実家に帰るのだにゃ
「ところで、私の実家についてはどうなってるにゃ?」
さすがに鈍いネコ娘も、今回のドラゴンの一件でないがしろにされている実家の漁村について気付いた。するとすかさずエリスがフォローを入れた。
「大丈夫、商人ギルドには依頼をしてあるから、最初の仕入れ馬車が用意できれば、私達にも同行の連絡が来るはずよ」
はい、嘘です。キャティを除く4人とも、大地竜のらーちんに構うのが楽しくて、西の漁村のことは忘れていました。
クレアはらーちんに30ビートサイズになるようにお願いし、その背に乗ってワーラン中を散歩しやがった。まあ、らーちんの姿が知れたし、和気あいあいの風景が住民街の方々の心を溶かしたし、子供たちには大人気となったし。と、結果オーライだったけど。
フラウは20ビートサイズのらーちんと、防具フル装備で殴りあっている。まあ、らーちんも狭い場所での戦闘を覚えるし、フラウも強力な打撃をどうさばくか学んでいるようなので、これも仕方がない。
最悪なのはレーヴェ。エリス・ボーイ型のらーちんをご主人様の隠れ家に連れて行き、らーちんに博打を教えやがった。結果、守護竜がバズさんダグさんにすらケツの毛を抜かれ大惨敗という赤っ恥を晒し、らーちんは二度と隠れ家に行くことはなくなったが。
ということで、エリスの指示で急遽商人ギルドに向かったレーヴェ。
「マリアさまはいらっしゃるか?」
「どういたしましたの? レーヴェさま?」
「頼む、大至急、西の漁村行き仕入れ馬車を用意してくれ」
「それはあなたも行くのかしら、レーヴェさま」
「もちろんだ」
ふっふっふ。
「レーヴェさまが私の馬車に同行してくれるのなら、ギルドマスターの強権を使用して、無理やり馬車を用意しちゃおうかな」
マリアが歳もわきまえずにぶりっこ台詞をレーヴェに投げかけた。レーヴェは考える。ここから西の漁村まで、キャティが言うには直線で半日。早朝出発ならば昼には到着。まさか明るい中でマリアもおかしなことはしてこないだろう。
「わかった、その条件でいいから、早朝出発の手配を頼む」
まさか条件を飲んでもらえると思わなかったマリアは、慌ててニコルと一郎に指示を出す。
「ニコル、海産物の直仕入れを検討するわよ! 一郎、荷馬車と私の馬車を至急用意。出発は明日早朝!」
え?
「マリアさま、明日早朝か?」レーヴェは確認する。
「善は急げでしょ! レーヴェさま!」マリアが大騒ぎで手配をしながら返事をよこす。
こうしていつものように、レーヴェは肩を落としながら自宅に帰ることになる。
「お嬢、すまんが、明日早朝の出発となった……」
それは夕食時に帰ってきたレーヴェの告白。正直焦るキャティを除く3人。彼女たちは全く旅の準備をしていない。キャティ1人が浮かれてレーヴェに礼を言う。
「ありがとうにゃ、レーヴェ。大丈夫、みんなも何の準備もいらんにゃ」
お花畑だけどカンだけはいいネコ娘。誰も準備をしていなかったことをきっちり見抜いていた。
さて翌日。
漁村の人々にワーランとの間が安全になったことを示すには、らーちんを連れて行く必要がある。そうなると、やきもちを焼くぴーたんも連れて行く必要がある。今回は片道半日の行程だから問題ないが、今後は馬車の拡張が必要になるわねと、エリスとクレアが頷きあう。と、そんなこんなでエリスたちの馬車は、マリアたちの馬車と合流した。
マリアたちの馬車は2台。1台はマリア専用の豪奢な馬車。もう一台は、今回手が空いていた五郎が操る荷車。
「五郎さん、お久しぶりです」フラウが五郎に声をかける。
「む、久しいな」五郎もフラウに声をかける。
この2人は料理仲間の百合と薔薇。ガチレズとガチホモ。なので恋愛感情0%で対等の会話ができる希有な男女。ということで、フラウは五郎の隣に乗り込んだ。
「レーヴェさま、こちらですわよ」
マリアが豪奢な馬車からレーヴェを手招きする。諦めたように馬車を移るレーヴェ。
「すまないにゃ」
「気にするな」
全くすまないと思っていないネコ娘と、これからのことを考えると頭痛がするヅカ娘が、互いに上の空で声を交わす。
結果、エリスたちの馬車には、御者にキャティ、馬車内にエリスとクレア、らーちんとぴーたんという図式となった。この2人だけになると、とたんにまじめな話になるのもこの娘たちの特徴。エリスとクレアは早速、第二期工事の進展状況や、集合住宅の経営、馬車の改良、住まいの拡張計画等の打ち合わせを始める。
するとエリスの膝上にらーちんがもそもそとあがりこむ。無意識のうちにらーちんの鱗をなでるエリス。らーちんはぴーたんに勝利宣言をするかのような目線を送る。これに憤るぴーたん。負けじとクレアの膝上にあがりこみ、仰向けになる。するとこれも無意識のうちにクレアがぴーたんのお腹をなでる。逆勝利宣言の逆さ目線をらーちんに送るぴーたん。これを挑発と理解したらーちんは、同様にエリスに腹を向ける。エリスは惰性でらーちんの腹をなで続ける。エリスとクレアは話に夢中になっているので、2匹の攻防に全く気付いていない。
こうして漁村到着までの間、馬車内ではワーランの守護竜と無敵の魔獣が、少女たちに腹を晒してあおむけに伸びきっているという、過去誰もが見たことのないであろう光景を展開し続けた。
磯の香りが馬車に届くと、彼女たちは一斉に馬車から顔を出した。
そこに広がるのは青く輝く海。
エリス-エージは小学校の遠足以来、海に足を運んだことがなかった。行っても楽しいことなど皆無だと思っていたから。
でも今は違う。
ヒキニートの胸にワクワク感が浮かぶ。「よし、海を楽しむぞ!」と。
そして馬車は、キャティの実家がある名もない漁村に到着した。遠目に見た美しい海とは正反対のみずぼらしい光景。そこは建物というのが憚れるほどの掘っ立て小屋が並ぶ集落だった。往来には干からびた小魚や小動物が落ちている。磯の香りと、魚の腐臭が混じる独特の世界。
思わず顔をしかめるエリスたち。キャティはそんな彼女たちに気付くか気付くないかの様子も見せないまま、往来を進み、一軒の掘っ立て小屋に向かう。
「とーちゃん、生きてるかにゃ?」
中から出てきたのは、大柄な男性猫獣人。その体毛は煤に汚れ、その表情には深いしわが刻まれている。
「何だぎゃ、いまさら何しに来たぎゃ。キャティ」
つれない返事の父親。それに構わず話を続けるキャティ。
「丘のドラゴンがいなくなったから、ワーランとの交易ができるようになったのにゃ。それを知らせにきたにゃ。とりあえず村人たちを集めるにゃ」
「なんぎゃと! それは本当か!」
そう、キャティの父親は、この村の村長だった。
キャティの父親、ギャティスが村人に声をかけ、砂浜に集まるように指示を出す。
エリスは海を一望してみる。真っ白な砂浜が3000ビートくらいの幅で広がり、北側は絶壁、南側は磯のような岩礁になっている。
「マリアさま、ちょっといいかしら」
エリスはマリアのところに行き、自身が感じた感想をマリアに伝える。太陽の日差しを手でさえぎりながら、エリスの話に耳を傾けるマリア。そして彼女は改めて思う。エリスは天才だと。
そうしているうちに村人たちが集まった。といっても、その数は100人にも満たないだろう。皆がネコ科獣人であった。
村人を代表して、ギャティスがエリスたちに問う。ドラゴンは本当に駆逐されたのかと。
それに対し、エリスは答える。駆逐ではなく、共存の道をとったと。そして続けてらーちんを浜に置き、リセットボディを唱えた。
光りながら巨大化する大地竜。それを見てパニックに陥る村人たち。ギャティスも真っ青になっている。
「みんな、これを見るにゃ!」
キャティの大声に振りむく村人たち。そこには、大地竜の頭にまたがったネコ娘がいた。
同時に村人たちの意識に響く声。
「突然すまんな。我はそこの金髪娘と盟約を交わし、最近ワーランの守護竜に就任した大地竜のらーちんだ、以後、よろしく頼む」
村人たちが我に返るのに、しばらくの時を要したのは言うまでもない。