スチームキッチン
「ところで、マルゲリータさんの予約はしたのかい?」
ギースを名乗る盗賊見習いに扮した勇者が、ベルルデウスを名乗る農夫に扮した魔王に尋ねる。
「ああ、当然だよ。3日後の午後一番まで待たなきゃならんけどな」
魔王は勇者に答える。
「奇遇だな、俺もマリリンさんの予約、3日後の午後一番なんだ」
勇者は魔王に返す。
「楽しみだな」
「ああ、楽しみだな」
「ところで、こないだ、マルゲリータさんにキャメルクラッチという大技をかけてもらってな、これがまた死にたくなるほど気持ちいいんだ」
魔王が己のプレイを自慢する。
「死にたくなるというより、死にそうになるなら、マリリンさんの胸で窒息というのが最高だぞ」
勇者が魔王の挑発に応戦する。
こうして、勇者と魔王は、すぐに帰宅するつもりが、バールームのカウンター席で、2刻の時を過ごしてしまうのであった。
「あれ、お前、こんなところで何しているの?」
帰り際に店の入口付近でベルルデウスに気づいたのは魔王。勇者と別れ、マルゲリータに笑顔で送られた後のこと。
「魔王さまの後をおつけしたのですよ。ところで魔王さま、魔王さまはここでは私の名前を名乗っているのですね」
ベルルデウスが魔王の耳元で囁く。すると、つけられたのを全く気にしないかのように、魔王が彼に詫びる。
「ああ、すまん、俺、自分の名前を思い出せないものでな」
「構いませんよ、その代わり、ここでは私をベルルエルと呼んでくださいね」
「どうしちゃったの? お前?」
「奥のゲームが楽しかったのですよ。良かったら魔王さまがこちらにお見えになる際に、私もお伴させていただけませんか?」
「いいけど俺、次からはここじゃなくて、近所の風呂に行くんだけど」
「それならここでお待ちするするようにいたしますよ」
こうして、3日後は、魔王はベルルデウスを引き連れてワーランに来ることになった。
「キール、待ったかい?」
勇者がギースに声をかける。
「いや、俺も今ここに着いたところさ、ギース」
ギースは勇者を自分の名前で呼ぶ。
「お風呂はどうだった?」
「お前の言うような楽しさよりも、快適さが上回ったかな。それに、近所に良い店も見つけた」
「そうか、それなら良かった」
ギースはグレイの耳元に顔を近づける。
「なあグレイ、お前がここに来るときは、俺も同行させてくれないか? お前の邪魔はしないよ」
「ギースが一緒に来てくれるなら心強い。でも、ダムズたちはどうする?」
「あいつらのお守りは俺も考える。まあ、小金を渡して遊ばせておけば大丈夫だろう」
「そうか、次は3日後だ」
「わかった、それまでワイトの迷宮を2人で探索するか」
こうして、勇者グレイと盗賊ギースは、一旦ウィズダムにリープし、三馬鹿に小遣いをくれてから、再びワーランに戻った。
それから数日後。
スチームキッチンのオープンに合わせて、エリスたちが店を訪れる。
出迎えるのは猫娘のミャティ、犬娘のラブラ、兎娘のラヴィ。
「ようこそですにゃ、今日はたくさん食べていってほしいにゃ」
「ようこそいらっしゃいました。すぐにお運びいたしますね」
「ようこそなの、たくさん食べていってなの」
5人は席に案内され、店の一角を陣取る。
出てきたのは次の料理。
鶏肉を細くほぐして、同じく細切りにした生野菜と並べたもの。これにうす焼きのクレープが添えられている。
魚の切り身を皿に乗せて蒸し上げ、アツアツの餡をかけたもの。
肉の切り身を野菜に乗せて蒸し上げ、甘辛いソースをかけたもの。
「シンとノンナの店と提携して、こんなのも用意したにゃ」
それは一口サイズの中華まんじゅう。商品名は「ワーラン名物スチームブレッド」
一口かじると、中から熱いスープが溢れる。
ラブラが皆に説明する。
「ケンさんとハンナさんの呼びかけで他の店の方々と相談した結果、私共はコース料理を中心で営業することにいたしました」
うん、良い傾向だ。と、エリスは思う。
これだけ店が出店してくると、事前に相談なしだと料理がバッティングする。それを回避し、更に協力しあう体制だ。
「それなら、コースの最後にデザートでプリンを出そうよ!」
提案したのはクレア、そして続ける。
「1日1個、ボクに食べさせてくれると約束してくれるのなら、冷却箱をプレゼントするよ!」
続けてクレアはエリスの耳元で
「冷却の石、お願いするよ」と囁いた。
仕方ねえなあ。と、エリス-エージはため息をつく、も、交わる町が活気づくのはエリス-エージにとっても良いこと。
そうこうしながらエリス達が食事を楽しんでいると、女性の一団が店に現れた。
「12人なのだけど、いいかしら?」
それはマシェリたち。
「6人2席で用意するの」
ラヴィが彼女たちを席に案内する。
「こんばんは、マシェリ」
エリスがマシェリに声をかけると、マシェリもエリスたちに気付いた。そして満面の笑顔で挨拶をする。
「こんばんは、宝石箱の皆さま! 今日はお店が休みなので、アシスタントチームで食事に来たんです! マチルダがお客さんから初日に20万リルもチップを貰ったので、今日はマチルダのおごりなんですよ」
マシェリが笑顔で続ける。
マチルダも、うんうんと自慢気に頷く。
これも良い傾向だとエリス-エージは思う。
彼女たちはマシェリを除き、盗賊ギルドではなく、ご主人様の隠れ家に、比較的低賃金で雇われている。
なぜならチップ収入が彼女たちにはあるから。
当然それはばらつきが出る。下手をすれば不公平感を覚えるほどに。
だからこそ、こうした場が必要になる。
フラウが彼女たちに声をかける。
「ここのコースはヘルシーでおいしいですわよ、きっと気に入っていただけますわ」
そう、メニューのプロデュースはフラウ。
そして女性12人は、和気あいあいと席に着いていく。
あれ?
エリス-エージは気付いた。
20万リルのチップって、200万の当たりが出たってことか?
ワーランダイスでは、最高賭金1万リルなので、最高当選金は36万リル。
ならば、ワーランナンバーズの親か。
「ねえ、マチルダ、そのチップって、ワーランナンバーズのバンカーかしら」
「さすがですねエリスお嬢さま、そのとおりなんです。初めてのお客様だったのですが、テセウスさま以外は皆さん負けてしまったんです」
へえ、バズさんダグさんはともかく、他のベテラン共もやられたってことか。
エリスはその一見さんに興味をもった。
マチルダが続ける。
「4日前にもお見えになったんですが、その日は場がおとなしくて、不満げに帰って行かれました。それでも1人勝ちで、私はチップを3万リル頂きましたの」
エリスは確認する。
「名前は聞いた?」
「はい、ご本人は薔薇の天使と名乗られましたが、他の方々は、薔薇色悪魔と呼んでらっしゃいます」
「今度店に来たら、私達に知らせてくれるかな」
「わかりました、エリスお嬢さま。ところで何か問題でも?」
怪訝そうな顔で会話に割って入るマシェリ。
「あ、心配しないで、そんな凄腕なら、レーヴェをぶつけてみたら面白いかと思っただけ」
わっと歓声をあげるアシスタントたち。
「そうね、レーヴェさまならお勝ちになるかも」
「というか、ぜひ勝ってほしいわ」
「応援できない立場が辛いね」
勝手なことを口走るアシスタントたち。
「お待たせなの」
そんなこんだのうちに、彼女たちの料理も運ばれてきた。
「お母さま、どうしたの?」
ここは宝石箱のティールーム。今は閉店し、店内の掃除をしているところ。
「なんでもないわクレディア、さあ、早く片付けて、今日はスチームキッチンさんで贅沢しましょう。せっかくご招待いただいていますしね」
クレディアに声を掛けられたのは、ぼーっとしていたアイフル。
実はアイフルさん、結婚を前提とした交際を申し込まれてしまった。
相手はバズさん。気のいい冒険者。自分より8歳年下。
「困ったわ。ここでの生活もこれからだというのに」
独り言のアイフルさん。でも、実はまんざらでもない。
ほぼ強引に結婚させられ、辛いだけの夜でレイクとクレディアを産んだアイフル。
こうした恋愛は初めてときたもんだ。
「まずはお友達から、よね」
最高にハッピーなアラフォー熟女。
こうして、交わる町も歩みを開始した。




