魔王VS勇者
今日も朝食後は各々が各々の仕事に就く。
クレアは集合住宅の図面を持って工房ギルド行き。
どうも最近クレアは工房ギルドに行きっぱなし。多分何かを企んでいる。
フラウとキャティは、交わる町の各店舗を回り、メニューなどの相談を受ける。
最近はカフェからの相談も増えている。
洗濯が終わったレーヴェは、ぴーたんとひなたぼっこ。
日差しが暖かい。
エリスはリビングでしきりに書きものをしている。
ひなたぼっこから目覚めたレーヴェ、エリスが夢中になっているのが気になって、つい聞いてしまった。
「お嬢、何を書いているんだ?」
「格闘芸人興行のアングルよ」
「アングル?」
「試合開始前までの煽りと、おおまかな試合の流れ、それと試合結果よ」
レーヴェは不思議に思う。
「お嬢、真剣勝負じゃダメなのか?」
すると、エリスがキっとレーヴェを睨みつけた。
「レーヴェ、そう思うのなら、あなたのいう真剣勝負とやらで、リルを支払う客を300人集めてらっしゃい」
びびるレーヴェ。しかし、負けじと彼女は質問を続ける。
「試合結果を決めるって、八百長をさせるのか?」
いよいよレーヴェを睨みつけるエリス。
「いいレーヴェ、殺し合いはエスカレートするだけなの。そして観客は、最初は殺し合いを求めるわ。でもね、そんなのは素人。大事なのは、戦いに至るまでの物語と、魅力ある試合内容。そして目的は観客を満足させ、継続してリルを吐き出させること。それがわからない?」
エリスの圧力に屈服するレーヴェ。
「いい? 煽りと試合結果は事前に決めるけど、試合内容は格闘芸人たちのもの。彼らもそのために鍛えている表現者なのよ」
エリスは続ける。
「物語では壮絶な戦いの後、勇者は最後には魔王に勝つものなのよ。闘いのカタルシス、勧善懲悪の爽快感。それが観客の求めるものなのよ。まあ、それだけじゃ飽きるから、変化もさせるけどね」
喩え話で言葉を重ねるエリス。そして自分の喩え話でなにか気づいた。
お。
おお。
このアングル、いいかも。
唖然とするレーヴェを尻目に、エリス-エージは再び筆を動かし始めた。
アングルを書き上げたエリス-エージ。我ながら良いものが書けたと納得する。
そしてそれを持って盗賊ギルドに向かい、ノブヒコたちに内容を説明する。
「エリスお嬢さま、このアングルだったら、覆面着用でどうっすか?」
さすがプロ。ノブヒコたちの意見は前向きだ。
「レレンさんとカレンさんが、また手伝ってくれるといいっすね」
マサカツも積極的な意見を述べる。
「そうね、こないだも楽しんでいたようだし、ちょっとお願いしてくるね」
その場でエリスは盗賊ギルドのカレンに興行への協力を取り付ける。
そしてその足で冒険者ギルドに向かい、レレンにも同様の依頼をする。
「フリントおじさま、今回はこれで行こうと思うの」
「嬢ちゃんは天才じゃの」
エリスは工房ギルドで、フリントとのチラシ内容について打ち合わせをしている。
「前座はわしらと商人ギルドでいいんじゃの」
「ええ、おじさまも絡みたいでしょ」
「違いない」
エリスはひと通りフリントとにやけた後、工房ギルドを後にし、紳士街に向かう。
目的はマルゲリータ姐さんとマリリン姐さん。
さて、興行当日。
今回も満員御礼。前回が2試合とも消化不良だったせいか、今回こそはというリピーターの姿も見える。
今回のチラシの内容はこちら。
「リルの切れ目が縁の切れ目か! まさかの工○ギルドと商○ギルドの抗争勃発!」
「魔王の宣言に勇者が立ち上がった! 魔王vs勇者が本日実現!」
今日もエリスがリング上に立つ。
「それでは皆さま、第一試合、選手入場です!」
続いてストーンウォールズの演奏。
青コーナーからは、鎖を十字に巻いたクロスチェーンアーマーを身にまとい、巨大なバトルアックスを構えたフリント本人が現れる。
赤コーナーには、白覆面の男。額には「商」の文字。
「マスター! 殺せー!」
「じじいにとどめを刺せー!」
今日もいい感じのヤジが飛ぶ。
レフリーは公平感を演出するために、冒険者ギルドのバズさんが務める。
カーン。
試合が始まる。
一方的に攻め込むフリント。商マスクはひたすら攻撃を受け続ける。
「オヤジ! 殺せー!」
下品な野次が飛ぶ。よしよし。
フリントの攻撃によろめく商マスク。そこにフリントのラリアットが飛ぶ!
リングに倒れこむ商マスク。
「じじい、トドメだー!」
「まかせんかい!」
フリントは商マスクをロープに振り、再度ラリアットを打ち込む。
が、そこで商マスクは体を捻り、フリントを背中で抱え込むように巻き込んで、フリントの両肩をマットにつける。
逆さ押さえこみ。
「ワン、ツー、スリー!」
商マスクの大逆転勝ち。リング上では地団駄を踏むフリント。ふらつきながらも勝どきをあげる商マスク。そして決着が着いたことに大喜びの観客。
「これは面白いな」
魔王はマルゲリータの横で熱くなる。
「喜んでもらえてよかったよ」
自身は逆さ押さえこみという逆転技で決まったのが気に入らないのを隠し、マルゲリータが魔王に答える。
「こういうのも楽しいですね」
勇者グレイはマリリンの横で感嘆する。
「喜んでもらえてよかったですわ」
私もリング上で弄ばれたいですわという感情を押し殺し、マリリンが勇者に答える。
「それでは第二試合、魔王軍の入場です!」
エリスがリング上で宣言する。
青コーナーからは、黒革のビキニにコウモリ羽のようなギミックを背中に付けたカレンが、全身金色の男を先導する。
赤コーナーからは、真っ白なビキニアーマーを身につけたレレンが、やはり真っ白な鎧の男を先導する。
そしてリングイン。
淫魔を装ったカレンが勇者側を挑発する。
「マヌケな勇者よ、今宵であなたたちは終わりよ!」
戦乙女を装ったレレンがそれに答える。
「邪悪なる魔王よ、今日こそ滅ぼしてくれる!」
盛り上がる場内。
リング上で対峙する、魔王マスクと勇者マスク。
カーン。
試合開始。
今日もレレンとカレンが煽る煽る。
一進一退の攻防に歓声が沸き上がる館内。
そして両者リングアウト。
「次は勝てよ勇者マスク!」
「俺は魔王マスクのファンになったぜ!」
格闘芸の楽しみ方をわかってきた観客たちから、前向きな声援が飛ぶ。
「本日の試合は以上です、皆さま、お気をつけてお帰りください」
魔王がマルゲリータにつぶやく。
「魔王のところにいるのは、あんな可愛い小悪魔じゃなくて、博打好きの陰険悪魔だと思うけど」
はい、マルゲリータさん情報ゲット。
勇者がマリリンにつぶやく。
「勇者に戦乙女のような魔法使いがついていればいいけどね。現実は辛いな」
はい、マリリンさん情報ゲット。
マルゲリータとマリリンは、それぞれお客さんを見送った後、百合の庭園に向かった。
「フリントおじさま、いかがでした?」
「おお、さすがプロじゃのう、こちらの攻撃を見事受けきったわ」
「恐縮っす」答えたのはノブヒコ。
そう、商マスクの中身はノブヒコ。
「わしの負けも良いアングルだったじゃろう?」
自慢気にフリントがエリスとノブヒコに胸を張る。
「おじさま、よかったら、次回以降のアングル、おじさまたちも書いてみない?報酬は粗利の10%でどう?」
ここは工房ギルド。アイデアの固まり。
「お嬢ちゃんがそう言ってくれるのなら、がんばるぞ」
フリントは豪快に笑った。
そしてエリスは次回以降、興行の粗利20%を、なにもしないで得ることになる。
こうして第二回の格闘興行は成功裡に終わった。