守護竜さま
本日2編目です。この後もう1編行きます。乞うご期待。
さて、西の漁村から強行軍で戻ってきたご一行。その日は到着が遅い時間となったので、工房ギルドへの様々な発注は明日改めてマリアとエリスの2人でフリントのところに向かうことにする。
翌日。
エリスとクレアはマリアと合流し、フリントの工房に向かった。エリスとクレアは、らーちんとぴーたんを抱えている。これはエリスがらーちんに「俺も連れてけエリスちん」と纏わりついたのを目にしたぴーたんがライバル心を燃やしてクレアに纏わりついた結果。
「エリス、お前は俺達を殺す気か?」
クレアが描いた商人ギルドによる漁村開発設計図を一読し、フリントは呻く。
「馬鹿ねおじさま、だからこその施工管理でしょ」
60歳も過ぎたじじいが8歳の少女にバカ呼ばわりされるも、フリントはとりあえず聞くしかない。
ワーランは現在建設ラッシュ。交わる町の裏と、百合の庭園郊外のアパートメント他建設、市街中央部アパートメントのホテル化、細かいところではエリス宅の増設工事と、職人が足りない状況となっている。
「今、西の漁村に必要なのは魚を取引する場所、まずはそれさえ作れば、それ以外の計画は三次計画にしてもいいでしょ?」
エリスは考える。観光化なんて、すぐに出来るわけがない。まずは西の住民たちがまっとうに生活できるような環境を確保すること。
温泉が気持ちいいとか、日光浴が気持ちいいとかいうのは、心に余裕がなければ理解できない贅沢な行為。五郎が差し出した生の一枚貝を、普段食べているつまらないものではなく、他人から見たら価値が有るものだと認識すること。温泉も日光浴も価値が有るのだということ。それが理解できなければ、漁村の住民たちは金持ちから効率よくリルをかっぱぐことができない。
西の漁村再開発はゆっくりでいいとエリス-エージは考えていた。
「なるほどのう。ん? しかし、これなら行けるか? お嬢ちゃん、そんなに待たんでもこれで行けるぞ」
フリントがエリスに逆提案したのは、ワーランの工房ギルドがマルスフィールドの工房ギルドを下請に使うこと。
まず、クロスタウンのアパートメントを早急にフリント達が整備。そしてそこを宿舎として、マルスフィールドの職人を滞在させる。そしてクロスタウンと百合の庭園郊外の再開発は彼らに丸投げ、フリントたちは市街のホテル建設と西の漁村整備に入る。
「これだけの仕事じゃ。彼らを雇うコストを計算に入れても、わしらは充分に潤う。どうじゃいお嬢ちゃん?」
エリスは考える。コストを吸収してくれるのなら、自身の考えを撤回するのはアリ。西の漁村開発は、当初予定の通り、市場、温泉、レストラン、付帯施設の順。これらに合わせ、冒険者ギルドからの馬車を徐々に増やしてもらえば良い。最初は魚市場、次に日帰り型リゾート、徐々に滞在型のリゾートと成長させる。これでいけるか。
「さすがはフリントおじさま」
エリスはフリントに媚を売りつつ、クレア、マリアと西の漁村についての開発工程の打ち合わせを始めた。エリスはらーちんの、クレアはぴーたんのお腹を無意識のうちに撫でながら。
さて、その日の午後。
エリスは南の暴風竜が気になって仕方がない。
レーヴェはマリアとの約束が色々溜まってしまい、そろそろ果たさねばならない。
フラウは漁村から持ち帰った天日干しの小魚が気になって仕方がない。
クレアはモゲモゲくん2号の開発が気になって仕方がない。
そしてキャティ。
「エリス! 今日はコミックシンガーのライブだにゃ!」
「うわ、!忘れてた!」
こうしてエリスの暴風竜うんちゃらはどっかに飛んで行き、それぞれがそれぞれの日常を過ごすことになる。
ダッシュでライブハウスに駆けていったエリスとキャティ。
残された3人と2匹は、それぞれどう過ごすかを考える。
「すまんが、マリアさまにワーランナンバーズのコツを教えに行ってくる」と、レーヴェが出かけて行った。
残ったのは2人と2匹。
「ボクは西の漁村図面を描きながら留守番してるよ」そう言ったクレアの膝に、ぴーたんがのそのそと這い上がる。
「そうね、それじゃ、今日は私とらーちんで、街を回ってきますね」
こうしてフラウとらーちんという組み合わせで、街を回ることとなった。
「守護竜さま、抱っこでいいかしら」
「らーちんでいいぞフラウ。あと、抱っこでいい」
背の甲殻にふわふわを感じながら、ぶらんぶらんと抱っこされて移動するらーちん。
まずはケンとハンナが経営する「宝石箱のケーキショップ」から。
「こんにちは」フラウが店のドアを開けると、甘い匂いがふわっと香る。
「あ、いらっしゃいフラウさま。あれ、そのこ、ぴーたんじゃないですよね」
フラウたちを出迎えたのはハンナ。そしてハンナの疑問にらーちんが答える。
「俺は大地竜のらーちんだ。一応ワーランの守護竜だからよろしくね」相変わらずの軽いノリで、ハンナの意識に呼びかけるらーちん。
ところがハンナの方はそうはいかない。びっくりしたハンナは、店の裏に皆を呼びに行ってしまった。店の裏から飛び出し、慌てて一列に並ぶケン、ロンナ婆ちゃん、ニンナ。そしてハンナ。4人は声を揃えてらーちんに挨拶をした。
「守護竜さま、何卒街をお守りください」
ちょっといい気分のらーちん。店内を見渡すと、隅にスツールが1脚おいてある。らーちんはフラウに自分を下ろすように指示すると、スツールに近寄り、器用によじ登って、その上で日向ぼっこのポーズをとってみせた。
「おお」 どよめく店内。
「これからこのスツールを、『守護竜のこしかけ』と呼ぶが良い」
こうして、宝石箱のケーキショップに、守護竜の居場所が確保された。
次はシンとノンナが経営する「ワーラン名物スチームブレッド店」
フラウがドアを開けると、甘しょっぱい匂いが店内から漂う。
「あ、フラウさま、こんにちは」挨拶をしたのはノンナ。ノンナは続ける。
「フラウさま、シンがこんなのを開発したんです。味見していただけますか?」
ノンナが厨房に戻ると、シンと一緒に試作品を持ってきた。それは薄い皮に包まれた肉の塊。俗にいうしゅうまい。
フラウはひとかじりしてみる。うん、ちょっと獣の臭みが残っているけど、香辛料を旨く使えば美味しく食べることができる。彼女はそう感想をシンとノンナに伝え、店を出ようとするとらーちんに止められた。
「おいフラウ、俺を紹介していけ」
すっかりらーちんを抱っこしているのを忘れていたフラウは、慌てて2人に守護竜を紹介する。すると、その場に跪いてらーちんを崇めだす2人。
「まあ、そんなに堅苦しくなくてもいいぞ」と、2人の態度にゴキゲンならーちんは、店内をのそのそと歩きまわり、お客さんが荷物を置くかごの1つに潜り込む。
「これからこのかごを『守護竜のかご』と呼ぶが良い。あと、やわらかな布を入れておいてくれ」
3軒めはアイフルとクレディアの店。
「いらっしゃいませ、フラウさま。すぐにお茶とお菓子をご用意しますね。あら、守護竜さまもごきげんよう」
さすがアイフル。らーちんを守護竜と見破った挙句、あっさりところがした。
「むっ」
ここまでは先手をとってきたらーちんは戸惑う。が、それは茶の良い香りにかき消された。クレディアがフラウに持ってきたお茶の香り。これが心地よい。
「フラウ、ちょっと俺をテーブルの上に降ろしてくれ」
言われたとおりにフラウがらーちんをテーブルの上に置くと、らーちんはクレディアに、自分の分の茶も持ってくるように指示をした。いきなり意識に直接指示をされ驚くクレディアに、フラウがフォローする。そして彼女の素朴な疑問。
「らーちんはお茶を飲むのですか?」
そう、魔獣は基本的に食事は不要。嗜好として摂取することはあるが、らーちんはお茶を飲むのだろうか。するとらーちんが答える。
「この香りが素晴らしい」
クレディアがらーちん用のお茶を持ってくると、らーちんはカップの上に頭を差し出し、湯気を浴び始めた。日光浴のポーズから動かなくなるらーちん。目が半分閉じている。
状況を察したフラウは、そのまま自身のお茶とお菓子を静かに楽しんだ。
そしてお茶が冷めた頃に、らーちんも動き出す。
「フラウ、このお茶、もったいないから、今日の風呂に入れてくれ」
「かしこまりましたわ、守護竜さま」フラウは笑顔で、あえてらーちんではなく、守護竜さまと呼ぶ。
こうして、フラウとらーちんによる本日の巡回は終了した。