8本足で荒れ地もへっちゃらなモゲモゲくん1号
がっちょん、がっちょん、がっちょん。
そこにいるのは、直径10ビートほどの丸く黒い玉から、8本の足が「への字」に生えているシロモノ。
唖然とするエリス、レーヴェ、フラウ、キャティ。
まず最初に正気を取り戻したエリスがクレアに尋ねる。
「ねえクレア、その気持ちの悪いシロモノは何かしら」
すると、クレアがさぞ心外だというような表情で答えた。
「気持ち悪いって失礼だなあ。このこはボクのゴーレム第一号機、『8本足で荒れ地もへっちゃらなモゲモゲくん1号』だよ」
レーヴェが続けて尋ねる。
「で、そのバケモノは何ができるんだ?」
すると得意気にクレアが答える。
「8本足の連動で、湿地や荒れ地もへっちゃらなんだよ!」
そこにフラウが言葉を続ける。
「湿地や荒れ地もへっちゃらで、だからどうなのですか?」
クレアが答えに詰まる。
「え、へっちゃらで……」
最後にキャティがとどめを刺す。
「技術者のオナヌーってやつだにゃ」
この言葉でクレアは泣きだしてしまった。8本足で荒れ地もへっちゃらなモゲモゲくん1号を抱きかかえながら。
とりあえずクレアが泣き止むのを待ってから、エリスは助け舟とばかりに、皆にもわかるようにゴーレムの作成方法を説明するようにクレアにお願いした。
ちょっと立ち直ったクレアの説明は次の通り。
ゴーレムの作成には、3つの手続きが必要。
1つめは「ゴーレムベース」の作成。これはどういった機能をゴーレムに持たせるかを事前に設計する必要があるので、魔術よりも設計思想が重要になる。
2つめは「クリエイトゴーレム」の魔術付与。クレアによると、動作が複雑になればなるほど、作成に必要な精神力を多く求められるため、複数日に分けて付与していくのだという。
今回のモゲモゲくんは、8本の足を連動操作する必要があるが、その場合各関節に個別に魔術を付与するのではなく、「歩く」という動作に対して連動した魔術を付与していくのだという。そのため、比較的必要精神力は低いとのこと。
魔導都市ウィズダムのゴルゴンゴーレムはこの2つが標準化されているので、量産が可能。
3つめは起動装置の作成。これが「コマンドゴーレム」を実行するための媒体となる。ゴルゴンゴーレムの発動体は一般的には指輪だが、これは別になんでも構わないらしい。ただし、ひとつのゴーレムに発動体はひとつ。これはゴーレム本体の動作プログラムを発動体に連動させるため。
ウィズダムの魔術師ギルドマスターであるアルフォンスが研究しているのは、作成後のゴーレムに対し、「コマンドゴーレム」を書き換えることによって追加動作をさせるもの。一方、アレスがクレア戦で使用したゴルゴンゴーレムは、「クリエイトゴーレム」の段階で強化済み。
「なら、モゲモゲくんの基本術式はもう出来ているってことよね。そしたら、機能を追加していけば?」
エリスの問にクレアは目を輝かせて答える。
「そうだね、機能を追加していけばいいんだ。ところでエリス、このこの名前は『8本足で荒れ地もへっちゃらなモゲモゲくん1号』だからね。省略しないでほしいな」
面倒くさいやつ。
「それじゃ、みんなでモゲモゲくんの活躍を考えてみようか」
クレアの言葉を無視し、エリスは他の三人からもアイデアを求めてみることにする。
まずはレーヴェ。
「玉の上にイスを乗せて、乗用にしたらどうだ?」
へえ、エリスは感心する。
「そうね、クレア、試してみましょう」
「わかった、エリス、レーヴェ」
クレアは家からイスを持ち出し、玉の上に固定する。そして自ら乗り込み、「コマンドゴーレム」を実行。
「いけー! 『8本足で荒れ地もへっちゃらなモゲモゲくん1号』!」
がっちょん、がっちょん、がっちょん。モゲモゲくんが歩き出す。
……。
うえっぷ。
クレアはモゲモゲくんを緊急停止し、湿地に駆け込んだ。状況を察したフラウが家から水を用意する。
「……。乗り心地、最悪だった……」
真っ青な顔で戻ってきたクレアに、フラウが水を渡す。
「馬車を引かせたらどうかしら」
これはフラウの提案。
「そうだね、試してみよう」
復活したクレアがモゲモゲくんに馬車を結びつける。
「いけー! 『8本足で荒れ地もへっちゃらなモゲモゲくん1号』!」
がっちょん、がっちょん、がっちょん。モゲモゲくんが馬車を引き始める。
……。
足取りは軽いが、速度が徒歩と同じ程度。魔導馬のほうが段違いに速い。
落ち込むクレア。
「やっぱり技術者のオナヌーだにゃ」
キャティがクレアに追撃を入れる。再び涙目のクレア。
「あー、じゃあクレア、こうしてみたら?」
エリスはクレアの耳元で何事かを囁いた。目に光が戻るクレア。
「エリス、ありがとう! ちょっと工房に行ってくるね!」
モゲモゲくんのコマンドを解除し、鞄にしまったクレアが、魔導馬で工房ギルドに駆けていく。そして、他の4人はそれぞれの仕事と遊びに戻るのであった。
その日は夕食ギリギリに帰ってきたクレア。その様子はゴキゲンな模様。
「何だクレア、やけに機嫌がいいな。なにかあったのか?」
クレアに声をかけるレーヴェ。それに対してクレアは一言。
「内緒」
レーヴェはエリスに眼差しを移し、同様の質問をするも、エリスの答えも同じ。
「内緒」
2人の反応を訝るも、まあ、モゲモゲくん関連のことだろうとは想像できるので、レーヴェもそれ以上突っ込むのはやめた。
そしていつものように5人で夕食。お風呂、そして、
ブヒヒヒヒ
「エリスのお陰で、『8本足で荒れ地もへっちゃらなモゲモゲくん1号』が活躍できそうだよ」
「じゃあ、私には彼の名前を『モゲモゲくん』と省略する許可をちょうだいね」
「仕方ないなあ、エリスだけだよ」
「大丈夫、こっちは省略しないから」
あ、あん、そんなとこまで……ああん……。
悶々とする他の3人。しかしちゃんとその後平等にノックアウト。
空気が旨い朝が来た。
今日もクレアは朝から工房行き。
フラウは交わる町の各店舗を回って、新製品の確認などを行う。
キャティは盗賊ギルド経由で紳士街に出向き、治安状況をチェックする。
レーヴェは洗濯と剣の稽古の後、ぴーたんと昼寝。
エリスは相変わらず、なにかごそごそとやっている。
いつもの1日。
そして数日後。
がっちょん、がっちょん、がっちょん。
そこに現れたのは8本足のシロモノ。しかし今回は様子が違う。
「エリス、みんな、見てくれるかな!」
クレアが家にエリスたちを呼びに行き、このシロモノを紹介した。
それはモゲモゲくんの後方にジョイントを取り付け、様々な器具を設置できるようにしたもの。
そう、エリスはクレアに、モゲモゲくんを「建機」として使えるようにアドバイスしたのだ。
クレアが自慢気に宣言する。
「『8本足で荒れ地もへっちゃらなので、整地も運搬もお任せのモゲモゲくん1号改』だよ!」
相変わらず名前をつけるセンスが無いクレア。
モゲモゲくんが今引っ張っているのは、トンボのようなもの。学校のグラウンドなどで使用するものの大きいやつ。
「これで荒れ地の整地も、安全にできるんだ」
他にも、建材用の木材や石を運搬するユニットを幾つか作成したとのこと。その動きに素直に感嘆する4人。素人目に見ても、土地の再開発に有用なのはわかる。
「でね、このこは親方にプレゼントすることにしたんだ! その方がこのこも幸せだし」
クレアが続ける。
ああ、感情移入しているな。と、エリス-エージは想う。名付けのセンスは最悪だが、こうしたものに対して深い愛情を注げるクレアが愛おしくなる。
「でね、こないだのみんなのアドバイスを取り入れて、別のゴーレムをつくろうと思うんだ」
……。
次はどんなシロモノを持ってくるのだろうか。
エリスたち四人は、笑顔をひきつらせながらクレアに頷いた。
ちなみにモゲモゲくんの術式はその後、クレア-フリントブランドで各地に販売されることとなる。
モゲモゲとは"Modeling Gateway system by Modified Genom"の略である。