興行少女エリス
うえっぷ。
「お嬢……、もう……限界……だ、帰らせて……くれ……。うえっぷ」
レーヴェが真っ青な顔でエリスに懇願する。
「あらあら大変、私が連れて帰りますわ」
何の興味も示していないフラウが、レーヴェの背中をさすりながら彼女を抱きかかえた。
「予想以上に早く拒否反応が出たわね」と、エリス。
ここはライブハウス。本日はプレ・オープンイベントとして、格闘芸人がリング上で格闘を行っている。
観客は、ほぼガチホモ。
「ノブヒゴー!!!」
「マザガズー!!!」
野太い声援が場内を駆け巡る。
それらの声を背に、よろけるレーヴェを支えるようにして、フラウが会場から出て行った。
一方他の2人
「うはー! グラップルにゃ! 面白いにゃ! もっと掴んで捉えて締めるにゃぁ!」
興奮しまくりのキャティ。
「ねえ、リング下でおひねりを募集しなくてもいいのかな?」
リング上の戦いには全く興味を示さないが、収穫祭の時のおひねりフィーバーは思いだすクレア。
エリスは場内を見回してみる。
プレ・イベントなので、入場料無料。それにしては場内はさびしい。
ノブヒコたちのファンが一握りいるだけ。
エリスから見る限り、リング上の戦いは面白い。さすが鍛えてあるし、受け身がしっかりしているので安心して観戦することができる。
だけどそれだけ。華がない。
宝石箱の5人でも、ハマったのはキャティの1人だけ。興味無しが2人に、吐き気をもよおしたのが1人。
「これはテコ入れが必要ね」
エリスはヒキニート時代の四角い箱で検索したことを思い出す。
翌朝。
皆は朝食を済ませ、クレアは事務所で集合住宅の設計、エリスとフラウは百合の庭園と交わる町の売上帳簿付け、レーヴェとぴーたんは洗濯、キャティはクロスタウンのパトロールと、各々の仕事を行う。
すると、スチームキッチンのラヴィが、エリスたちの家に飛び込んできた。
「大変なの! 喧嘩なの! 助けてほしいの!」
すぐに玄関に向かう4人と1匹
「どこで誰と誰がなの?」
慌てて身支度をしながらエリスがラヴィに大声で尋ねる。
「キャティとミャティなの! ラブラが呆然としてるの! お店の前なの!」
レーヴェに抱きついて大泣きしながらラヴィが叫ぶ。
急いでスチームキッチンに向かう5人。
そこには人だかりができていた。
「すいません、ちょっと通してくださいね」と、人だかりを割りながら進むと、そこではキャティとミャティが取っ組みあっている。
「くらえ! アームロックにゃ!」キャティがミャティの腕を取る。
「なんの! 切り返してくれるにゃ!」ミャティがそれを切り返し、逆にキャティの腕を決める。
「キャティ! ギブアップ?」横でラブラがキャティの表情を覗き込む。
……。
「クレア、やっておしまい」
エリスが呟く。
「わかったよ、エリス」
クレアが返事を返す。
バインドシャワー!
「ブギャー!」 「ヒギャー!」 「ギャウン!」
ぷすぷすぷす……。
正座をする3人と、その前に立つ5人。
「猫戦士が、猫戦闘して、何が悪いにゃ?」
「せっかくキャティからタップが取れたかもしれにゃいのに、邪魔をするとは何事にゃ?」
キャティとミャティが口々にエリスに文句を言う。
「フラウ、やっておしまい」
エリスが呟く。
「わかったわ、エリス」
フラウが返事を返す。
ごいーん。
ごいーん。
フラウの拳骨がキャティとミャティの頭に振り下ろされる。
頭を抱えてうずくまる2人。
「申し訳ございません。キャティが昨日ライブハウスで新技を覚えたとかで、教えてもらっているうちに熱くなってしまいましたの」と、ラブラが半べそになって言い訳をする。
「貴様ら、その結果ラヴィを泣かせたのは反省しているか?」
レーヴェがラヴィを抱っこしながら3人にすごむ。
「反省したにゃ」
「私も反省したにゃ」
「私も反省いたしました」
しおらしくなる3人。
エリスはため息をつきながら3人を説教する。
「場所を考えなさいな……」
お。
おお。
いいこと思いついた。
「そんなに戦うのが好きなら、今度場所を用意してあげるわよ」
ヒキニートの頭の中で、パズルが組み立てられ始めた。
「また下らんことを考えたな、まあ、本人がいいと言えばいいけどな」
「エリスお嬢さま、詳しいお話お聞かせくださいな」
ここは盗賊ギルド。エリスの目の前にいるのはバルティスとカレン。
「実はね……」
「そりゃ面白そうだ。本人が良ければいいんじゃないか」
「エリスさま、自分でアイデアを出しても構いませんか?」
ここは冒険者ギルド。エリスの目の前にいるのはテセウスとレレン。
「大歓迎よ。それでね……」
「何で私たちがそんなことをしなければならないのですか」
ニコルがエリスに文句を言う。それに同調する音楽芸人ども。
「頭の悪いゲイどもね。売名行為に決まっているでしょ」
エリスが5人に言い放つ。
「いいから言うこと聞きなさい。絶対あなた方のためになるから」
「これを刷って、ワーラン、マルスフィールドとウィートグレイス、周辺の村に配ってくればいいのじゃな」
「ええ、お願いします、フリントおじさま」
「しかし、相変わらず嬢ちゃんは面白いことを考えるのう。リルのにおいがプンプンするぞい」
「ご理解いただけます? おじさま」
フリントとエリスが、これ以上ないほどの下衆な笑みを互いに交わす。
さて、イベント当日。
ライブハウスの前は人だかり。チケットも完売御礼。
今日のイベント、チラシにはこう書かれている。
「決戦! 2大抗争!」
「ワーラン冒○者ギルドと盗○ギルドの対立が表面化! 互いの威信をかけ、本日決着!」
「純白の猫娘が、マルスフィールドからの刺客を迎え撃つ。ワーランvsマルスフィールドの代理戦争! 勝利するのはどっちだ!」
冒険者ギルドと盗賊ギルドには事前に説明がされているが、それでもこのタイトルは熱い。両ギルドからの観戦客が多数集まる。
ワーランの宝石箱の一角をなす純白の猫娘がキャットファイトとくれば、宝石箱ファンが詰めかける。
名前を使われたマルスフィールドの連中も、獣人街を中心に、何事かと集まる。
そして固定のファン。
エリスがリング上に立った。彼女にはクレアがラウドネスボイスの魔法を事前にかけてある。
「お集まりの観客の皆さま、第一試合、選手入場です!」
途端にけたたましく響き渡るドラムの音色。ストーンウォールズの演奏に乗り、選手たちが入場する。
青コーナーには、ブラトップとベルトアーマーのみのビキニアーマーに身を固め、剣と楯を装備したレレン。それに続く、プレートアーマーを装備したノブヒコとカズオ。
赤コーナーには、太もももあらわな黒革のボンテージウェアに身を包み、両手に短剣を握るカレン。後ろからは革鎧に身を包んだマサカツとミノル。
レレンとカレンにもラウドネスボイスの魔法はかけられている。
レレンが剣先でカレンを指し、叫ぶ。
「前から盗賊ギルドは気に入らなかったのよ! ここで叩き潰してくれるわ!」
それに対しカレンが両手を腰に当て、笑いながら答える。
「脳筋集団の冒険者ギルドにもわかるように、今日は正面から制裁を加えてあげるわ!」
ノリノリの受付嬢2人の姿に、リングサイドで笑い転げる冒険者ギルドマスターのテセウスと盗賊ギルドマスターのバルティス。
「冒険者ギルドなんぞ潰しちまえ!」
「盗賊どもに身の程を教えてやれ!」
いい感じでヤジも飛び交う。
その間に選手4人は鎧を脱ぎ、戦う準備を始める。
レフリーはニコル。
カーン!
ゴングが鳴り、第一試合 ノブヒコ・カズオ組 vs マサカツ・ミノル組の試合が始まった。
試合は最初からヒートアップ。
マネージャー役のレレンとカレンも、リングサイドから煽る煽る。
場の盛り上がりは絶頂に達する。
そして試合終了。乱闘の末両者リングアウト。
大ブーイングの中、エリスはほくそ笑む。
「これから第二次抗争のスタートよ」
「物を投げないでください、物を投げないでください」
ニコルの絶叫の中、エリスが再びリングに上がり、何事もなかったように宣言する。
「それでは第二試合、ワーラン代表 キャティ・ザ・キャットガールピュアホワイトと、マルスフィールド代表 ミャティ・ザ・ホワイトアンドブラウンの入場です」
再び演奏を始めるストーンウォールズ。観客たちもすっかり彼らを覚えた。
青コーナーからは、マルスフィールドの紋章を胸に描いた黒のブラトップと、同じく黒のショートスパッツを纏ったミャティ。後ろからラブラとラヴィもついてくる。
観客からは大ブーイング。すっかりヒール扱いの3人。
赤コーナーからは5色のストライプ地にフラッグマークを描いたブラトップ、 同色のスパッツ姿のキャティ。こちらもフラウとクレアがセコンドについている。
「キャティーちゃーん!」
場内はキャティコール一色に染まる。
すると、ミャティがリング中央に進み、キャティを指差した。
何事かと静まる場内。
ミャティは声を絞り出す。
「こんばんは」
一瞬の静寂の後、大爆笑の場内。
「おいおい、こんばんはだとよ!」
「あのお嬢ちゃん、実はいい奴だろ」
「俺知ってるぜ、スチームキッチンの女の子じゃん」
「なんだ、じゃあ俺はミャティを応援するかな」
期せずして場内の支持を取り付けてしまったミャティ。ミャティーコールも始まった。
カーン。
第二試合が始まった。
緊張の中、組み合う2人。
そして両者リングアウト。
「ふざけんな! 金返せ!」
「てめーら、いい加減にしろ!」
罵声が飛び交う中、ニコルが冷静に告げる。
「本日の試合は以上です、皆さま、お気をつけてお帰りください」
破格の5000リル設定で、300枚のチケット完売。
商人ギルドは150万リルの売上。
選手たちに、それぞれ普段の倍以上である10万リルのファイトマネーを支払い、セコンドやストーンウォールズへのギャラや、工房ギルドへのチラシ配布手数料を清算しても、粗利益は60万リル。
プロモーターとしてのエリスの取り分は、粗利益の30%。今回は18万リル。商人ギルドは何もしないで42万リルの利益。
「どう、マリアさま?」
「おいしいわね、エリス」
うふふふふ。
こうして、エリスファイナンスは業務内容に「ライブハウスでの興行」を追加することになった。