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ベルさんとギースさん

「なあ、ベルルデウスさんよ」

「何ですか魔王さま」

「それ、何かの冗談?」

「これ、似合います?」

「いや、似合うけどさ、なんで真っ赤なドレス姿なの? それより、なんでおっぱい大きくなってるの?」

「あれ、私、両性具有でチェンジ可能だってご説明しておりませんでした?」

「そんなん聞いてないよ、ところで、ちょっと俺を踏んでみないか?」

「嫌ですよ。ところで、今後は先日のお店では、私はベルルエルの妹として、ベルルナルを名乗りますので、よろしくお願いしますね」

「いいけど、何なの、そのベタ設定は?」

「深い意味はありませんよ。あと、ヒールに慣れたいので、しばらくこの姿でおりますね」

「じゃあ、俺も慣れるためにお前をベルルナルって呼ぶかな」

「よろしくお願いします。悪魔どもにも、この姿についての説明はしておきますね」

「わかった、ベルルナルさん。ところで、改めて聞くが、そのヒールで俺を踏んでみないか?」

「嫌ですよ」

 ここは魔王城。碧の麗人レディ・ブルーグリーン無碍むげにされたのがよっぽどムカついたのかどうかは知らないが、ベルルエルさん、性別と名前まで変えてしまった。


「ギース、待たせたな」

「いや、気にするな」

 勇者グレイが格闘技観戦に誘われ、それだけがためにワーランに連れて来られたギース。だけど、それは本人が希望したこと。

 ライブハウスでは大盛り上がりの格闘観戦、ご主人様の隠れ家マスターズハイダウェイでは、ワーランナンバーズで大勝負が行われていたとき、ギースは宝石箱のティールームにいた。


「ここは安らぐ」

 ギースは冷静な男。何らかの意志をもつアプローチに対しては、全て疑いから入る。当然、余計なことは喋らない。

 一方、そうした緊張がないところでは、お坊ちゃまのだらしなさが出る。

「お客様、今日のお茶はいかがでした?」

 アイフルの熟女フェロモンぶちまけっぷりの高貴な笑顔に、ギースは簡単に屈する。

「あ、ああ、今日のお茶も良い香りと良い味です。ところで、自己紹介が遅れておりました。私はスカイキャッスル出身のギースと申します」

 何で自己紹介をするんだギースさん。しかもスカイキャッスル出身とか、余計なことを口走っているよ。

「ギースさまが勇者さまのパーティーメンバーということは存じ上げておりますよ」

 アイフルが優しい笑顔を浮かべながらギースに答える。

 ここでやっと冷静になったギース。アイフルさんはなぜ俺を勇者のパーティーメンバーだと知っている?

が、続くアイフルの言葉でギースは涙することになる。

「ウィートグレイスではお世話になりました」

 ギースは動揺する。

 ウィートグレイスで彼らが成したのは、ハイデーモンの駆逐、しかし、なぜワーランにいるアイフルがそれを知っている?

 ギースは当時を思い出す。

 ハイデーモン征伐のとき、税務官と新領主の会話のとき、勇者グレイがダークフィナンス家の男どもをスカイキャッスルに送還したとき……。

 思い出した。

 あの時に、部屋の隅でさめざめと泣いていたダークフィナンス家の夫人と娘。

 あの時は何の興味も湧かなかった夫人と娘。

 ギースはスカイキャッスル屈指の盗賊。記憶に間違いはない。だからこそ、目の前のアイフルに何も聞かずとも彼女たちのこれまでを想像してしまう。

 彼女たちがここに至るまでに、どれほどの苦難があったであろう。

 そんなことも構わず、浮かれていた俺達は何なのだろう?

「ギースさま、どうかなされました?」

「いえ、昔のあることを思い出して……。お恥ずかしいですが、少し泣かせてください」

 それはギースがアイフルに対し、精一杯つける嘘だった。

 アイフルはそっと、おかわりのお茶をギースのカップに注ぎ、その場を離れた。

 ギースはできるだけ涙を流さないようにまぶたをひきつらせ、アイフルが注いでくれたお茶を口にした。

「俺は一体何をやっているんだ?」

 ギースは初めて、自分の人生、自分の生き方、自分の考え方に疑問を持った。

 ギースは思い出す。父と母の幸せそうな笑顔を。

 ギースは考える。俺はスカイキャッスル盗賊ギルドの重鎮になると思い込んでいた。だから勇者にも仕えている。が、それは本当に俺の人生なのか? 俺は目の前の女性に自身の愛を告白できないほどのたいそうな理由を、俺の人生に持っているのか? 俺の人生は何だ?

 ギースは一筋だけ涙を流し、それを拭いてからアイフルの元にお勘定に行く。

「また来ます。今日も美味しかった」

「ありがとうございます。またお待ちしておりますね」

そしてギースは勇者グレイと合流した。


「なあ、グレイ、俺達の幸せって、一体何なんだろうな?」

珍しくギースがグレイに声をかける。

「どうしたんだ? ギース?」

 突然のギースの声に戸惑うグレイ。

「いや、何でもない、何でもないんだ。ただな、居もしないかもしれない魔王を探すのに疲れただけだ」

 ギースの言葉に激高するグレイ。

「魔王はいる! 現にワーランが悪魔どもに襲撃されただろう!」

「なあグレイ、その悪魔どもがどうなったかも知っているだろ? もしかしたら勇者は俺達以外にいるのかもしれないぞ」

 ワーランで一瞬にして数千もの悪魔が駆逐されたとの話は、各地を駆け巡っている。

「なあグレイ、俺達は本当に魔王を倒すべき勇者パーティなのか?」

 ギースの問いかけに困るグレイ。グレイ自身が、神の啓示を疑い始めているから。でも、それでもグレイはギースに語る。

「俺は自らが、世界の危機を救う存在だと信じているよ。そうでなければ、このでたらめな力の存在理由がない」

 グレイの言葉にギースは思い出す。グレイのでたらめな力を。

「そうだな、お前の力は悪を滅ぼすために使われるべきものだ。そうでなければ説明がつかない」

 純朴な男に与えられた馬鹿げた力。これが誤った方向に向かうことを想像し、ギースは身震いする。そうだ、この馬鹿げた力を持つ元農夫の制御も、自分自身に与えられた使命なのだ。

「グレイ、一旦三馬鹿のところに戻ろう」

 落ち着きを取り戻したギースは、グレイに的確な指示を出す。

「ああ、一旦ウィズダムに戻ろう」

 ギースの指示に従うグレイ。

 そして2人は、ウィズダムにリープする。迷いを浮かべた表情のまま。


さて、ここは百合の庭園(リリーズガーデン)

「ベルさんが言ってたけど、魔王の副官は性格が悪くて博打が好きな悪魔なんだとさ」

 マルゲリータがエリスたちに先日の格闘興行での会話を報告する。

「ギースさんの偽名を語っている勇者グレイさんがおっしゃってましたけど、勇者のパーティーには魔法使いはいらっしゃらないらしいですわ」

 マリリンもエリスたちに同じように報告する。

薔薇色悪魔ローゼンデーモンは、ほぼ間違いなく魔王側の存在だろうな」

 勝負をしたレーヴェが報告する。

「勇者パーティの盗賊が宝石箱のティールームで確認されてるにゃ」

 盗賊ギルドからの報告をエリスに伝えるキャティ。

「ふーん。勇者らしいのと魔王らしいのと、それぞれの関係者がバラバラにワーランに来ているってことね」

 エリス-エージは状況を分析する。

 勇者と魔王が勝負するなら、とっくに始まっているはず。

 ではなぜ始まらない。

 それは、勇者と魔王が互いを敵だと認識していないから。

「ならば、仕掛けはいくらでもあるわね」

 エリス-エージは、馬鹿げた力を持つ勇者と洒落にならない魔力を持つ魔王をどうころがすかの算段を始める。それが自身の生きがいであるかのように。


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