ベルルデウスさん
ベルルデウスさん。本名、ベルルエルさん。
彼でもあり彼女でもあるこいつは、だ天使さん。
堕天使ではなく、だ天使さん。
なぜなら、堕落した天使ではなく、だらしがない元天使だから。
ベルルエルさん、あまりに何もしないので、ときの神の怒りに触れ、地上に堕とされる。
しかしベルルエルさん、何もしなくていいなら、そこは自分のシャングリラ。神がのたまうパラダイスなぞ、知ったこっちゃない。
こうしてベルルエルさんは、アルメリアン大陸で、寝ているのか起きているのかわからん、本人にとっては満足な生活を営んでいた。
今回の勝負で、ズルをしたのは魔導の神。
本来、神が自らの手で代理人を選ぶ。
ところが今回、魔導の神は考えた。
自らの代理人選択式を、地上にいる元天界人に唱えさせれば、選択式がブーストされるだろうと。
理屈はあっている。
神の力に天界人の力が加わり、代理人に伝えるのだから。
だから、魔導の神は、ベルルエルを利用した。最強の魔王を呼び出すために。
ベルルエルの意識に、突然神の意志が焼き付けられる。
召喚術式
「この世の叡智を手にし、この世の理を手にするものよ、支配の意思をもち、この地に現われよ」
武装術式
「かの魔王に守りの真髄を与える鎧よ来たれ、かの魔王に魔導の真髄を与える兜よきたれ、かの魔王に暴力の真髄を与える爪よ来たれ」
続けての神の意志。
「貴様に、悪魔全てを統べる力を与える。これから、魔王の副官を名乗るが良い」
目覚めたベルルエル。ここは自身が居城として使用していたアルメリアン大陸南東の廃墟。
「うーんと……」
久しぶりによくわからん使命感に燃えるベルルエル。
「私って、こんなに積極的でしたっけ?」
自問自答するベルルエル。
「とりあえず、頑張ってみますか」
魔法陣を描き、選択式を唱えるベルルエル。
召喚術式
「この世の叡智を手にし、この世の理を手にするものよ、へっくし、ずずっ、この地に現われよ」
ちょっと寒かったですね。
すると魔法陣に現れたのは、1人の男。
ベルルエルもびびるほどの大魔力を抱えた男が、ランニングシャツにステテコ姿で、あぐらをかきながらお茶漬けを食っている。
男は茶漬けをすすりながらベルルエルを一瞥する。
困ったベルルエル。
ベルルエルを凝視したまま茶漬けをすする男。
「何なの?」
茶漬けをすすり終わった後、男はベルルエルに問う。
「いや、声は聞こえたけどさ、よりによって、この姿で呼び出すの? 君たちの常識では」
「申し訳ございません、魔王さま」
ベルルエルは跪く。
「お許しいただけましたら、魔王さまの装備も召喚いたします。ところで、それ、わさび茶漬けですか?」
「文句ある?」
「文句は無いですけど、香りが刺激的ですね」
「いいから装備を召喚してよ」
「かしこまりました」
ベルルエルは、武装術式を唱える。
武装術式
「かの魔王に守りの真髄を与える鎧よ来たれ、かの魔王に魔導の真髄を与える兜よきたれ、かの魔王にへっくし、鼻痛てえよ、来たれ」
輝く魔法陣。
そこに現れたのは、淡く輝くダークミスリル製の鎧と兜。
「どうぞ、お試しください」
金色に染まる魔王。しかし両のひじから手のひらまでが丸出し。
「これ、どういうこと?」
「どういうことでしょう?」
「足りなくない?」
「足りないですね」
……。
……。
「これ、揃うまで、引きこもってもいい?」
「わかりました。がんばって探しますね」
そこでベルルエルは男に問うた。
「ところで魔王さま、支配の意思とか暴力の真髄とかって表現に、ゾクゾクってきません?」
「こないよ」
……。
やっちゃった。
ベルルエルは気づく。選択式の途中でやらかしてしまったくしゃみの影響に。
この魔王さま、アホみたいな魔力を持って召喚されたが、中身は自分と一緒。基本何もしたくない奴になってしまった。
ベルルエルは考える。
魔王となるこの男に、全くやる気はない、そして自分もあまりやる気はない。
ならば、その路線で行こう。アルメリアン大陸の支配は魔王の仕事だし。私関係ないし。
ベルルエルが縛られているのは、「魔王の副官である」ことと、「魔王による征服宣言を全国放送しなければならない」ということだけ。
魔王には従わなければならないが、別に魔王が征服しに行くと言わなきゃ、彼自ら出向く必要はないのだ。とりあえず全国放送だけはやっておこう。
うっとうしいのは集まってくる悪魔たち。こいつらは適当に暴れさせておくとする。
そして、だ天使ベルルエルは、悪魔副官ベルルデウスを名乗ることにする。
魔導の神が犯した最大の失敗、それは、ベルルエルに「アルメリアン大陸支配」の暗示をかけなかったこと。
こうして、魔王とベルルデウスさんの漫才コンビが出来上がってしまった。
ここはワーランの街。ベルルデウスは魔王を追い、ここまでやってきた。
「ここではこっちの姿のままのほうが良さそうですね」
ベルルデウスは天使の能力、「チェンジスタイル」で、男性にも女性の姿にもなることができる。普段は男性型。もともと執事ウェアを身につけているので、その姿は人間と言っても違和感なし。
ちなみに右半身を男性、左半身を女性というのもできるが、ちんこの断面を見て気持ち悪くなってしまってからは、やっていない。
「さて、尾行とやらをしてみますか」
ベルルデウスもご主人様の隠れ家に向かう。
「いらっしゃいませ」
屈強な男2人に迎えられ、まんざらでもないベルルデウス。
こいつは、天使の中でも両性具有の方。男でも女でもばっちこい。
店内に入ると、両替を求められる。
「10万リルほどでよろしいですか?」
丁寧に問うベルルデウスの美しい表情に、顔を真赤にする受付嬢。
「大丈夫だと思います」
「ありがとう、バンビーナ」
10万リル分のチップを手に、店内に向かうベルルデウス。
すぐに魔王の姿は見つけた。
カウンターで、見知らぬ男と、楽しそうに議論を交わしている。
聞き耳を立てると、その内容は、おすすめの女性とのプレイを自慢しあうもの。
「そういうことでしたか」
ベルルデウスは、解放されたマグロ娘たちのことを思い出す。
「魔王が楽しければ、放っておけばいいですが、なにか引っかかりますね」
ベルルデウスは、魔王が談笑している相手に違和感を覚える。が、すぐにどうでもよくなる。
「まあ、何か問題があっても、それなりに魔王が何とかするでしょう」
さすがだらしがない「だ天使」さん。自分が興味をもつこと以外には、徹底して無関心。
ベルルデウスは、店内を散策する。
彼でもあり彼女でもあるベルルデウスは、繰り返すが、酒も男性も女性もばっちこい。
だが、本日、彼の目に止まったのは、歓声が上がるテーブル。
「なんでしょうかね」
ベルルデウスは、声の方に向かう。
それはワーランナンバーズ1000リルテーブル。
ブラックドレスの女性から500リルと交換で受け取ったグラスを持ちながら、ベルルデウスはテーブルを観察する。
そしてまもなくゲームのルールを理解する。
「ほう、読み合いですか」
もうしばらくベルルデウスはゲームを眺める。
すると、席が空いた。
彼はアシスタントらしき女性に、座ってもいいかと礼儀正しく尋ねる。
美しい男に声を掛けられた娘は、席を勧める。
「ありがとう娘さん、お名前は?」
「マチルダです」
恥ずかしそうに答える娘。
「マチルダさん、アシスタントをよろしくお願いしますね、忙しくなりますよ」
現在のディーラーは冒険者ギルドマスター、テセウス。
ジャックポットは50万リル。テセウスの勝ち分は現在10万リル程。
勝負は進む。
相変わらず、テセウスの勝ちで占める、が、先程から何度か6倍が出ている。
そこにいるのは漆黒の髪と、陶器を思わせる白い肌の細面の男。
「ふーん」
テセウスはそいつを試したくなった。
「よし、このセットで俺は流すぜ。ところで、調子が良いそこの兄ちゃん、次にディーラーをやってみないか?」
声を掛けられたベルルデウス。
まさか、人間からこんな挑発を受けると思ってはいなかった。
「ええ、お許しいただけるのでしたら」
悪魔と天使の笑顔。
テセウスのセット終了後、ベルルデウスはディーラー席に座る。
「マチルダさん、バンカーをお願いできますか?」
先ほどの可愛らしい娘を左に座らせる。
そして邪悪な笑み。
「ジャックポットは、私が宣言できるのでしたね、ならば、この席は100万でやらせていただきます」
続けてマチルダに100万リルを渡し、チップへの両替を促すベルルデウス。
場に緊張が走る。ベテランの彼らが求めていた、ケツの毛たっぷりのディーラーが現れた。ベテラン共は全力でディーラーのケツの毛を抜きに行く。
「さて、それでは私はこの数字で」
ベルルデウスが最初に選んだのは「4」
素人が最初に選ぶ目ではない。
全外れから始まる、波乱のディーラーとなった。
結果、ベルルデウスの大勝。唯一黒字のテセウスが、彼に尋ねる。
「細面の色男さん、名前だけでも教えてくれよ」
「私ですか、そうですね、ベルルエルとでも呼んでください」
「薔薇の天使か、いい冗談だ」
ベルルデウスは、チップとして、マチルダに勝ち分の10%、約20万リルを渡し、彼女の左の頬に優雅にキスをし、帰っていった。
「ご主人様の隠れ家」の「薔薇色悪魔」誕生の瞬間である。
こうしてベルルエルさんも、勇者のことを忘れてしまうのであった。