俺……もう死んでもいいかも」
部屋に静寂が戻った束の間、隣からため息交じりの呟きが聞こえる。
「洒落にならないこと、言わないでよ」
「あ、わりぃ」
彼の謝罪を聞いた後、僕はゲームの電源を消して目を瞑った。
「……おい?」
「……」
「何だ、寝たのかよ」
吉田は僕が寝たと勘違いしたようで、話しかけて来なくなった。
(……はぁ)
心の中で溜息を吐く。
目の前に夢を叶えた少女がいたのだ。憂鬱にもなる。
僕の夢はもう、潰えたのだから。叶うことがないのだから。
彼女を見ているだけで、吐き気がする。喪失感で心が抉れる。罪悪感で目の前が真っ暗になる。
だから、現実を見ないために寝よう。そして、夢を見るのだ。
こっちの夢はきっと、人に平等だから。
「……ん」
「あ、目が覚めた?」
目を覚ますと目の前に先生がいた。
「先生?」
「おはよう。あの、突然なんだけどお願い事があるの」
先生は少しだけ困ったような表情を浮かべ、“別室に移動して欲しい”とお願いして来た。
「でも、授業は?」
テストが近いので授業は受けたい。時計をチラリと見ると授業開始まで20分もなかった。
「ああ、それは大丈夫。特別にその別室でやるから」
「はぁ……」
どうして、別室に移動する必要があるのか全くわからなかったが、先生の指示に従おう。僕は頷いて勉強道具を持ってその場を後にした。
そして、冒頭へ戻る。
「つまり……横倉さんが今日一日、僕の先生になってくれるってこと?」
「そう、みたい。本格的なお仕事はさすがに無理だから一対一で出来るような仕事をお願いしたの」
どうやら、横倉さんはよく芸能人がやっている『一日お仕事体験!』みたいな仕事をしているようだ。
「でも、どうして僕なの? 普通、女の子の方がいいと思うんだけど……」
「さっき挨拶まわりしたでしょ? その時に私に興味がなさそうな人を選んだんだって。私のファンだとお仕事どころじゃないから」
苦笑気味に教えてくれる。
「そっか……」
しかし、横倉さんの言い方だとまるで、僕が横倉さんのことが嫌いみたいだ。
(興味がないだけなのに)
「えっと、授業をやるって話だけど……私でも大丈夫かな?」
僕が納得したと表情から読み取ってくれたらしく、横倉さんは不安そうに聞いて来た。
「大丈夫だよ。今日は高校1年生の教科だから」
「え? そうなの? なら、大丈夫そう!」
確か、横倉さんは高校3年生だったはずだ。受験するのかしないのか知らないが、1年生の勉強で躓くことはないと思う。多分。
「それじゃ、よろしくお願いします。横倉先生」
「せ、先生だなんて……なんか、照れちゃうなぁ!」
本当に照れているようだ。そんな横倉さんを無視して僕はシャープペンシルを持って事前に用意されていた課題に取りかかった。
「……横倉先生、そこx=3だよ」
「え? ホント!?」
「ほら、ここの掛け算が間違ってる。そのせいでここに代入する数値がずれたからxが違うんだよ」
「えっと……あ、本当だ。いやー、失敗失敗」
「何回、そんな失敗すればいいんだよ」
僕の指摘に横倉さんはうめき声を漏らす。
「だ、だって……高校1年生の単元って言ってもこんな応用問題、解いたことないもん」
「……これ、教科書の例題だよ」
「嘘ッ!? たった2年でこんなに難しくなったの!?」
「いや、横倉さんが使ってた教科書と同じ物だから」
結論から言うと横倉さんはとてもバカだった。
「ゴメンね……まさか、ここまで出来ないとは思わなかったよ」
「まぁ、横倉さんが高校1年生の時、すごく忙しそうだったからね」
確か、デビューしてから5年目だったからその記念イベントが多かったような気がする。
「知ってるの!?」
しかし、僕のフォローがそこまで意外だったのか横倉さんは目を丸くして叫んだ。
「う、うん……」
「い、いやぁ……私に興味がなかった君がそんなことを知ってるとは思わなかったよ」
「……まぁ、ね」
ちょっとだけ言葉を濁した。
「何だろう。ものすごく嬉しい……」
僕の異変に気付かなかったようで、彼女は少しだけ顔を赤くして呟く。
「そ、そうかな?」
何だか、僕までも恥ずかしくなってしまい、俯いてしまった。
「ほ、ほら! 勉強の続き……って、もうこんな時間なんだね。私、お昼ご飯、持って来るね」
僕が何か言う前に横倉さんは部屋を出て行く。
「……はぁ」
今のため息は安堵から出たものか、疲れから出たのか僕にはわからなかった。
「今日はこれぐらいにしておこうか」
お昼ご飯を食べ、しばらく勉強していると唐突に横倉さんがそう提案して来た。
「え? どうして?」
時計を見たら時刻は午後3時。まだ勉強をやめる時間ではないと思うが。
「私が暇なの!」
「……はい?」
「だって、君ってかなり頭がいいから私なんか役に立たないし……てか、それ以上に足手まといだもん。暇なんです!」
「……いや、あんた先生だろ?」
「それでも! 少しでいいから雑談しようよ! 今なら私のスリーサイズも教えちゃう!」
興味ないので勉強させてください。
「ほら! 勉強道具を片づけて!」
そういいながら横倉さんがお菓子を取り出した。ポテトチップスから最後までチョコたっぷりな棒状のお菓子まで様々な物がある。
「いつ買って来たの?」
ジト目で問いかけた。
「お昼ご飯を貰って来た時にね。気晴らしにでもなればと思って買って来たんだ」
ニコニコと笑いながら彼女はどんどんお菓子を出していく。仕方なく、僕も休憩することにして勉強道具を片づけた。
「それじゃ、何から話そうか?」
お菓子の袋を開けながら横倉さんは質問して来る。
「そんな急に言われても何も思いつかないよ。あ、これ貰うね」
「どうぞどうぞ……んー、確かにいきなり言われても思いつかないね」
「何も考えてなかったんだ……」
「だ、だって……寂しくて」
俯き気味になってしまった彼女を見てため息を吐きつつ、鞄から紙を取り出す。それと一緒に2本のシャープペンシルとはさみも出しておいた。
「これをどうするの?」
僕の行動を見て首を傾げている横倉さんは放っておいて取り出した紙をはさみで切っていく。
「はい、これ」
切った紙を彼女に渡した。
「だから、これをどうするの?」
「これに雑談のお題を書く。それを混ぜて交互に紙を引いてそれに書かれたお題について話す、ってのはどう?」
「お、おお! すごい! ナイスアイディア!」
どうやら、僕のアイディアを気に入ったようで横倉さんは早速、紙にお題を書いていく。僕も適当にお題を書いた。
「……よし、書き終わった! そっちは?」
「僕も書き終わったよ。それじゃこの箱に入れて思いきり、振って」
最後までチョコたっぷりな棒状のお菓子の空箱を渡しながら指示する。彼女も頷いて箱をブンブンと振った。
「それじゃ、どっちから引く?」
「じゃあ、私から!」
勢いよく箱の中に手を突っ込んで紙を取り出し、書かれていた内容を確認する横倉さん。
「えっと? 『横倉さんのスリーサイズ』……って本当に書いたの!?」
「そりゃ、男の子ですから」
興味がなかったというのは本当だが、からかうにはもってこいだと考えた結果である。
「う、うーん……言ってもいいのかな?」
「いいんじゃない? 正直、今は仕事の合間にしてる雑談みたいな感じだし」
「……なら」
さすがに大きな声で言うのは恥ずかしいのか横倉さんは僕の耳元でボソボソとスリーサイズを囁いた。
「……え? マジですか?」
「マジです」
「いや、でも……」
ちらっと彼女の胸元を見てみるが、そんなにあるようには見えない。
「着やせするタイプなんだね」
「そんなに凝視しないでよ! 次は君の番だよ!!」
顔を真っ赤にして横倉さんが促して来た。もうちょっとだけからかっていたかったが、彼女の機嫌を悪くしても面倒そうなので仕方なく、紙を引いた。
「『勉強方法』……そんなに追い込まれてるの?」
「次の期末試験……本当にやばいんだよね」
死んだ魚の目になってしまった横倉さん。
「……今後も教える?」
「え?」
「いや……僕でよければ教えるけど」
僕の提案があまりにも意外だったらしく、彼女の目は丸く開かれていた。
実際、僕も驚いていた。まさか、僕の口からこんなアイディアが出て来るとは思わなかったからだ。
「お願いしてもいいの?」
戸惑っていたものの、横倉さんは恐る恐るそう聞いて来た。
「う、うん……役に立つかはわからないけど」
僕自身、勉強は出来ない方だと思っている。こんな僕が先生になれるかわからない。
(……けど)
何故かはわからないけど――僕は彼女の役に立ちたい。そう考えていた。
「じゃ、じゃあ! よろしくね!」
「うん……まぁ、そこらへんは後で話し合うとして雑談の続きをしようか」
「うん!」
笑顔で頷いた彼女は元気よく紙を引いた。
「それじゃ、次は……『アイドルになった理由』?」
もちろん、僕が書いた物だ。彼女がどんな理由でアイドルになったのか、気になっていたのだ。
「んー……普通なことだけどいい?」
「うん、大丈夫だよ」
「ありがと。私がアイドルになった理由は、スカウトされたから」
本当に普通のことだった。
「でも、そう簡単にアイドルになろうって思えるの?」
芸能界というのはとても厳しい世界だとよく聞く。他の人との人気の取り合い。スキャンダルによる引退。日々、色々なニュースがテレビで流れている。
「そうだな……私には夢があったからかな?」
「夢?」
その言葉に僕は思わず、反応してしまった。
「そう、夢」
「どんな夢なの? やっぱり、アイドルになること?」
「全く違うよ! 私、空を飛びたかったの」
「……空?」
あまりにもアイドルとかけ離れていて首を傾げてしまう。
「空だよ、空! あの大空を自由に飛び回って、行きたい場所に行って! それで、色々な人と交流しながら世界を見てみたかったの!」
大きな夢を語る彼女の顔はとても綺麗だった。本当に夢が叶うと信じて疑っていない無垢な笑顔。
「……」
それに対して、僕は――憎悪を抱いた。
「……その夢とアイドルに何の繋がりが?」
何とか、ポーカーフェイスで気持ちを隠しながら質問した。
「アイドルって世界中を飛び回るでしょ? 自由には飛び回れないけれど、色々な国へ行ける! そして、色々な人と交流出来る! ちょっと、一方的かもしれないけれど皆の笑顔を見るのが好きなの! だから、私はアイドルになってここまで来た。夢を叶えるために」
最後、横倉さんは真剣な顔で言い切る。その後、『まぁ、人からそう言われて気付いたんだけどね』と苦笑していた。
(彼女は……本当に、夢を叶えようとしてる)
正直、信じられなかった。夢を諦めてしまった僕からしたらそこまで夢を追いかけられるなんてあり得ないことだったのだ。
「すごいね……」
「そうかな? 無我夢中に夢を追いかけてたらここまで来てたって感じだけどね」
「……じゃあ、次行こうか」
あんなお題を書いたことを後悔しながら紙を引いた。
「ッ――」
その紙に書いてあったお題を見て僕は絶句する。
紙には可愛らしい文字でこう書かれていた。
『夢!』
「何だったの?」
僕が硬直していると横倉さんが様子をうかがって来る。その表情は不安そうだった。
「……夢、について」
紙を彼女に見せながら教える。
「あ! 私が書いた奴だ! でも、私の夢は言っちゃったから君の夢を教えて!」
今、彼女は笑顔なのだろう。僕の夢を聞きたくて仕方ないのだろう。
そんな彼女の顔を僕は見ることが出来なかった。
「……どうしたの?」
「……僕には、夢はない」
「え?」
「僕に夢はないよ」
良かった。声を震わせることなく言えた。
「ないの、夢?」
「うん、ないよ」
「じゃあ、過去の夢は? さすがにあるでしょ?」
「……」
ああ、何も知らないとはここまで人の心を抉れるものだとは知らなかった。
「……あったよ」
そして、心を抉られた僕はすでに自分自身で自分自身を止めることが出来なくなっていた。
「え? 何々?」
彼女は僕の異変に全く気付くことなく聞いて来る。
それが地雷源に裸足で突っ込むのと同じことだとは知らずに。
「……少しだけ昔話をしようか」
「昔話?」
「とある少年がいました。その子は、とてもサッカーが好きで小学校低学年からずっとクラブに入って練習していました。しかし、その子には才能がなく、公式試合には出してくれませんでした。それでも、少年は諦めずに練習を続け、いつの日か周りから天才と呼ばれるようになりました。彼の努力をそんな一言で片づけられ始めました」
「……その少年って」
目を伏せて横倉さんが呟いた。僕はそんな彼女を無視して、話を続ける。
「それでも、彼は陰で努力を続け、チームのエースとなり、試合に勝ち続けて全国まで行くことが出来たのです。そして――試合会場に向かっている最中、それは起きました」
「もう、いいよ」
僕の言葉を遮って彼女はストップをかけた。
「ゴメン……何も知らないで。軽はずみなこと、聞いて」
「……」
「そうだよね……少し考えればすぐにわかることなのに、私、ちょっと浮かれてた。君に勉強を教えてあげるって言われて……最初は私に興味がないって思ってたのに実は私のことを知ってて……だから、ゴメン」
「……それは起きたのです」
もう、止められない。僕は誰にも止められないのだ。彼女にも、僕自身にも。
「ちょ――」
「バスが崖から落ちたのです。原因は対向車線からトラックがこちら側に出て来たからです。慌てて避けようとしたバスは勢いよく、ガードレールを飛び出し、そのまま落ちたのです」
「やめてって! そんな話、するの辛いでしょ!? それなのに、何で!?」
それは僕だって知りたい。それでも止まれないのだ。
「崖から落ちたバスは……大爆発を起こし、乗っていた人たちはほとんど死にました。生き残ったのは、たった一人です。そう、その少年でした。少年は奇跡的に開けていた窓から外に放り出され、爆発に巻き込まれなかったのです」
ちらりと彼女の顔を見ると青ざめさせて口元を手で押さえていた。
「……ねぇ? 横倉さん」
「な、何?」
まさか、話しかけられるとは思わなかったようで横倉さんはどもりながら返事をする。
「僕の夢はないって言ったよね?」
「う、うん……」
「でも、過去の夢はあるって言ったよね?」
「うん」
「じゃあ、どうして過去の夢になっちゃったのかな? 少年――僕は生き残ったたった一人の人なのに」
そこで言葉を区切る。もしかしたら、僕は彼女に嫉妬しているのかもしれない。夢を追いかけ続けられる彼女のことが羨ましいのかもしれない。だから、こうやって僕の話を聞かせているのかもしれない。それが、僕に出来る唯一の反抗なのだから。
「僕の夢はプロのサッカー選手になることだったよ。小さい頃からずっと追いかけ続けて来たんだ」
「……」
「じゃあ、サッカー選手になるためには何が必要だと思う? 才能? チーム? サッカーが好きだという気持ち?」
「そ、それは……」
「そんな物、サッカー選手を夢見ている人、皆持ってる物だよ。強弱はあるだろうけど。じゃあ、どうして僕は夢を諦めたのか? 追いかけられなくなったのか? サッカー選手を夢見ている人たちが持っていて僕にはない物……いや、ほとんどの人が持っていて僕が持っていない物」
きっと、彼女の雰囲気を見るに僕の話をあまり聞かされていなかったのだろう。聞いてしまったら、それが気になってしまい、先生役という仕事に集中出来なくなってしまうから。だからこそ、彼女は中途半端に謝った。そんな知ったような口を利かされたくもない僕にとって謝罪が最も攻撃力のある攻撃になるとは知らずに。
「君には、ない物?」
「僕にはない物。それは――」
そこで僕は勢いよくベッドの布団を取り除いた。
「両足だよ」
僕の声が病室に響く。
「ッ――」
横倉さんは声にならない悲鳴を上げる。膝から下が何もない僕の足を見て。
「これが答えだよ。僕が夢を……サッカーを諦めた理由」
爆発に巻き込まれなかったものの、崖からその身一つで落ちた僕は足から地面に落ちて足の骨が粉砕し、その骨が皮膚から外に飛び出してしまった。そのせいで、僕の足は使い物にならなくなり――なくなったのだ。物理的に。
「その、私……そんな、つもりじゃ」
声を枯らし、目に涙を溜めながら横倉さんは謝る。
「別に謝る必要なんてないよ? 僕はもう、諦めたんだ。目が覚めて自分の足を見た瞬間、何かが砕け散ったんだよ。粉々に、ね。それこそ、生きていること自体、嫌になったほど。もう、僕には夢はないんだ。生きている意味はないんだ。何も、残ってないんだ。だからこそ、僕は進む事を止めた。前に。未来に」
「……」
「だから、謝ることなんてないんだ。というより、謝らないで。そっちの方が傷つくから」
そんな同情から来る謝罪などいらない。
「……」
「こっちこそ、ゴメンね? こんな聞きたくもない話、聞かせて。僕にも止められなかったんだ。自分でも不思議だけどね」
「……ねぇ」
「何?」
「一つ、聞かせて」
「どうぞ」
この時、僕は油断していた。何を言われても僕の気持ちは変わらないと思っていた。どうせ、励ますのだろう? どうせ、前に進ませようとフォローするのだろう? どうせ、動じない僕を見て君も前からいなくなるのだろう?
今までだってそうだった。親もそうだった。医者もそうだった。友達もそうだった。全員、僕を励まし、フォローし、いなくなった。
僕は、高を括っていたのだ。彼女も他の人と同じだと。
でも、彼女には一つだけ違うことがあった。それは――。
「なら、どうして勉強しているの?」
――彼女が『横倉 七美』だったことだ。
「……は?」
横倉さんが何を言ったのかよくわからなかった。
「だから、どうして君は勉強しているの?」
「べん、きょう?」
「そう。だって、前に進むのを止めたんでしょ? なら、勉強だってしないはずじゃない?」
「いや……怪我のせいで、留年しそうになって高校を退学したから。だから、念のために高卒認定試験を受けるから――」
「それだよ」
戸惑いながら答えていると彼女がビシッと指を差した。
「そこだよ。君は前に進むのを止めたのに高卒認定試験を受けようと頑張っている。それは担当の先生に聞いてた。だから、君はまだ夢を諦めていないと思って夢の話をしたの。私と同い年で入院しているのに、すっごい勉強、頑張ってるって。そこまでして叶えたい夢があるんだって。そう思ってた」
「それはっ――」
「前に進んでいないのに、勉強してる。それって矛盾してるよね? それに、私ってアイドルでしょ? 人の顔を見て相手がどういう気持ちになっているか、少しだけわかるの。よくプロデューサーさんとかの顔色を窺ってるからね」
そんな芸能界の裏話など聞きたくなかった。
「勉強を頑張っている君の話を聞いた後、この病室に来て君を見た時、『ああ、あの話は本当だったんだ』ってすぐに思ったよ。何でか、わかる?」
横倉さんの問いかけに対し、首を横に振って答える。
「君の顔は絶望に染まっていなかったから」
「あり得ない!!」
思わず、テーブルに拳を叩き付けて否定してしまった。その拍子にテーブルの上に散乱していたお菓子が飛んで床に落ちる。
「僕は……もう、夢を諦めたんだよ? この足でどうやって生きていけばいいの? こんな体になって、チームの皆は死んじゃって……サッカー以外、何もなかった僕はこれからどうしたらいいの!? そんなことばかり、思ってたんだよ?! それなのに、絶望していなかったって? 僕はまだ前に進むことを止めていないって? 慰めるのもいい加減にしてよ!?」
「慰めなんかじゃない!!」
絶叫する僕に負けないほどの声量で叫んだ。そして、最後までチョコたっぷりな棒状のお菓子の空箱に手を突っ込む。
「『アイドルの仕事について』、『最近読んだ漫画』、『面白かった話』、『友達』、『好きなスポーツ』、『好きな人』……これ、君が書いたお題だよね? こんなに、前向きな質問ばっかり! 私との雑談を楽しんでた証拠だよね?」
「それは……」
『適当に思いついたお題だ』、と言えなかった。だって、そう言ってしまったら――。
「きっと、適当に書いたんだよね? 顔に書いてあるよ。ねぇ? 両足がなくなって、夢も諦めることになって、生きることに意味を見出せなくて、前に進む事をやめて、絶望している人がこんなこと、書くかな? そう演技していたってのはなしだよ? これでも、連ドラで主役を貰うほど演技には自信があるんだから」
「……」
「無言は肯定とみなすよ。君はきっと、否定したかったんだよ」
「な、何を?」
僕は今、困惑している。今まで、奈落の底に落ちて絶望しているかと思ったら、実は自宅のベッドで寝ていて全ては夢オチだったような、気分。そんな僕に思考能力などなく、彼女の答えを聞くしかなかった。
「夢をすんなりと諦めて、次の道へ進もうとしたこと。そして、それに対して絶望した。今までの自分を否定されてもケロッとしていた自分に、ね? それを、君は勘違いして今日まで生きて来た。生きることに絶望していないのに」
「僕が……簡単に夢を諦めてた?」
そんなはずはない。だって、僕は――。
「考えちゃ駄目」
そっと横倉さんが僕を抱きしめる。
「え?」
「考えちゃ駄目だよ。君は少し、難しく考えすぎる癖があるみたいだから。考えちゃ駄目。思い出すの。両足を失ったことを知った日、君は何を思ったの?」
「あの日……」
目が覚めてダルイ体を懸命に動かし、状況を把握しようとした。そして、両足に違和感を覚えた。いや、違う。両足に感覚がなく、変に思って布団を押しのけて両足を見た。僕の目の前には、膝から下がない僕の両足。それを見て、僕は――。
『ああ、こんな足じゃサッカー出来ないな』
「……」
そう、思った。その時は事故のことも仲間が皆、死んでしまったことも知らなかった。けれど、サッカーはもう出来ないことはわかった。それでも、僕は本当に、それだけしか思っていなかった。
「君は、どう思った?」
「……サッカーは、もう出来ないって、思った」
「それだけ?」
「それだけ」
僕は彼女の背中に震えている腕を回す。
「……それだけだったなぁ、って。サッカーが出来ないってわかって……本当にそれだけだった」
「そう思った自分をどう思った?」
「今までの苦労なんかどうでもよかったんだなって。あれだけ夢中になって追いかけた夢を簡単に諦められたんだなって……ショックだった。夢を諦めた自分に。そして、死んでしまったチームの皆に申し訳なく思った……罪悪感で胸がいっぱいになった」
「だから、君は勘違いした。違う?」
「……」
無言(肯定)。
「それでも勘違いしていた君は、無意識的に前に進んでいた」
「……」
「ゴメン。知ったような口を聞いて」
僕にはわかる。この謝罪は同情から出たものじゃないと。
「君の気持ちに共感することも出来ないし、完全に理解できないかもしれない。でもね?」
そこで、横倉さんは僕の顔を見て笑顔で言った。
「君の気持ちを理解しようとした。そして、私なりの考えを伝えた」
彼女の声が僕の耳に滑り込んで来る。
「君の気持ちは私なりに理解したつもりだよ。これが正解だって思わないけれど……少なくとも、私は、君の味方」
その声は、とても心地よかった。
「大丈夫! 君の夢はきっと、見つかる。サッカーはもう出来ないかもしれないけれど、代わりとなる夢は必ず、見つかるよ。私と同じように」
「……僕は」
「ん?」
「僕は、前に進んでも、いいのかな?」
彼女がどんな答えを返して来るのか、想像できた。でも、聞かずにはいられなかった。
「もちろん! 前に進もう! 私も一緒に進むから!」
体を離して横倉さんはニコッと笑いながら手を差し出して来る。
「……よろしく、お願いします」
それに対して僕はその手を掴んで頭を下げた。
あの事故の日以来、流れることのなかった涙を零した。その間、彼女は僕の頭を優しい手付きで撫でてくれた。
この人は、僕の前からいなくならなかった。
この人となら――一緒に前に進めそうだと、この人となら一緒に夢を見れそうだと、僕はそう思いながらその温もりに抱かれつつ目を閉じた。
「いいなぁ! 本当にいいなぁ!」
「……うるさい」
僕の隣でダンベルを何度も上げ下げしながら吉田が叫ぶ。本当に面倒な奴だ。
「仕方ないだろ? 病院じゃ彼女なんか出来ないんだから! くっそう! あの時、俺も興味ない感じで挨拶していればッ!」
「お前には無理だ」
「くっ……これだからリア充は! っと、そろそろ検査の時間か。それじゃ、邪魔者は退散することにするよ。彼女さんとお幸せに」
「はいはい、いってらっしゃい」
ダンベルをベッドに投げて吉田は松葉杖を使って病室を出て行こうとする。
「……なぁ?」
「うん? 何?」
「お前、変わったな」
「え?」
「それだけだ。それじゃ」
よくわからないことを言い残して、病室を出て行く吉田。それに対し、僕は首を傾げて見送るしかなかった。
「……行った?」
そんな声と共にベッドの下から七美が出て来る。
「うん。出て行ったよ」
「い、いやぁ……吃驚した。まさか、吉田君が帰って来るなんて」
「検査の時間がずれたらしいよ? あと、めっちゃばれてたから」
「え!? 本当に!?」
「聞こえなかったの?」
僕と吉田の会話は聞こえなかったようで、七美はブンブンと首を横に振った。
七美と出会った日からすでに半年ほど経った。僕はまだ入院中だ。あの事故で僕の体はかなりのダメージを受けていたらしく、そのせいで、傷の治りが遅く今も入院生活を続けている。
その間、七美は僕の病室に通い続け、勉強していた。もちろん、僕も一緒に勉強した。七美の熱意は凄まじいものでいつの間にか僕以上に頭がよくなっていた。
そんな日々が続いたある日、病室で吉田とゲームをしていたら七美が部屋に飛び込んで来たのだ。
「ど、どうしたの!? 横倉さん!?」
「やった! やったよ!! やっと、許可が下りたの!」
僕に飛び付きながら涙する彼女。
「何の許可?」
「君に告白する許可!!」
部屋が凍りついた。吉田はゲームを落として気絶した。僕は目を丸くしてゲームを落とした。
「もう、我慢できない。君のことが好き! あの日からずっと! あの日の君を見て守ってあげたくて仕方なかったの!」
僕の目を真っ直ぐに見ながら七美が叫ぶ。
「え、あ、その……」
「でも、事務所にそのことを話したらスキャンダルになるからダメだって言われちゃって。それで、今度の中間テストで全教科満点を出したら告白させてくれって頼んだの!」
事務所はあんたの母親か。
「それで、ものすごく勉強して満点を出した。事務所は告白させないように必死だったけどその時に書かせた契約書を突き出したらオッケーって言ってくれたの!」
何だか、ものすごい人に好かれてしまったような気がする。
「あっと、ゴメンね? ちょっと興奮しちゃって。じゃあ、改めて言うね?」
僕の顔が困惑のそれだったのに気付いたのか七美は僕から離れて言った。
「君のことが好きです。私と付き合ってください」
それを聞いて僕は一つ頷いた後、気絶した。
さて、そんな過去話を回想している理由だが、実は今日、変な夢を見たのだ。
「夢?」
「うん。まだ小さい頃の夢だった。もしかしたら、本当のことかも?」
「偶然。私も今日の夢に出て来たの! 昔の出来事!」
少しだけ顔を紅くしながら七美が教えてくれた。
「どんな夢?」
「んーと、あの日に言ったかな? 私の夢って空を飛ぶ事だったでしょ? で、10歳ぐらいの時かな。アイドルにならないかってスカウトされて悩んでたの。私には空を飛ぶと言う夢がある。でも、アイドルにもなってみたい……そう公園のブランコに乗りながら悩んでたら目の前に男の子がいたの」
まず、10歳の女の子をスカウトした人は何を考えていたのだろう? まぁ、今は『彼女アイドル』として人気絶頂中だから勘のいい人だったみたいだが。
「その男の子に『どうしたの?』って言われて悩んでる事を話した。お母さんに悩み事があったら他の人に相談すると思ったよりも簡単に解決することがあるって聞いたから」
お母さんは自分に相談して欲しかったんだと思う。
「そしたら、その男の子が言ったの。『空を飛ぶことが夢なの? それとも、色々な人とコミュニケーションを取ることが夢なの?』って」
「それってつまり?」
「空を飛べば色々な人に会える。だから、私は空が飛びたかった。でも、男の子の質問を聞いてわかったの。本当の夢は色々な人に会うこと。そして、空を飛ぶことは、夢を叶える手段なんだって。それを話したら、教えてくれた。手段が違くても夢は叶えられるって。アイドルになればその夢が叶えられるって」
「へぇ……」
「で、『アイドルになるなら写真撮ってよ。将来、プレミアになったら売る』って」
守銭奴な子供だった。
「教えてくれたお礼に写真を撮ったけど……写真は私のカメラで撮ったから届けられなくてね。住所も名前も教えてくれなかったし」
「聞き忘れたんじゃないの?」
「そ、それは言わない約束だよ?」
拗ねてしまったようだ。まぁ、そんな時は頭を撫でると機嫌が直る。今回もそれで対処した。
「じゃあ、七美がアイドルになったのはその男の子のおかげなんだね」
「うん。あ、安心して? 好きなのは君だけだよ」
「……うん」
どうして、彼女はそんな恥ずかしい事を真顔で言えるのだろうか?
「それで、君の方はどんな夢だった?」
「それが、七美と同じ感じなんだよね」
「同じ感じ?」
「うん。僕がサッカーを好きになった理由だよ」
「そう言えば、聞いたことなかったね」
七美は目をキラキラさせてこちらを見ている。
「小学校に入る前かな? 入学前、僕、不安になっちゃってね」
「え? どうして?」
「幼稚園に通ってた頃、あまり運動が出来ないことをからかわれてたからね。そのせいで自信を無くしてたんだ」
「……」
僕の言葉を聞いて七美はスッと立ち上がった。
「どうしたの?」
「ちょっとからかってた幼稚園児を殴って来る」
「ちょ、ちょっと待って!! 昔のことだから!!」
「だ、だって! 君はこんなに頑張ってるのにからかうなんて!!」
「昔の話だから!!」
何故か彼女は僕のことになると暴走気味になってしまう。前、僕が熱を出してしまった時、生放送収録中にも関わらず病室に来てしまった。しかも、何を思ったか僕を抱えて生放送を続けようとしたのだ。理由を聞いたら『心配だから視界に――ううん、触れあっていたかった』とのこと。更にこれまた何を考えているのか、生放送を仕切っていた人が面白半分で暴走する七美をずっと撮っていたらしく、僕までテレビに出てしまった。そのおかげで、七美が彼氏を作った事を怒っていたファンの人たちが彼女の姿を見て応援したくなったようだ。その次の日に『七美を捨てたらうんたらかんたら』みたいな手紙が届いたけれど。
「……わかった」
まだ納得していないのか、頬を膨らませている七美を見て和みながら話を続ける。
「どうしようかと悩みながら歩いてると公園に辿り着いた」
「公園?」
「うん。七美は知ってるかな?」
僕が公園の名前――音峰公園と言うと目を丸くした。
「その公園! さっき言ってた公園だよ!!」
「え? そうなの?」
「うん! もしかしたら小さい頃、その公園で会ってるかもね!」
そうだったら、僕たちは運命の赤い糸で結ばれているのだろう……ちょっと僕も彼女に当てられて変な思考回路を持つようになってしまったようだ。
「そうだったら、私たちって運命の赤い糸で結ばれてるね!」
「……うん、そうだね」
「顔を紅くしちゃって! 可愛いんだから! これぐらいで照れないでよー!」
同じことを考えていたから恥ずかしかっただけです。
「話を戻すよ! それで、その公園にボールで遊んでた子がいたんだ」
「……女の子?」
「うん」
スカート穿いていたし。
僕の言葉を聞いて七美がスッと立ち上がった。
「どうしたの?」
「ちょっとその女の子、殺して来る」
「やめて!! 彼女に殺人なんてして欲しくない!」
「……人、殺したら嫌いになる?」
「なるなる!」
『なら……』と彼女は座った。目も据わっていた。僕は鳥肌が立っていた。
もしかしたら、彼女はヤンデレかもしれない。本当にとんでもない人に好かれてしまったようだ。
「そ、それでね? その子に遊ぼうって言われ――だから、殺しちゃ駄目だって! 立ち上がらないで!! えっと、その子とボールを蹴って遊んでる内にサッカーが面白くなって……」
「それで、サッカーが好きになったの?」
「うん」
「その子とはどうなったの?」
ヤンデレな彼女には嘘を言わない方がいいと誰かに言われたような気がする。
「……泥んこまみれになったから僕の家で一緒にお風呂に入ってそのまま帰って行ったよ」
服も汚かったので洗濯したのだ。
「むぅ」
気に喰わなかったようで七美は目を鋭くしていた。
「……ふふふ」
それを見て僕は思わず、笑ってしまう。
「何で笑うのさ!」
「いや……嫉妬してるんだなぁって」
「笑い事じゃないんだよ!? 彼氏がどこの馬の骨か分からない子と……お風呂だなんて!! 私だって一緒に入りたい!」
入院中なので勘弁してください。
「嫉妬してるってことはそれだけ僕のことを好きだって証拠。嬉しくないわけがないよ」
「……う、うん」
因みに、彼女は言うのは良いが言われるのは恥ずかしいようだ。顔を紅くして俯いてしまった。
「でも、その子のおかげで私たちも出会ったわけだよね……君はとても辛い思い、しちゃったけど」
「今が幸せだからいいよ」
「ッ! うん! あ、そう言えば聞いてなかった」
嬉しそうにしていた彼女は何かを思い出したようだ。
「どうしたの?」
「ちょっと聞きづらいんだけど……いいかな?」
「うん」
「君の今の夢って何?」
いつか来ると思っていた質問。それに対して、僕は堂々と答えた。
「もちろん、君と一緒に空を飛ぶ事だよ」
僕は夢を叶える手段がなくなって夢を諦めた。でも、彼女は夢を叶える手段を変えて夢を叶えた。
手段は違っても、夢は叶えられる。それを彼女が証明してくれた。
ならば、僕は――僕たちは空を飛んで前に進もう。彼女の手を取り、一緒に進む。どんなに辛いことがあっても、悲しいことがあっても。僕たちは一緒に進む。
それがあの日に僕が夢に見たこと。それを言うのは恥ずかしいからちょっとだけ誤魔化してしまったけれど。
「そっか……なら、一緒に空、飛ぼうね」
僕の夢を聞いた彼女は嬉しそうに微笑んだ。たったそれだけで、僕の考えなど彼女にはお見通しなのだとわかり、僕は苦笑いを浮かべるしかなかった。
しかし、笑い合う僕たちは知らなかった。
サッカーが好きだと自覚した日、僕の母がこっそり、お風呂に入っている僕とその子を写真に収めていたことを。
七美がアイドルになろうと決心した日、その男の子の手にはサッカーボールがあったことを。
僕が無事に退院し、お互いのアルバムを持ち寄り、見せ合うことになることを。
お風呂の写真に写っていた子を見て七美が目を丸くし、七美の写真に写っていた男の子を見て僕が驚愕する事を。
そして――その時、僕たちは『運命の赤い糸で結ばれていた』と確信することを。
僕たちはまだ、知らなかった。
皆さん、こんにちは。ホッシーです。
理不尽な世界の大空に夢を見る、いかがだったでしょうか?
楽しんで読んでいただけたのなら嬉しいです。
さて、この小説は読者を騙すことを目的とした小説となっております。騙されてくれたでしょうか?
もし、騙されてくれたのなら、最初、主人公の男の子がいる場所を学校だと勘違いしたはずです。多分。
例えば、『隣の吉田』と見ると隣の席にいる吉田だと思います。
そして、『先生』。これは教師だと思うはずです。
このように先入観を利用した細工をしています。上手く出来たでしょうか?
更に、全てを読んだ後にもう一度、読み直すと……最初と違った物語が見えて来ます。
吉田が言った『もう、死んでもいいかも』。これに対し、主人公は『洒落にならないことを言うな』と注意しました。1周目ではよくわからないやり取りだったと思いますが、これは病院で『死んでもいい』なんてあまりにも非常識的なことを言うなという意味で注意しました。
このように、最初と2周目で物語の舞台が全く異なるのです。
……なってますかね?そこだけが心配です。
元々、この小説は朗読動画用として書いた小説でした。ですが、とある方に『なろうで投稿してみれば?』と言われ、試しに投稿してみたところ、意外に反響がよく、とても驚いております。
また、機会があれば読者騙し系小説を書いてみたいなと思います。一応、アイディアはすでにあるのですが、上手く表現できるか不安です。
さて、あとがきもそろそろ締めさせていただきます。
お疲れ様でした!