おとぼけ大地竜
「ちょっとわけわからないんですけど……」
大地竜は混乱していた。
彼の目の前に獲物が現れたのは少し前のこと。数十年ぶりに現れた獲物をこれまで通り丸呑みにしてやろうと、その巨躯に似合わない俊敏な動きで襲いかかった。
が、現在の彼は最高硬度を誇っていたはずの鱗を抜かれ、尾を失い、四肢の関節を粉々に砕かれ、地面に伏せた状態で氷漬けにされている。
目の前には、いつもなら簡単に丸呑みできるであろう人間の子供が、彼の右眼に針短剣を突きつけている。
「さて、お話をしましょうか」
金髪の少女が浮かべる邪悪な笑みに、大地竜は数百年ぶりの恐怖を覚えた。
これは5人が大地竜と出会う少し前の話。
フラウやキャティの情報をまとめると、ここ数十年、大地竜を見たものはいないということ。また、ああした魔獣は本来何らかの命令を、誰かしかに受けていることが多いのだが、大地竜に人を襲うように命令した者や、その目的などはわかっていない。
エリスは考える。
もしかしたら、悪魔の迷宮最奥にいた悪魔幹部のように、浄化の対象になっているのかもしれない。もしくは何らかの意志に縛られたまま、その場所に居座っているのかもしれない。
「大地竜って、知能はあるのかな?」
エリスの質問にフラウが思い出したように答える。
「神話や言い伝えでは、竜は人間以上の知恵があると伝えているものもありますね。ただ、実物は見たことありませんが」
するとキャティが面白い話を続けた。
「マルスフィールド上級迷宮の1つ、氷雪竜の迷宮に出てくる氷雪竜は、人間語を喋るそうにゃよ。まあ、『死ね』とか『覚悟しろ』らしいけどにゃ」
ふーん。
「どうしたお嬢、また何か画策しているのか?」
レーヴェの問いかけに対し、エリスは全員を呼んでごにょごにょと説明する。悪魔の微笑みを浮かべる5人。
「この辺だにゃ」
そこは見通しの良い丘陵地帯。道らしい道はなく、キャティがいなければ進む方向もわからなくなってしまうような特徴のない土地。5人は魔導馬を片付け、キャティとエリスを先導に、徒歩で進軍を続ける。
地を踏み草をこする音が、風に乗る。
「見つけた」
最初に見つけたのはエリス。ちょうど風下のためか、大地竜はエリスたちにまだ気づいていない。
「誰だよ、大きさは50ビートって言ったのは」
クレアが竜を眺めながらため息をつく。大地竜は頭部が10ビート、身体が50ビート、尾も50ビート。全長は110ビートほど。印象はまさに角を生やしたトカゲのバケモノ。その身体は黄土色の鱗に覆われ、上下の顎にはびっしりと歯が見えている。尾の先には椰子の実のような膨らみがあり、そこから槍のような針が数本生えている。
「それでは、計画通り行きましょうか」
エリスは抗毒のネックレスを解放する。絆のブレスレットの効果で、抗毒の効果が全員に行き渡る。そして5人は大地竜に向かって駆けだした。
キャティが大地竜の前に飛び出し、その鼻っ柱を勇者を引き裂くもので引き裂く。
キャティに気を取られた大地竜が、まずはキャティに対し体当たりを狙うも、それをキャティはかわす。
体当たりをかわされ体勢を崩した大地竜の尾に、フラウのハルバード、レーヴェのカタナによる2回攻撃、クレアの風刃が続けて叩き込まれる。
尾を切断されてしまった大地竜は、体のバランスを崩し、そのスピードを活用できなくなってしまった。
よたよたと向きを変える大地竜の鼻先を、再びキャティの爪がえぐる。痛みに耐え、再び突進を人間どもに仕掛ける大地竜。が、突然右後脚の踏ん張りが効かなくなり、右側に転倒してしまう。
原因はエリスのスティレット。彼女は大地竜の影に移動し、素早く右後脚にダメージを与えた後、後方に陣取るクレアの影に飛ぶ。
倒れこんだ大地竜の右前脚の関節を砕くフラウ、左前脚の関節を切り裂くレーヴェ、左後脚の関節に戦乙女の槍を叩き込むクレア。
グオォォォンンン!!!
最後に5人から氷結を受け、大地竜は身体の自由を奪われた。それは彼にとって数百年ぶりの敗北であった。
5人の作戦は次の通り。
キャティが大地竜を威嚇し、その間にまずは尾を切り落とす。次に四肢を砕き、自由を奪ってから意思の疎通を試みる。
そして作戦は成功した。
「さて、お話をしましょうか」
金髪の少女が、針短剣を大地竜の右眼に突きつけながら、竜に話しかけてみる。すると、竜は5人の意識に直接呼びかけてきた。
「ちょっとわけわからないんですけど」
お、意外と気さくなやつだな。と、エリス-エージは判断した。エリスは言葉を続ける。
「死にたくなかったら質問に答えてくださいね。一応このスティレット、四分の一の確率で即死ですからね」
「もしかして、そのダークミスリル製の針短剣って狂神憑きなの? って、やだ、マジじゃないですか!」
大地竜が自前で鑑定を行ったようだ。知力が高いというのも頷ける。
「わかってくれて嬉しいわ。ところで、なんであなたはここで人間を襲うの?」
「仕方ないじゃん、魔王の制約なんだもん。俺だって旨くもない人間なんぞ食いたかないよ」
エリスは考える。
「魔王って、いつの話?」
「ずーっと昔の話だけどさ」
「それって、もう終わってない?」
エリスはクレアに、前回の神魔戦争記録についての説明を、大地竜にするよう指示を出す。
「前回の神魔戦争は300年ほど前だとされているよ。そのときは勇者が勝利し、魔王は別世界に飛ばされたとの記録が残っているよ」
大地竜が焦る。
「え、もしかして神魔戦争、終わっちゃってるの? 俺、もしかしてここ数百年、ただ働きなの?」
「当時の主戦場は、今の魔導都市ウィズダムの辺だから、この辺では戦は殆どなかったんじゃないかな」
大地竜の疑問にクレアが丁寧に答えてやる。話を聞き、落ち込む大地竜。四肢を砕かれ、氷漬けになりながら落ち込む大地竜の姿を見て、5人は可哀想になってきてしまった。
「なあ大地竜よ、お前は人を食わないでも生きていけるのか?」
念のためレーヴェが大地竜に確認すると、彼は答えた。
「俺らは、空気中の魔子と太陽光を喰らって生きているんだ。この口なんか、おまけみたいなもんよ」
エリスは考えた。
「例えば、その口をリボンとかで縛っちゃっても、問題ないってこと?」
「そうだよ。だいたい戦闘以外で口開ける必要ねーもん、俺」
大地竜は続ける。
「まあ、ここまでされちゃったら負けを認めるしかねーよな。痛いし。なあ、バッサリやってくれよ」
そこにエリスは言葉を重ねる。
「ねえ、負けを認めるなら、あなた、私達の仲間にならない?」
これには4人も驚いた。しかしエリスは構わず続ける。現在、新たな神魔戦争が引き起こされる可能性があること、勇者と魔王については、だいたい誰なのか予想は付いているということ、そして最も重要な事は、そんな2人の戦いに振り回されてたまるかということ。
「私達と一緒に来て、勇者と魔王をおちょくってみない?」
「そりゃ面白そうだけど、人間どもが俺を受け入れないだろ?」
「それは大丈夫じゃないかな。ぴーたんも受け入れられたし」
「ぴーたんってなにもんだい?」
「メタルイーター」
「マジか」
「マジよ」
エリスとの会話で大地竜は考える。あの嫌われ者のメタルイーターが人間どもに受け入れられているだと? しかもぴーたんという名前付きだと? 確かにここにいても退屈なだけだった。試しに念じてみると、魔王の制約も消えている。ここはエンジョイハッピーライフが正解か。
「わかった、付いていく。服従の印に、口は縛ってくれて構わんし、尻尾の毒腺も切り落としてくれるかい」
「交渉成立。あと、服従させるつもりはないけど、人間は襲わないでね」
エリスは大地竜に全回復を唱え、その後レーヴェが毒腺のみを切り落とし、クレアがそれを焼いてしまった。
エリスたちは大地竜を連れて、一旦ワーランに戻ることにする。漁村との脅威が失われたことを報告するのには、実物を連れて帰るのが一番良い。
「口を縛るというのも何だから、こうしましょう」
5人は各々のリボンで大地竜の角を結わえ、リボン結びにしていく。5本の角を5色のリボンに彩られた大地竜。シュールである。が、彼はちょっとこの姿を気に入ってしまった。
「そんじゃ、お近づきの印に、俺の背中に乗ってけ」
こうして、5人は大地竜にまたがり、ワーランへと帰っていった。
なお、クレアが大地竜の乗り心地の良さに嫉妬し、新たなゴーレムを開発しようとしてエリスに叱られたのは、この後の話。