らーちん
大地竜の背に揺られながら、ワーランに向かう5人。
何の気なしにフラウが大地竜に尋ねた。
「大地竜さんは名前はあるのですか?」
それに答える大地竜。
「今はないよ。ところで、君ら、俺に名前を付けるつもりなの?」
???
鼻を鳴らす大地竜。何かの匂いを確認している様子。
「お、5人とも資格持ちじゃん。こりゃめずらしい」
???
「どういうことだにゃ?」
キャティの問いに、律義に大地竜が答える。
「君ら、竜戦乙女って、聞いたことある?」
聞いたことがない5人。ただ、1人クレアだけが何かに気付いた。
「それって、おとぎ話に出てくる一角獣と乙女の関係みたいなものかな?」
5人の中の意識でげらげら笑う大地竜。
大地竜は想う。むかつく魔王とかやらに再び制約を受けてしまう前に、この娘たちの寿命が尽きる間くらいは、自ら制約を受けるのも面白かろうと。そして大地竜は続けた。
「多分その話は、俺らの話が元ネタだ。とりあえず君ら、俺の名前を決めてみ? 面白いもんを見せてやるから」
そして始まるいつもの命名タイム。
「巨大怪獣大地竜キングというのはどうだろう?」
何でいつもストレートなのレーヴェさん。
「全長110ビートで乗り心地が最高なばかでかくて硬くて強いトカゲくんというのはどうかな」
名前で全て説明しようとするのはやめようね、クレアさん。
「みゃむむ……」
寝るなよキャティさん。
「大地竜なので、らーちんでいかがでしょうか」
いつもシンプルで好感持てるよフラウさん。
「大地竜さん、らーちんでもいいかしら」
エリスが大地竜に尋ねると、大地竜は名前そのものよりも、エリスがその名前で呼びかけてきたことに反応した。
「エリスちんよ、俺をらーちんと名付けたな」
大地竜の言葉遣いがおかしくなっている。
「じゃ、面白いもの見せてやるから、君ら一旦俺から降りてくれる?」
言われるがままに、らーちんから降りる5人。
「エリスちん、騙されたと思って俺にくちづけしてみ?」
訝るエリス。だが、面白いものには非常に興味がある。ということで、エリスは大地竜の鼻先にくちづけをした。するとエリスの脳裏に大地竜の存在が刻み込まれる。続けて頭に浮かぶ2つのコマンドワード群。エリスは、大地竜を魔道具として認識した。
「認識できたようだな。これで契約完了。じゃ、最初は、チェンジヒューマンからだな。解放してみ?」
エリスは「人体変化」を解放する。すると、らーちんが光に包まれ、その大きさを小さくしていく。そして光が消えた後に佇むのは、エリスと同じ髪と目を持つ存在。
「これがチェンジヒューマンだ。コマンドを唱えた者の姿を模倣するんだぜ。ちなみに性別はないので、おっぱいもちんこもない。尻の穴もないけど、見るか?」
突然の変化にびっくりの5人。しかし尻の穴は遠慮する5人。
「じゃ、次はリセットボディな」
エリスが「身体回帰」を解放すると、らーちんは元の大地竜の姿に戻った。
「あと、この契約によって、俺はエリスから『体長変化許可』の能力を自動的に付与されたんだ。これも便利だぜ」
と言いながら、らーちんは自分の体調を10ビート近くまで縮めてみせた。そして続ける。
「チェンジヒューマンだけはエリスちんの命令は必須。俺は自分の意志で人型にはなれない。だけどリセットボディは俺の判断でも行うことができる。パーミッションチェンジサイズも同じだ」
そう説明しながら元の巨大なサイズに戻るらーちん。
「ほんで、これが本日の目玉商品だ」
らーちんはエリスに十分な精神力が残っているかどうかを確認すると、2つめのコマンド群を順に解放するようにエリスに指示をする。
エリスが「視界共有」を解放すると、エリスはらーちんの目を通して景色を見るようになる。
次に「標的固定」。すると、視点が1か所に固定される。
最後に解放したのは「火山召喚」。
それは目標位置の大地を割り、爆音とともに地下からマグマを噴き上げた。
真っ赤な固まりがほとばしり、一瞬にして岩石の柱となる。
あっけにとられる5人に、らーちんは説明を続ける。
竜を始めとする魔獣というものは、自然の力と魔子の力で構成されている。なので、ある条件が揃ったときに、構成されている力が一気に発揮されるのだという。それが一角獣と乙女の童話のもととなった条件。
ひとつ 発動元は乙女であること
ひとつ 発動元は強靭な精神を持つこと
ひとつ 発動元は竜に名をつけること
ひとつ 発動元は契約の印に、竜にくちづけをすること
この条件を満たすことにより、乙女と竜は意識を結び、乙女の意思により竜の能力が解放される。この条件の中で最もハードルが高いのは「強靭な精神」
つまり竜と対等に存在できる心の強さが必要。実は宝石箱の面々、迷宮での乱獲により、精神力が相当鍛えられている。本人たちに自覚はないが。
一方生贄となるのは乙女の純潔。竜との契約中に男性とギシアンしようとすると、もれなく男性に死の呪いが降りかかるという。
「火山召喚なら、グレートデーモンくらいは一撃だよ」
気楽な口ぶりで自慢するらーちん。エリス以外はびびって硬直するも、エリスはもう一つ先を考える。
「ねえらーちん、さっき、契約完了って呟いていたけど、もしかしてこの状態なら、らーちんは魔王の制約とかに囚われなくなるの?」
「大正解!」
らーちんが嬉しそうに答える。そう、らーちんはエリスと契約している間は、他のいかなるものの制約も受けつけない。
「らーちん、それって、他の竜にも言えること?」
「制約が消えていればの話だけどな、エリスちん。あと、複数の竜との契約はできないよ」
「ふっふっふ。乙女はまだここに4人いる。ということは、後4匹は竜をゲットできるということね」
エリスがつぶやきとともに浮かべた邪悪な笑みの意味を理解できたのは、意識を共有するらーちんのみ。らーちんは想う。これは面白い相棒を見つけたと。エリスちんの腹の中、真っ黒じゃねーか。
「さて、評議会にはなんて言おうかしら」
「さすがに大地竜を連れ帰りましただけでは大ごとになるだろう」
「私たちが為したとばれるのも都合が悪いですわね」
「どうしたものかな」
「友達になりに来たとらーちんが言えばいいにゃ」
「それだ!」
エリスは次のような計画を用意した。
まず、エリスたちは竜の存在を知らずに西の丘に向かったことにする。そこで出会ったのは大地竜。エリスたちは慌てて逃げようとするも、そこで大地竜に声をかけられた。大地竜はエリスたちに語る。既に先の神魔戦争による制約は失われたと、そして望む。平和な世界を。それならばと、エリスたちは自らのリボンで大地竜を封印することにより、ワーランの評議会に紹介すると提案する。それを了承した大地竜。
大地竜が望むのは、ワーランとの和平協定。
「こんなところでどうかしら」
エリスのアイデアに黙る4人。黙った理由は、ちょっと無理があるかな?と思ったから。
「父とバルティスさまには、事前にエリスの竜戦乙女のことまで説明したうえで、内緒にしていただきましょうか」
フラウの提案に皆が頷く。
計画修正。
まず、フラウが冒険者ギルドマスターのテセウスと、盗賊ギルドマスターのバルティスを内密に呼びに行く。それまでは4人とらーちんは湿原に潜む。そして、テセウスとバルティスに事情を全て説明したうえで、あくまでも大地竜が和平を望んでやってきたこと、その証拠が角に結ばれた5色のリボンと、自ら切り落とした毒の尾だとする。その上で臨時評議会を開催。人型のらーちんをそこで紹介したのち、広場で本体を現す。当然パニックになるであろう他の評議員たちの前で、大地竜がテセウスとバルティスにかしずいて見せる。
「こんなところかな」
「では、先行して行ってまいりますわね」
エリスがまとめた計画にしたがい、フラウが先行して魔導馬でワーランに戻る。
しばらくするとフラウとともにやってきたテセウスとバルティス。フラウはらーちん用の着替えも用意してきた。そこで話の全容を聞き、あっけにとられる2人。も、さすがはギルドマスター。ワーランにとっても、宝石箱たちにとっても悪くない話を追加する。それは、らーちんを、盟約によりワーランの守護竜にしてしまえということ。もちろん建前だが、これならスカイキャッスルやマルスフィールドからの使者にも言い訳は立つ。
人型になったらーちんが、フラウの用意した服を着ながらエリスの横に並ぶと、それはまさしく双子。
「ちょっと気持ち悪いわね、らーちん」
「じゃ、も一度人体変化を唱えてみ? エリスちん」
エリスが再度人体変化を唱えると、そこにはエリスより一回り大きい、ショートヘアの中性的な存在が現れた。
「これならいいっしょ」
「問題なし」
こうして5人と1匹と2人は、ワーランの街へと帰還した。